第18話 落着


「――良いのか? 本当に俺たちを解放して」


 ひびの入った眼鏡を手でクイっと上げながら、東條はこちらを振り向いた。


「あぁ。約束だからな」


「・・・なら遠慮はしない。だが後悔するなよ。俺たちの目的は変わらない。たとえお前にどんな事情や力があろうと、な」


 東條の傍らに立つ、金髪野郎とツインテールギャルもこちらを見ていた。

 一人は俺を睨みながら、一人は俺をただぼーっと眺めながら。


「別にいいけど、忘れんなよな」



 俺の言葉に東條は目で応えて、そのまま二人と一緒に闇夜の路地裏に消えていく。



*** *** ***


「――っ。はーっ・・・」


 3人の襲撃者の姿が消え、足音も完全にしなくなったのを確認してから、俺はようやく息をつく。肩に入っていた力を抜く。


 死ぬほど疲れた・・・

 ずっと気を張っていたせいだろうか、今すぐにでも横になりたい気分だ。


「久利くん、あ、あのさ、大丈夫・・・?」


 膝に手をついて中腰になる俺に、後ろから葉佩が心配そうに声をかけてきた。

 東條ら3人に襲われたのは彼なのだから、そのセリフは俺ではなく彼自身に向けられるべきだが。


「ん、大丈夫大丈夫。ちょっと久しぶりに体動かして筋肉が驚いちゃってるだけだ。冬場に歩いたら足の血行よくなりすぎて痒くなるあれと一緒だ」


「ほんとに? ただの疲労って訳でもなさそうだけど・・・ 胸、抑えてるし・・・」


「・・・あー、これはちょっと癖だ」


 俺は胸に置いていた右手をスッと離した。

 自分でも無意識のうちに、胸を抑えていたことに驚く。痛みに慣れすぎてしまっていたのか。


「か、帰れそう?」


「大丈夫、心配しすぎだ。それよりおま――・・・葉佩は家、どっち方向だ?」


 お前、と言いかけて、訂正する。

 人のことを「お前」と呼ぶのは礼節にかける、とよく注意されたものだ。


 ――名前があるんだから、名前で呼びなさい、と。


「僕は、あっちかな」


 言って、彼は俺の家があるのと同じ方角を指した。


「じゃあ、途中まで一緒に帰るか、葉佩」


 葉佩はぎこちなく頷いてから、何かに迷った後、言葉を続けた。


「りょ、リョウでいいよ、皆、そう呼んでるし――」


 思わぬ言葉に、俺は驚く。


 下の名前で呼ぶのは、些かハードル高すぎやしませんかね・・・


 とはいえ、折角の申し出だ。断るのも無礼だろう。


「お、おう、そうか・・・じゃ、じゃあ行こうぜ、リョウ」


 リョウは、ぎこちなさ全開で歩き始める俺を笑うでもなく、静かに俺の横に立って帰り道を共に進み始めた。

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