第13話 対峙

「――そろそろ終わったか? 椎名」


 男はひび割れた丸眼鏡を指で押し上げつつ、背負っている鞘に刀をしまった。

 彼の周りにはの残滓だけが砂煙のように舞い上がっているだけだ。

 その長身の刀を幾度となく、縦横無尽にふり裁いていたはずの彼は、汗一つかいていない。


「え、政っち、お掃除もう終わったの!? チョー早くない!?」


 椎名は、仰向けに倒れている葉佩リョウの胸に手を充てていた。

 その胸部は青白く光を放つ。

 彼の魂を、ために


「所詮こいつらは小粒どもだ、造作もない。それともなんだ、俺がこんな奴らに後れを取るとでも?」


「全然そういう訳じゃないけどさぁ。・・・政っち、そういう物言いしてっと嫌われるよ? ――主に私に」


「・・・元々好かれる必要性がない」


「は~そういうとこだってのマジで~・・・――クソ真面目眼鏡野郎が・・・」


 彼女の顔が陰る。


「・・・そうやって自分を使い分けれるほど、俺は器用ではないからな」


「え~それ褒めてる? それともバカにしてんの?」


「さあな」


 二人の間に気まずい空気が流れる。

 そんな中、地面に横たわっていた金髪の男がむくりと体を起こした。


「おわ、やべ、気失ってた・・・ってあれ、もう終わった感じ? は?」


 ぼさついしまった髪を搔きながら、キョロキョロ辺りを見回す。


「椎名が浄化中だ、じき終わる」


「ちぇっ、俺が仕留めてやろうと思ったのに、しくったぜ・・・」


「無謀な突撃なんかするからだ。元々の作戦は俺と椎名、そして諸星の二方向からの挟撃だったはずだろう。作戦を無視してチームを危険に晒したんだ、分かってるのか?」


「・・・別にあれくらいのミスで――」

「――あれくらい・・・だと?」


 丸眼鏡の男の眉間にはしわが寄り、表情は険しくなった。


「いいか、俺たちは同業者ではあっても仲間ではない。だから俺はお前を斬ることに何ら躊躇いなどない。次同じようなことをしたら、お前をに斬り殺す、覚悟しておけ」


「・・・」


 丸眼鏡の男が指さす先には、椎名が魂の浄化を施している高校生。

 葉佩リョウの姿。

 彼を指さした後、丸眼鏡の男は静かな怒りと共に有無を言わせぬ語気で、金髪の男に歩み寄った。


「そいつは魂の均衡を崩す、煩悩の王。未覚醒と言えど油断するな、と耳が痛くなるほど言ったはずだ。それともの言葉を忘れたのか?」


 金髪の男はそんな丸眼鏡の接近を手で制して止めた。


「・・・悪かったよ、気を付ける・・・」


 素直にしおらしくなった金髪の男の態度に、丸眼鏡の男は立ち止まった。そして少ししてから――


「・・・分かれば良い・・・今回の失態は王の浄化で手打ちだ。椎名に感謝するんだな」


 と言った。


「だってさ諸ちん、今度パフェでも奢ってね~」


 それまで黙っていた椎名ミナミが明るい語調で間に入る。


「っ、るっせえなあ、椎名は浄化に集中しろっての」


 椎名は金髪の男がいる後方に意識を向けながら、尚も葉佩リョウの胸に手を当てていた。先ほどまで眩かった青白い光は明らかにその輝きを弱め、浄化が終わりに近づいていることを意味していた。


「大丈夫大丈夫、もう仕上げの工程だか――――あれっ、何この感じ・・・」


 はっとしたように椎名は自らの手元に視線を戻す。

 

 何も起きていない。


 異常はない。


 でも、心がはっきりと訴えかけてくる。


 ――が来ていると。


「――ッ! おい椎名ッ! 下がれ!」

「――きゃっ!?」


 瞬間、丸眼鏡の男の声と共に彼女の肩が後ろから掴まれ、後方へと引っ張られた。あまりの力強さに、彼女の体は無理くり後退させられ、彼女の手も葉佩の胸から引き剝がされる。


 ―――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 それからの一瞬。瞬きする間もないほどの時間で、

 彼女が先ほどまでいた場所に、

 凄まじいスピードでが落下してきた。


 落下と共に、地を抉った衝撃波とその轟音が彼彼女らを襲う


「――ッ! 大丈夫か、二人とも!」


「なっ、なんとかな・・・」

「私も・・・」

 

 丸眼鏡の男の焦燥していた表情が一瞬、安堵に変わったが、

 すぐにまた彼の表情は、敵を見据えるソレに戻る。


「椎名の結界をぶち抜くとは・・・一体何者だ・・・」


 彼の瞳に、砂煙の消失と共に、の姿が映る。


「いってぇっ・・・――おいバカ煩悩、テメー毎回出力適当過ぎだろ。ひきこもりで筋力無いんだから無理させんなよ」


 黒のコートを羽織り、何者かと会話している素振りを見せる人物。

 彼がこれまで相対してきた化物たちとは一線を画す存在であることは明白だった。

 そして落下してきた人物の黒く禍々しい右手を見た瞬間、一つの結論を導き出す。


「煩悩の王に加えて、外道のとは・・・全く以て、割に合わない任務だな」


「た、ってなによ、チョーやばそうなんだけど・・・」


「は、はは――エグイ魂殻こんかくだ・・・こんなやばいの・・・見たことねえ・・・」


 困惑する3人の感情などいざ知らず、落下してきた人物は誰に言うでもなく問いかける。


「――来たのはいいが・・・アンタら、こんなとこで何してんの? 高校生? いや、軍服コスプレイヤー・・・?」


 首を傾げながら、問いかける。

 その言葉に反応したのは丸眼鏡の男だった。


 勿論、質問への回答という意味での反応ではない。


 対象の生体反応を確認したがゆえの、臨戦態勢への反応である。

 

「作戦変更――緊急事態だ。椎名、諸星、いけるか?」

「「応!」」


 3人各々が腰を落とし、即座に迎撃を可能とする態勢に入った。


「え、いや、別に何してるか聞きに来ただけなんだが・・・まあいいか、コミュニケーション取るのめんどくせえし・・・」


 黒のコートを羽織る男は、倒れたままの葉佩リョウを見遣った。

 安らかに眠っているだけなのか、或いは死んでしまったのか。


「・・・ほんと何してるのかねえ・・・俺もお前も」


 そうして、表情に微塵の変化も見せることはなく、この状況を作り出した彼彼女らと相対する。


「「「――――」」」」


 聞きなれない言葉と同時に、3人の殺気のこもった視線が一気に集中する。

 

『相棒、わからず屋のオマエに一個だけ忠告だ。こいつらは崩魂とは違う。気抜いてたら死ぬぞ』


 いつにも増してぶっきらぼうに、煩悩が彼の脳に語り掛ける。

 その言葉に彼は少しだけ微笑んだ。


「――なら、手加減する必要はなさそうだな」


 彼は自身の胸に、右手に掴んだ自らの煩悩を叩きつける。

 

 ために。


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