第37話 目的

「言ったでしょ、これが私たちの仕事」

「……仕事?」


 そういえばそんなことを言っていたような気もしたが。

 これが仕事? 冗談きついぜ。


「そう。、浄化する。それが私たち "魂の解放者" に与えられた任務」


「人為的に顕現……って、なんだ?」


「崩魂が顕現しうる状況——つまり宿主のこと。そうすれば強制的に崩魂が姿を現す……御子柴さんの "嫉妬に狂う蛇" のように」


 彼女は自身の右腕を抑える力を強めたように見えた。


「……つまり、この状況は意図したものだと?」


「そう。貴方が介入してくる結末は想定外だったけどね。にっしー……いや、西川原さんにお願いして、御子柴さんの弱みに漬け込んでもらったの」


 

 なるほど、道理で蓮の反応が変だった訳だ。

 意図して人の弱みに漬け込むなんて、悪人のすることだろう。


「……なんのために、そんなことを」


「崩魂が宿主の魂を完全に喰い尽くしてから、完全体として顕現するのを防ぐため――というのが一つ」


 言いながら、椎名は俺の隣までやってきて、地面に落ちた何かを拾い上げる。

 御子柴の周囲に散らばる、その煌めく破片は恐らく。


「――そしてもう一つは、崩魂を回収して、魅魂を完成させるため」


「……」


 言葉が出てこない。

 

 これが? 魅魂を完成させるために必要なこと?


 か?


 一人の人間が絶望して、生さえ投げ出そうとしているこの状況が、想定通りなのか?


 自分の願いの為に、誰かを絶望させることが、お前らの望みなのか?


 怒りを通り越して、殺意が芽生えそうになる。


 俺の拳が強く握りしめられているのを察知したのか、蓮が怯えるような声を出す。


「く、久利先輩……」


「……蓮も、椎名の仲間、つまり魂の解放者ってやつなんだよな……?」


 コクリと頷く彼女を見て、苛立ちを加速させる。

 しかし、そんな俺の感情などどこ吹く風。

 椎名南は無情にも、右手を御子柴の頭上にかざした。


「はやくしてあげましょう。苦しんでるようだし」


 浄化。

 それは詰まるところ、彼女の魂を、命を奪うことなのだろう。

 彼らが葉佩リョウにしようとしていたのと同じ。


「――おい」


 咄嗟に声が出て、椎名の右手首を掴んでいた。


「別にお前らの目的なんか知ったこっちゃねえが……

 ――俺の眼の前で御子柴を殺すのだけは許さねえぞ」


 アイツのためにも、御子柴を殺させるわけにはいかなかった。

 俺の鬼気迫る形相に一切怯むことなく、椎名は俺の手を反対側の手で引き離そうとする。


「――ちょっと待って。あなた何か勘違いしているわ」


「……勘違いだ? お前らのやろうとしてることは、自分たちの為に他者を犠牲にする非人道的な行為だろうが」


 俺の言葉に何か合点がいったのか、椎名はため息を一つついてから続けた。


「ただ悪戯に宿主の弱みに漬け込んで、崩魂を吐き出させるだけの行為は、非人道的に映るでしょうね――でも、私たちの仕事は。これで終わりじゃない」


「……どういうことだよ」


「見てて」


 言って、勢いよく俺の手を払いのけた。

 そしてかざした右手をそのままに、唱える。


「――魂の浄化プリフィケーション・オブ・ソウル


「おいっ、それ――」

「――黙ってみてて」


 その詠唱は「魂を奪い、消し去る」。そういう意味での浄化だと思っていた。

 だがしかし、その想像はこの場でひっくり返ることになる。



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