第5話 刹那

「嘘・・・なんで・・・?」


 女型の崩魂からポツリと漏れ出た言葉。

 その表情は驚きと困惑が入り混じっているように見える。


『うまくいったみたいだな』


 嫌というほど聞きなれた、鬱陶しいだけの煩悩の声は、なぜか鮮明だ。


「・・・なんだ、何が起きて・・・」


 俺自身、何が起きたのかわかっていない。あの崩魂が放った光線が確かに俺の体を包んで、焼き尽くすはずだった。


 


 一つだけ変わっているとすれば、羽織っていたはずの黒のコートが真っ白になってしまったことか。


 ・・・色素でもぬけてしまったのか?

 

 ・・・いや、違う、そうじゃない。


 自らの体の安否を確かめるべく、俺は俺自身の体を動かして、

 その現状を頭で理解するより先に、言葉が漏れる。


「お、おい嘘だろ・・・て、手が・・・ッ!!!!」

 

 に驚嘆の声をあげる。


 それはもはや人の手ではない。


 彫刻でしか見たことのないような、あまりにも「無機物じみた手」。


 ――そして、


 白化したのは、両手だけじゃない。コートがそうであるように、両の手がそうであるように――


 俺の全身が、で染まっていた。


「は・・・はは・・・なんだこれ・・・」


 無造作に伸びてしまった前髪も、よくよく見ると真っ白だ。

 あまりの変化に、言葉を失う。


 掌を開閉し、息を吸って、自分の体を触る。

 この体が、この異常さが、俺であることを確かめる。


「これが・・・俺」


 これまでの人生でかつてないほどに、心音が高まっていくのを感じた。


 命を失う可能性のある戦場で、


 「異常な環境」ではなく、「異常な自分」への興味に全ての意識が持っていかれる。


「なんなの・・・なんで死んでないの! なんで消えてくれないの! あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 半狂乱と化した崩魂が喚く声。


『来るぞ』


 鮮明なアイツの声。


 胸の中で響くその声で、俺は漸く我に返る。


 ――マジでなんだよこれ。どうなっちまったんだよ、俺の体。


 湧き上がってくる無数の疑問を無理やり心の奥に押し込めて、俺は生きるために前を向く。


 それでも。


 分かる、自分の異常さが。


 嫌というほど刻まれる。


 この絶体絶命の状況に、


 何一つ理解できない現状に、


 この上なく高揚しているんだ。

 そして、――笑っている。

 自分の変化に、気持ちの悪い笑みを浮かべているんだ。


「死んじゃえ! 死んじゃえっ!!! 死んじゃええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


 両手で銃を象った崩魂は、先ほどよりも明らかに高出力の光線を、俺目掛けて撃ち放った。 


 右も左も、逃げ場はない。


 先ほどまで避けるので精いっぱいだった、近づくことすら叶わなかったその攻撃が、人間に出来る凡そ全ての動きを網羅したその光線が――










 俺には随分、鈍く見えてしまった。

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