第23話 屋上の憂鬱
『・・・大丈夫か? 相棒・・・』
「・・・大丈夫と言ったら、嘘になる・・・ウッ」
昼休み、深花高校の屋上。
皆が教室で楽しく昼ご飯を食べているであろう時間に、俺は何も持たず、ただ屋上の手すりに寄りかかりながら吐き気を催している。
なんと無様な・・・
――深花高校2年生――久利功善、オマエと同じ高校生で、同じ学年だ。よろしくな――
などと。
俺は葉佩らの教室で堂々と自己紹介した直後、生徒指導の先生に首根っこ掴まれて生徒指導室へと連行されたのである。
まあ入学してからほとんど登校していない、学校側からしたらただのお布施要員である問題児(俺)が突然登校したらそうなるか、という感じではあるが。
連行された生徒指導室では、前述の生徒指導の先生と2-Bの担任、それから学年主任の先生からの質問トリプルプレスを受け、あることないこと適当に答えて難を逃れたが、問題はその後だ。
教室に戻った俺に追い打ちをかけるように
「あれ? 君は前の授業ってか、これまでずっと居なかったよね? 転校生?」
みたいな話を毎授業ごとに展開され、その度に周囲のクラスメイトから好奇の視線を向けられたのである。
皆同じ制服を着て同じ方向を向いているはずなのに、俺だけ完全アウェーのような雰囲気であった。何あの空気。
そりゃ吐きそうにもなる。
はっきり言うが、俺は大勢の人前に出るのが超苦手だ。
緊張に弱いというべきか、ともかく注目されるのが苦手だ。こっそりと生きていくのがお似合いなのだろう。
勿論、そんな俺に昼休みの教室で居場所などあるわけもなく・・・
「あ~・・・帰りてえ・・・」
一通り憂鬱な午前中を振り返って、頭を抑える。
胃が痛いというか、喉元がつっかえるというか、ともかく気分が悪い。
青い空を見上げながら、少しでもリラックスしようと深呼吸する。
「慣れないこと、するんじゃなかったな・・・」
『ケケッ、威勢よく人間どもの間に割って入って、自己紹介したとこまではキマッてたんだがな。その後の計画性の無さったらないぜ』
「うるせえ・・・俺のような人間には後先考える余裕なんてねえの。学校入った瞬間から俺はマグロなの、止まったら周りの視線感じて死ぬの」
『マグロ・・・なんだそれは・・・』
「・・・絶妙に会話通じねえのめんどくせえなお前・・・広辞苑でも読んどけ」
『広辞苑・・・なんだs――』
「――やっぱいいわ」
普段はふざけてる癖に、こういう時だけ至って真面目なトーンで聞いてこられるから余計に困る。
会話というのは時折、互いの知識を当然のように前提としてしまうが故に、こういう行き違いを生み出してしまうものだ。勿論、程度に差はあれど友達が数少ない俺にとっては耳が痛い。
専門的であるということは、それだけ一般的ではないということだから。
クラスメイトと話すときは気を付けよ・・・話す機会ないけど・・・
『で、そろそろどういう腹積もりなのか教えてくれよ』
頭上を飛び回る黒い煩悩が痺れを切らしたように俺に問う。
普段平日は夕方まで寝ている俺が早朝に跳び起きて学校に行ってるんだ。そりゃこいつも驚くか。
美咲さんも余りの事態に驚いて赤飯炊こうとしてたし・・・
「どういう腹積もりってか、もう見たら分かんだろ。葉佩リョウの身を守りながら、俺自身もお前を
『・・・ふぅむ』
「というのをあの場で、奴らに言ってやるつもりだったんだが・・・」
『俺様の記憶が正しければ、自己紹介直後に摘まみ出されていた気がするが』
「・・・そう、だ」
『・・・・・・つまり、作戦失敗と』
「・・・・・・」
『・・・・・・』
「・・・・・・」
沈黙。
いや、別にそんな絶体絶命な状況でもないんだけど。
自分の不甲斐なさに、沈黙する。
「意味なかったか・・・俺の頑張り・・・早起き・・・」
『・・・そうでもないらしい』
項垂れる俺に、煩悩はスッと姿を隠しながら言う。
「・・・は?」
『――意味は、あったみたいだぞ』
同時に、俺しかいない屋上の扉が勢いよく開けられる。
「久利功善、ここにいたか」
丸眼鏡の男が立っていた。
「・・・東條」
東條政信――魂の解放者とやらのリーダー格の男。
「一体全体、どういうつもりなのか聞かせてもらおうか。なぜ登校してきた」
「なぜってそりゃ高校生なんだから登校して当然だろ・・・」
と、冗談を言ったつもりだったが、睨みつけられたので仕方なく白状する。
「・・・オマエらとの契約もあるから丁度良いなと思っただけさ」
「丁度良い・・・?」
「 " 煩悩の王と依り代を覚醒させず、煩悩の王が及ぼす周囲への悪影響・危害を防ぐ " これがお前たちの目的で、葉佩を狙う理由だよな?」
東條は静かに頷いた。
「だったら、俺が協力してやる。葉佩が暴走なんかしないように見ておいてやる、そんで、アイツの周りに生まれちまう崩魂も俺が喰ってやる。どうだ、文句ねえだろ」
「我々3人が居れば、学校生活における周りの危険因子は全て排除できるが。貴様の力を借りるまでもない」
「そういうんじゃねえよ。日中はオマエら、夜は俺。なんて役割分担してたら、いつか昼間に葉佩が殺されて終わりだろ」
俺の言葉に東條はあからさまに嫌そうな反応を見せた。
詰まるところ、日中のどさくさに紛れて葉佩を今度こそ仕留めるつもりだったんだろう。
そうでなければ、俺が登校してきた理由を問い詰める必要など無い。
俺たちが真に協力者であるなら、日中の活動者が一人増えることは寧ろメリットだからな。
諦めたように肩を落としてから、東條は俺に問う。
「・・・どうしてそこまで肩入れする。利用する価値も感じられないあの凡庸な男に、貴様が命を賭けてまで守る価値があるのか?」
「別に、特別な理由なんかねえよ」
「フン・・・食えない男だな」
「生憎、喰う側の人間なんでな」
――くだらん
そう言って鼻で笑った東條は踵を返した。
去り際、
「一つだけ忠告しておく。意図が分かった以上、俺はお前と事を構えるつもりはないが、残りの連中のことまでは知らん。精々背中を刺されないよう気を付けるんだな」
バタン、と屋上の扉が大きな音を立てながら閉まる。
屋上は、また俺一人になる。
グラウンドで雪遊びをしながらはしゃぐ生徒たちの声を聴きながら、俺は座り込んで空を見上げる。
葉佩を魂の解放者らから守る、という目的は概ね達成できそうではあるが、
それ以上に大きな問題が発生してしまっている。
「・・・はぁ、午後の授業も憂鬱だな・・・」
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