第10話 放課後ラーメンズ

「ラーメン、うまーッ!!!!!!!」


 放課後、深花高校の学生御用達の老舗ラーメン屋。

 カウンター席の隣でラーメンをズルズルすするアキラくんを見てから、僕もラーメンをすすった。


「うん、美味しい」


 味噌のコクと、なによりもこの温かいスープが体に染みる。

 めっちゃおいしい。


「いやーっ、しかしマジで傑作だったぞ、今朝のリョウちん! 転校生に浮足だって声なんか漏らしちゃってさー! 覚えてるか? "うっ"だぜ、うって・・・――へ? あれ・・・? なんか息がくるじぐ・・・なっぇ・・・」


 箸で僕のことを指しながら喋るアキラくんの背後に、黒いオーラを纏う御子柴さんの腕が見えた。


 既視感すごいなぁ、と思いながら僕はまた一口ラーメンをすする。


「だぁかぁらぁ! アンタはリョウを揶揄うのをやめなさいっての!!!!!」


「――うぐぁっ!!! 殺さベルぅっうううううううううううう!!! たすけてくれえぇえええええええええ」


「もー、アキラくんもミカも行儀悪いよ・・・。店長さん、いつもごめんなさいね・・・」


 僕の隣の隣、つまり首をガッチリ決められているアキラくんの、更にその隣に座る東雲さんがカウンター越しに立つ店長に向かって頭を下げた。


「はっはっは、なに、サヤカちゃんが謝るこたーないさ。どーせまたアキラが悪さしたんだろう? ミカちゃんも存分に暴れたらいい、今日は常連さんしか来てないからね」


 東雲さん――東雲サヤカさん。僕らのグループの最後の一人にして、深花高校の生徒会副会長を務める優等生だ。

 東雲さんは店長の有難い言葉に微笑んでから、黒く艶やかな長髪を左手で耳にかけつつ、ラーメンを啜っていた。


 つい、見惚れてしまう。


「ん? どうかした? リョウくん」


「え、あ、いや、なんでもないよ。ラーメン美味しいなって」


「ふふっ、私もそう思う」


 そう言って、女神のように微笑む。

 僕は咄嗟に今朝と同様泡を吹きそうになっているアキラくんを見て、心を落ち着かせた。


「リョウちん・・・ごべん・・・ごめん・・・」


「もうしないって言えこらぁ!」


「もももっ。もす、しばべ・・・んっ・・・」


 もはや言葉になっていない・・・


「御子柴さん、その、大丈夫だから・・・離してあげて?」


「・・・リョウがそういうなら、仕方ないか・・・」


 そう言って、御子柴さんは漸くアキラくんの拘束を解いた。

 アキラくんはさっきまで食べていたラーメンを今にでも吐き出してしまいそうなほど顔色が悪い。


「うっ・・・リョウちん・・・ありがろう・・・そしてずまない・・・」


「朝も見たな・・・この光景・・・」


 反対側の隣に座るカイトくんが小さくそう呟いた。

 僕も、そう思う・・・


「仲が良いやら悪いやら・・・よね、ホントに」


 東雲さんもそれに呼応するかのように言った。


「ふっ、確かにな」


 御子柴さんも席に座り直して、ようやく静かな夕食の時間が訪れた。

 

 東雲さんの言葉を聞いて、僕らは仲が良いんだろうか、と疑問に思った。

 御子柴さんとアキラくんはいつもバチバチしてるイメージあるし、東雲さんは二人の喧嘩を割り込んで止めるほどではないし、カイトくんも後処理くらいしかしない。

 そして僕も、別にみんなの為に何かを出来ているわけじゃない。寧ろ迷惑をかけている自覚もある。


 でも。


 でも、


 なんだかんだ5人組で帰り道にラーメン屋に寄れるくらい、僕らは仲良しなんだと思う。


 悪くない。心の底から、この居場所に安堵する。

 一年前までは全く想像のつかなかったこの現状に、少し満足する。


「あ、でもリョウくん。アキラくんが言ってたことと被るけど、今朝のHRのあれはホントになんだったの?」


 東雲さんが思い出したかのように、問うてきた。つるっとした麺が彼女の口に吸い込まれていく様を見てしまった僕は二重の意味で不意を突かれた気分になる。


「えっ、あ・・・あれは・・・」


「あれは・・・?」


 今朝のHR。

 転校生がやってくるというまさしく大イベントの到来。


 僕にとって奇跡とも運命ともいえるタイミングでのイベントに、浮足だってしまっていたことは否めない。


 理由は明快。


 ――が、


 ――が、転校してきたのだ。



 と。


 ――そう、してしまったのだから。


*** *** ***


「今日からこのクラスに入ってもらう、私立聖翔学園からの転校生だ」


 担任の言葉と共に、3人の生徒が教室に入ってきた。


「うーっす。宜しくっス」


 金髪ツーブロックのヤンキーみたいな男と、


「・・・よろしくお願い申す・・・」


 丸眼鏡の暗そうな男と、


「はいはーい、皆のアイドル椎名ちゃんだよ~! しくよろーっ! ぴーすぅ!」


 余りにも場違いな、それでいて間違いなくレベルの高い容姿をお持ちの清楚系ギャル。

 

「はい三人ともよろしく。分からないことがあったらみんな教えてやってくれよ~・・・あ、もしかして葉佩、オマエ三人と知り合いだったりしたのか?」


 全く。ええ、一ミリも、面識のメの字もなく、

 

 マジでただの知らない3人だった。


 恥ずかしさのあまり僕は首が折れるかと思うくらいに首をブンブン横に振った。

 滑稽だ、死にたい、なんだこの天罰。


 転校生3人の視線もこちらに注がれる。やめてくれ~見ないでくれ~恥ずか死するから~~~


「なんだ、違うのか・・・まあいいや。三人とも後ろの方に席用意するからこの後誰か手伝ってくれ。んで、まあ他の連絡だが――――――」


*** *** ***


「あれは・・・不慮の事故だね・・・うん」


 思い出すだけで顔から火が吹き出そうになる。

 

「不慮の事故って・・・大げさね・・・てっきりリョウくんの知り合いなんだとばかり思ってたわ。あの丸眼鏡の子とか、リョウくんと気が合いそうだし」

 

 丸眼鏡の男。身長はやや高めだったか。

 彼は文化系っぽい見た目だから、見た感じ僕との相性がよさそう、というのは鋭い推察かもしれない。

 まあ、僕は転校生に初日から話しかけられる度胸も器量も備わっていないので、誰一人として話しかけれてはいないんだけどね。


「あー確かにな。逆にあの金髪とかはアキラ二号、みたいな雰囲気だったな」


「アキラくんに二号とか、天災パート2みたいなもんじゃない・・・ただでさえアキラ君のお陰で生徒会副会長の立場を揺らがされているのに、勘弁してほしいわ・・・」


「・・・なあリョウちん・・・俺、踏んだり蹴ったりじゃないか・・・? 俺が悪いのか・・・? いや、悪いけどさ・・・」


 隣で苦しさと虚しさと悲しさを顔一面に浮かべたアキラくんが僕に向かってそう言った。

 アキラくんが悪い人ではないということは分かっているから、シンプルに可哀そうに思えてくる。


 僕はまだまだ残っている自分のラーメンの器に目を落とした。


「チャーシュー、いる? まだ触ってないんだ」


「いるううううううううううううううううううううう!!!!!!! 」


「うるさいバカっ!!!!!」


「うぎゃっ!!!!!!!!!!!!」


 どうやら、まだまだ賑やかな夕食の時間は続くようだった。

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