第24話 体育と煩悩と

「ないっしゅー!!!!」


 陽気そうな体操服姿の男子が大きな声をあげる。


 冬場であるというのに腕まくりをしたその姿は、彼らの体育にかける深い情熱を感じさせる。

 ただ一つのボールを中心に、グラウンドの端から端まで、駆けては蹴り、駆けては蹴り。もはや一種の実験に参加させられている気分になる。「人間と球体との相互性について」みたいな。


「いいねぇ・・・青春っぽくて・・・」


 だだっ広いピッチの端っこで、ただ突っ立ったままの俺は意味もなく呟いた。




 ――そう、本日最後の授業は体育である。




 勿論、ひっさびさに登校してきた俺に体操服の準備などあるわけもなく、仕方なく体育教官室に保管されている体操服をお借りしての参加だ。

 この時期の体育はクラス合同――つまり俺の所属する2-Bと葉佩の所属する2-A含めて複数クラスでの授業となっている。大多数に埋もれることが出来るラッキーなタイミングと言えよう。


 しかし、要保護人物である葉佩の姿は見えない。合同授業といっても体育は選択制で、サッカー、卓球、バレーと複数種に分かれて希望者ごとの授業体型となっているからだ。


 ・・・よく考えたら葉佩って卓球してそうだったな。


 人数調整の問題でサッカー組に無理やり入れられた俺からすると少し羨ましい。

 

 理由は明快。

 サッカーなど俺のようなボッチ陰キャには向いていないからだ。


 ピッチの端に突っ立っていることしか出来ない。ボールを要求できるほどの自身もなければ、味方からの信頼もない。敵からの警戒もない。

 ・・・案山子の方がよっぽど相手の気を引けるんではなかろうか。


 とまあ、こんな動けないやつが仲間で、皆にも悪い気もするが、久々の外出でそろそろ体力の限界なのだ、許してほしい。


「ねえ、ちょっと良い?」


「ん?」


 そんなサボり感満載の俺に、活発そうな女子生徒が話しかけてきた。

 桃色のショートカットヘア。切れ長の目に、端正な顔立ち。女子にしてはかなり高めと思われるその背丈。

 おまけに男子顔負けの半袖半ズボンでサッカーに参加していると。男女混合でのサッカーだというのにさっきから活躍してたのはアンタか。


「アンタ、リョウの友達なんだって?」


 開口一番、葉佩の件。

 ・・・そういえば、朝2-Aに突撃したときに、葉佩の隣に居たような・・・


「友達というか、顔見知り、くらいが正確だ」


 俺は彼女と一切目を合わさず、ぶっきらぼうな態度でそう返した。


「そうなの? てっきりだいぶ仲良しなのかと思ってビックリしてたんだけど。リョウって結構物静かって言うか、人見知りじゃん? 私たち以外の誰かといるのあんまり見たことないし」


 彼女はあちこちに飛んでいくサッカーボールの行方を追いながら、俺に近づき、話を続ける。


 じりじりと近づく彼女を制すように、言葉を返す。


「・・・ちなみに言っとくと俺も人見知りだ」


「っ、あーごめんごめん。名乗ってなかったね。私、御子柴ミカ、リョウと同じA組、よろしくね」


 俺の言葉の意図に気付いたのか、彼女は俺に半径1m付近まで近づいてから、ようやく止まった。


「うい、よろしく」


「アンタの名前は?」


「・・・久利功善」


「ふ~ん、あんまり聞かない名前ね」


 御子柴とかいう奇抜な名字の奴に言われたくない。


「で、本題はなんだ?」


「マークだよマーク。サッカーの基本じゃん?」


「・・・どこをどう見たら俺がサッカーをやっているように見えるんだ」


「いや、ピッチの上に立ってるのに、なんでサッカーやってないつもりなのよ・・・」


「よく見ろ、俺たち2-Bチームの連帯感のある動きを。そしてその連帯感から一人逸脱する俺の姿を」


「滅茶苦茶かっこ悪いんだけど・・・」


 ぐっ。手厳しい。


「ともかく、俺をマークするだけ時間の無駄だ。勿体ないぞ」


「んー・・・ま、ちょっとはそういうつもりもあるのかも」


「・・・は?」


「今は時間を無駄にしたい気分かも、ってこと」


「・・・良く分からんな」


「――気になるんだよね、アンタのこと」


「・・・・・・・・・・・・・ん?」


 んんん?


「なんか知んないけどさ、つい目で追ってるっていうか、見逃せないって言うか・・・」


「・・・・・・・・・・・・」



 何だこの展開。



 一息置いて、彼女はこちらをまっすぐ見つめた。






「――リョウと、どういう関係なわけ?」






 射殺す眼光の熱視線は、雪をも解かす。

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