魅魂≪ミタマ≫オーダー
そこらへんの社会人
第一章 久利功善と葉佩リョウ
1月1日(日)
第1話 プロローグ
都心からそう遠くない、人口もそこそこの街。
近年の少子高齢化問題などどこ吹く風で、街の至る所は活気に満ち溢れ、日々新たな建造物がそこら中に建てられている。
子供からお年寄りまで、住みよい街。
それが世間一般の評価であり、住人たちの感想でもあるだろう。
だが、俺はこの街の抱える問題を知っている。
ただ一つの、だがそれゆえに重篤な問題を。
それは――煩悩。
人の心を悩ませ苦しめる、思考とも感情とも言い得ぬ何か。
俺に言わせれば、――
この街は煩悩にあふれている。
人の欲は底知れない、というのを念頭においても尚、看過できないほどの欲望がこの街に渦巻き、そうして繋がり合って大きな煩悩をまき散らしている。
欲望は更なる煩悩を生み、
絶望は無から煩悩を作り出す。
あらゆる行為は煩悩から生まれ、あらゆる行為は次なる煩悩へと帰結する。
無限に続く連鎖。輪廻ともいえるその中で生まれた煩悩は人々の心に住みつき、絶え間ない欲望という餌を与えられ、大きく膨らんでいく。
満たされる者と、満たされない者。
前者は欲望の循環を回し、後者はその循環から脱落する。
そして脱落して尚、彼らはその煩悩に餌を与え続ける。本人の意思に関係なく、この街にあふれる欲望は彼らの煩悩を刺激する。
満たされたい。
満たされたい。
満たされたい。
叶うことのない欲望が、延々と煩悩を刺激する。
そうして生まれるのは、
満たされない自身への嫌悪と、満たされたいという自尊心。
煩悩は、その隙間を見逃さない。
喰いついて、離さない。
それまでは欲望という外部からの餌が主食だったはずのそれらは、いつしか人の心そのものを餌とする。
あらゆる感情が、思考が、煩悩によって食い尽くされる。
倫理観が、道徳観が、煩悩に押しつぶされる。
心の中身を喰らい尽くし、
煩悩が心を支配するとき、
ソレは生まれる。
人の形を成した、ヒトではない何か。
煩悩の塊、あるいは化身と言っても良い。
本来あるべきはずの魂の道理を外れ、ヒトに仇為す存在。
この街に巣食う魔物の正体。
通称を――
それが俺の敵。
そして俺の――武器。
*** *** ***
深夜0時。
街中の明かりが消え、人々が寝静まったころ。
俺は目を突き刺すほど眩いPCのディスプレイから漸く目を離し、
着替えを始めた。
真っ暗な六畳一間の自室で、真っ黒な外套がかすかな光を反射する。
『ケケッ、今日も行くのカ、ヒキコモリ』
ゾッとするようないつもの声に、小さく舌打ちする。
「当たり前だ」
一通り身支度してから、俺はゴミだらけで足場のなくなった部屋から玄関までを慎重に進み、自室と外界とを隔てるドアを押し開けた。
「・・・いや寒ッ!」
外に出ると、1月の容赦ない寒風が俺の体を叩くように吹き荒れていた。
『・・・帰るカ?』
「・・・行くっての」
年中引きこもりの俺には、この寒さが、というより外界(自室の外)という概念そのものがネガティブな存在なのである。震える体を両腕で抱きしめるようにしながら、ゆっくりと歩き始める。
『正月から出勤なんて殊勝なことだナ。ま、ヒキコモリには正月もクソも関係ねえのカ、年中正月みてえなもんだシ』
――これだから煩悩は
と外出早々、大きくため息をつく。吐いた息は真っ白のまま暗闇に消えた。
――こいつら煩悩は人の心から生まれた癖して、人の心の何たるかを全くわかっちゃいない。
「あのなあ、一年の計は元旦にアリって言葉があるんだよ、覚えとけバーカ」
『一年の計・・・ネ』
妙に訝しむ煩悩を放って、俺は歩を進めた。
向かう先は俺にとって縁遠い場所。
初詣ならぬ、初登校というやつだ。
踏みしめる雪道が、闇夜にザクザクと心地よい音を響かせていた。
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