第34話 予想外
「―――――ァアアアアアアアアアアア!!!!!」
もはや人のモノとは思えない叫びをあげる、御子柴ミカと思しき人物。
冷静に話し合いで解決できるフェーズはとっくのとうに過ぎ去っているようだ。
「……おい、椎名、立てるか」
八頭の蛇と共に立つ御子柴と睨み合いながらも俺は背後の椎名に声をかける。
御子柴の頭部から髪の毛のように伸びる蛇に嚙まれるところまでは見ていたが。
「……ぁ……わ、私の……ちか、ら……」
「……椎名?」
わなわなと震える椎名を見遣る。
蛇に噛みつかれていたはずの腕に傷はあれど、かみちぎられているわけではない。
ただ、痣があるだけ。
蛇の牙跡、確かにそこに攻撃を受けた証。
「力……が、う、奪われた……」
「……はぁ?」
今にも泣きだしそうな声の椎名。
「……奪われたって、あの蛇にか?」
俺は数メートル先でこちらを牽制する蛇たちもとい御子柴の方を見た。
椎名は小さく頷く。
「……噛まれたときに、う、奪われたんだ……あのお方から貰った、わたしの、私の……」
なるほど。
御子柴の頭から伸びるあの八つの蛇頭は、噛みついた相手の力を奪う。
つまり、噛みつかれた、というよりは、噛み吸われたというのが正しいのだろう。
しかし、茫然自失とする椎名を慰めてやれる余裕は正直なかった。
どうしたものかと思っているところに、別の誰かが椎名の元へ駆け寄った。
「みっ、ミナミッ!」
小柄な女子生徒。紫の髪が特徴的だ。
彼女は椎名の元に駆け寄って、抱きしめる
「にっしー……私……ちから、が……」
「大丈夫、大丈夫ッす、私がついてるッス……」
そういって、「にっしー」と呼ばれた小柄な女子生徒は、椎名の金色の髪を撫でながら、こちらを見上げた。
「……すみません。アイツの相手、任せてもいいッスか?」
「……え?」
唐突である。俺にあの蛇頭を倒せというのか。
「無理を言ってるのは百も承知っす。浄化するために崩魂を引き出したのに、やられてたらざまぁないっすよね……でも、この人は……ミナミだけは、失う訳にいかないんです。幸いまだ蛇の毒は回り切ってないので、一刻も早く治療を受けさせないと」
「あ、あんま状況が呑み込めてねえんだけど……」
崩魂を引き出した? 蛇の毒?
「――詳しいことを話してる余裕はないっす、すみません。今はこれで勘弁してくださいッス――」
「――へ?」
言って、紫髪の小柄な女子生徒は、俺の両手を引いた。
引いて、
そして、
俺の体を、抱擁する。
「――
「――ぬぇ!?」
「自分に出来るのはこれくらいしかないっすけど、許してくださいっす」
耳元でそう囁く彼女は、ひと際俺を抱きしめる力を強めた。
彼女と接している体の表面から不思議な力が流れ込んでくるのを感じる。
御子柴の蛇が不用意に近づいてこないのも、この力のお陰なのだろうか。
などと状況を分析しつつも、内心では、
――え?! 何、何この状況!?
――どういう展開!?
――というかまずこいつ、誰ェェェェェェッェ!?
突然の抱擁に俺は度肝を抜かれたままだ。
「どうっすか、久利先輩、行けそうっすか?」
「は……な、なんで俺の名前を……」
「なんでって……忘れたんすか? 私のこと」
いや、知らない知らない。
こんな絶体絶命の状況で突然ハグしてくる人間なんて全く知らな――
――い。
う、うん、知らない。
――温かく、優しい匂い。
――体を包む、他人の感覚。
そのどれもが、俺にとって何かを思い出すには十分すぎるほどの知覚情報。
もしかして、
こいつは……
こいつは…………
「お、おまっ……まさか……」
「久しぶりに会えたと思ったら、こんな時に助けに来てくれるなんて」
ようやく抱擁から解放されたと思いきや、
彼女は俺の顔を直視して、微笑む。
紫色の艶やかな髪を掻きあげて、
あの日と同じ無邪気な笑顔で、
「――やっぱり先輩は、私の救世主っスね」
断ち切ったはずの縁が、俺の心に楔を打つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます