第2話 暗闇の校舎
『なあ、学校ってのは、楽しいとこなのカ?』
我らが深花高校の校門をよじ登って(と言っても精々背丈ほどの高さだが)乗り越えようとしているところに、煩悩が問うてくる。
掌でじんわり溶けていく雪が冷たく、痛い。
お気に入りの黒のコートに絡みつく白い雪をはたきながら、俺は舌打ちする。
「年中不登校の俺に聞くな。新年早々喧嘩売ってんの?」
『ケケッ、シッケイシッケイ。聞くべき相手を間違えタ』
「やっぱ喧嘩売ってるよなぁ?」
――ヒャハハ、と不気味に笑う煩悩に俺は益々苛立ちながら、雪一面のグラウンドを校舎に向かって一直線に歩き始めた。
学校が楽しいとこだって?
うるせえ、楽しいとこなら引きこもる必要なんかあるかよ。
俺のような陰キャにとって、学校なんて苦痛製造所以外の何物でもねえ。
うすっぺらい人間関係の先にあるスクールカーストとかいう不可視の階級制度。見栄と自尊心と承認欲求で塗り固められた"学校"という小さな世界があいつらの全てだ。醜いことこの上ない。
断言してやる。
学校など楽しい場所ではない。
『相変わらずひねくれてるナ、ヒキコモリ』
「変わらねえからヒキコモリなんだよ、クソ煩悩が」
『クソ煩悩にヒキコモリ、こっちも相変わらず最低なコンビダ』
「ごちゃごちゃうるせえ、もう着くんだから集中しろや」
沸々と心の奥底で煮えたぎる謎の執念に身を焦がしながら、校舎の扉に手をかける。
この学校の玄関には、いつもカギがかかっていない。
厳密にいえば教職員の手によって玄関のカギは確かにかけられているはずだが、俺が来るときには開いている。
とはいえ年末年始の校舎。数日前から生徒たちも冬休みに入っている私立高校校舎に鍵がかかっていようといまいと、それは些事たるなのかもしれない。
泥棒にしたって、幽霊にしたって、はたまた深夜の校舎を遊び場にする不良者どもにしたって、無人の校舎のカギが施錠されているかどうかなど、取るに足らない事象であろう。
しかし、この深花町においては例外だ。
開けられている、開いている、ということが、
その事象自体が、大きな意味を持つ。
そして、この扉を開ける行為自体が、新たなカギとなる。
何のために? と問えば、きっともうその先の言葉はいらないだろう。
俺は、重たい扉を勢いに任せて開け広げた。
「―――――――――――ッ!」
扉から放たれた禍々しい空気が、一気に全身を吹き抜けていく。
身の毛もよだつような黒紫の気配が校舎の内部に充満して、一つの塊のようになっている。ソレは俺たちを睨んでいるようにも感じられた。
『ヒャハハ、こりゃイイ! 大漁だなァオイ! とっとと行こうぜヒキコモリ! あぁ!? これじゃあどっちがヒキコモリか分かんねえなァ! ヒャハハハハハハ』
「テンション上がりすぎ。なんだこいつ、だる」
『仕方ねえだロ! こんなの久々なんダ。ァァ、早く行こうゼ! 腹が空いて仕方ねエ!』
ムクムクと跳ねてはしゃぐ煩悩に無理やり引っ張られ、俺はどす黒い校舎に踏み入っていく。
足に絡みつく気持ちの悪い邪気が背筋をぞくりとさせた。
この感覚はいつになっても慣れないものだ。
人間、慣れれば大抵のことには適応できるというが、それでもやはり適性というものは存在するのだと思う。
適応するための適性というものが。
――なあ、学校ってのは、楽しいとこなのカ?
むかつく煩悩の言葉が脳内で反芻する。
またひとつ、大きなため息をついた。
学校ってのは別に楽しいところではない。断じてな。
暗闇の中を、俺たちは迷うことなく進む。
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