第22話 日常と非日常
「――頼むミカ! 冬休みの課題の答え見せてくれ! 提出した生徒には自己採点用の答えがもう配られてると聞いたぞ! 昨日は家に忘れたことにしてるが、もう崖っぷちなんだ!」
「――いや無理。何で私がアキラに見せなきゃいけないのよ・・・カイトかリョウに頼んだら?」
教室にはアキラくんと御子柴さんがもう来ていて、僕の席を囲うようにして、二人で何かを話していた。
拝むように御子柴さんに頭を下げるアキラくんと、腕組みして呆れた顔を見せる御子柴さん。
なんだか、週明けによく見る光景だ・・・
「おはよう、二人とも」
いつもの調子で、僕は二人の方に向かった。
「おォぉぉっ!、リョウちんおっは~ 今日はいつもより遅いじゃ~ん 。でもでも? ちょうど良いとこに来てくれたぜ~」
なぜかゴマをするような態度で近づいてくるアキラくん。
「・・・はぁ。おはようリョウ、朝から災難ね」
「災難・・・?」
首をかしげる僕に、アキラくんが差し込みカットインする。
「――ばッ! 災難とか言うな! な、なあリョウちん、心の友のお願いだ。聞いてくれるか・・・?」
アキラくんの憔悴した顔を見て、僕は理解した。
――あ、課題の答え見せてほしいのか
この手のお願いは何度も経験してきた。長期休暇明けはその傾向が顕著だ。
「いいよ」
「――神ッ! リョウちん神! 神リョウ! リョウ神様!!!」
決まり切った僕の返事に合いの手を入れるかのようにアキラくんははしゃぐ。
僕は鞄を机に下ろし、その中から提出者にのみ配られる課題の答えを手渡した。
アキラくんは課題の答えを受け取り、赤ちゃんを"たかいたかい" するかのように持ち上げながら自席に戻っていった。
そんな彼を見て、御子柴さんは、
「アイツのこと甘やかしてばっかじゃダメだよ? あいつ、痛い目見ないと分かんないんだから・・・」
酷く呆れた顔でアキラくんを指さした。
「あはは・・・それはそうかもなんだけど、ね・・・」
「リョウはアキラに甘すぎると思うの。正月の件だって私が当事者だったら絶対許さないもん」
正月の件――僕が深夜の学校で一人年越ししてしまったあの夜。
異形の化物と邂逅してしまった夜。
脳裏にチラつく思い出したくない光景を掻き消しながら、僕は苦笑いした。
「ま、まあ何事もなかったし、アキラくんも悪気があったわけじゃないからさ・・・それに課題の答えだって、僕には何も損ないし・・・」
課題の答えを友達に見せたからと言って、それによって僕が被る害はない。
ならば「答えを見せて」と言われて断る理由もまた、ない。
「まったくもう・・・優しいんだか、悪意に無頓着なだけなんだか」
御子柴さんがまた一つため息をついたときだった。
――彼らが入室してきた
「――うぃーっす」
「おはおっは~ 椎名ちゃんだよ~」
「・・・・・・」
学生鞄の二つの取っ手を肩にひっかけて背負っている金髪ヤンキー君。
ブロンドのツインテールをぴょんぴょん揺らす、明朗快活なギャルっぽい女子。
何の感情の起伏も無さそうな、丸眼鏡の男子。
昨日僕たちのクラスに転入してきた3人。
そして、――昨夜僕を襲った3人。
「あ・・・」
昨夜の恐怖がフラッシュバックして、一瞬心臓がドキリとした。
「ん、どうかした? リョウ」
御子柴さんの声が一瞬遠ざかる。
「――ッ」
瞬間、3人組の一人と目が合った。
僕の胸を穿ったはずの、女子生徒
確か名前は――
「椎名ちゃんおはよ~」
「あ、仁科っちーおはおは~」
――そう。椎名、椎名だ。
彼女は声をかけてきた他の女子生徒にも屈託のない笑みで笑顔を返しつつ、その視線を再度こちらに向けた。
そのまま、あろうことか僕に向けて声をかけてきた。
「葉佩っち、昨日はごめんね~」
椎名さんは、舌を出してバツの悪そうな顔で手を合わせていた。
「・・・ぇぅっ?」
驚きのあまり、声にもならぬ発音。
「え、リョウちん、椎名さんと昨日なんかあったの?」
御子柴さんも驚いた顔で僕を見る。
な、なぜこのタイミングで・・・
そして思い知る。
やはり昨夜の出来事は紛れもない現実で、
僕は彼らに、殺されかけたのだと。
「あ、いや、その、別に何もないというか、たまたま会ったというか――」
「たまたまって、昨日ラーメン食べた後は家に帰ったんじゃなかったの? だいぶ遅い時間だった気もするけど・・・待ち合わせとか?」
まずい、何をどう話しても誤解が生まれてしまいそうだ・・・
「え、えーと、その――」
「昨日下校中に迷っちゃってさ~、葉佩っちに道を教えてもらったんだよ~ ね? 葉佩っち?」
おどおどする僕の元に椎名さんは駆け込むように割り込んできた。
金色のツインテールが視界で跳ねる。
道を教えてもらった・・・というより、僕が三途の川へ案内された感はあったけど、ここは成り行きに任せた方がよさそうだったので、頷いておいた。
「リョウが転校生に道を・・・ねえ」
御子柴さんは尚も信じられないといった顔で僕と椎名さんの顔を交互に見た。
なぜだろう、悪いことをしたわけでもないのに、冷や汗が止まらない・・・
そんな状況にもかかわらず、椎名さんはニコニコした顔を御子柴さんと僕に交互に見せている。
「てかてか~ミカっちと葉佩っちって、もしかしてマブダチ?」
「み、ミカっちて・・・椎名さん、私は――」
「御子柴ミカちゃん、イコールミカっちっしょ? だめ?」
「だ、ダメじゃないけど・・・」
「じゃミカっちで決まりね!」
華麗に論点をずらしながら、御子柴さんに有無を言わさず圧倒する椎名さん。
「でさ、早速マブダチの二人に相談があるんだけど、今日の放課後時間ある~?」
「放課後・・・?」
「そそ、ちょっち手伝ってほしいことがあるんだよね~」
「私は委員会の仕事があるからいけないけど・・・リョウは――」
二人の視線がこちらに向けられる。
「ぼ、僕は――」
断るべき。
僕の思考は即座に答えを出す。
昨夜のことを思えば、今日の放課後だって、いや、なんなら今だって何が起きるか分かったもんではない。
もう一度臨死経験を味わう必要はないはずだ。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
でも、少なくとも今この瞬間の状況は「僕の日常」で、
受け入れるべき環境なのだろう。
それが、僕の当たり前だから。
「僕は――少しなら、時間あるよ・・・」
「あざまる~! じゃあ放課後、屋上で――」
なんで断れないかなあ・・・
などと自分自身に呆れながら、それと同時に呆気なく死を覚悟する。
――ほら、どうせ僕死ぬじゃん。
死が身近過ぎたが故に、嫌悪や忌避の感情が薄まってしまったのだろうか。
成り行きに任せた僕の人生が終わりに近づいている実感があった。
――でも、それと同時に僕の耳に届いた声が、そんな感覚を吹き飛ばす。
制服の上から黒いコートを羽織った彼の声。
夢か現か、彼の存在だけは、未だ幻と言われても信じられた。
なぜなら「僕の日常」に彼は居なかったから。
この瞬間までは。
「――高校て、こんな感じなんだな」
「・・・・・・・・・」
教室の扉の前に立っていた彼はぞろぞろ登校してくる生徒たちの合間を縫って、こちらに向かってくる。
「――ごめんちょっと通らせて・・・彼に用事があって・・・あーごめんなさい、ちょっと通ります、すみません・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
そうして、唖然とする僕の前に到達する。
「よお、葉佩――じゃなかった、リョウ・・・おはようさん」
「え、誰・・・? リョウ、この人とも知り合い・・・?」
御子柴さんが目まぐるしい環境の変化にぐるぐる眼を回しながら問う。
「――うげっ、昨日の・・・」
椎名さんはそれまでの屈託無い笑みに影を落とし、そして次の瞬間には立て直していた。
「久利、くん・・・?」
そして他ならぬ僕自身が、この場に居る誰よりも驚いている自覚があった。
彼は言う。
「深花高校2年生――久利功善、オマエと同じ高校生で、同じ学年だ。よろしくな」
「――あ、ちなみにずっと引きこもってたから、他の奴は知らん」
自信ありげな顔で。
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