§3-2. 疑惑のプレス
細い階段を上がった先にあるのは放送ブースやらなんやらをごった煮にしたような空間。ミキサーのようなモノが鎮座しているし、傍らには小さな移動式の照明器具なんかも転がっている。なかなかにカオスな空間があった。
「これ、地下に有った方が雰囲気出そうな感じするよねえ。……ね」
秘密の部屋的な趣向だと言いたいのだろうか。
「そうですね」
「だよねだよね」
こんなときにでも
自意識過剰だとは思うが、それを無視をした暁には親衛隊の様相を呈する後ろの女子生徒たちから何をされるか解ったモノじゃない。再び階下に戻るときは会長より先に降りていくか、もしくは会長のすぐ後ろを降りるしかない。
「さて、この資料を配らせてもらいますよーっと」
諸々既にスタンバイ済みだった。さすがの手際の良さだ。
会長は雑然としていた会議用机の上に置いてあるケースから紙を取り出して全員に回していく。中身はこの部屋にあると思われる各種機材の簡易説明書。――簡易と言い切るにはややより取り見取りが過ぎるのだが、まぁいい。そんなことは構っていられない。
そもそもウチのクラスで実際に使うとすればこのうちの半分も無いのだから、全部を覚えようとする必要はないわけで。何事にも脳内リソースは賢く使わなくてはいけないのだ。最新のスーパーコンピュータとはワケが違う。
「じゃあ書いてある順に説明していくのでー」
資料の準備だけではなく、口頭での説明も会長は手際が良い。さかさかと進んでいく。
とはいえ、少々追いついていないような生徒もいるようで、「結局、どうすれば……」的なことはちらほらと聞こえてきていた。
「あの、会長」
「お。
そんな喜色満面で訊き返さないでください。困ります。
とにかく俺は、一旦間を置くための咳払いをひとつ挟んでから質問を投げかける。すぐ横の生徒が聞き逃したか理解が間に合わないまま次に行かれたかのどちらかで、疑問を疑問のまま抱えそうになっていた部分だ。こういうのは疑問に思っている本人こそ訊きづらく思っていたりするのだ。
「……ええーっと、さっきの8番のスイッチに関してなんですが、11番のレバーを同時に操作するとどうなるんでしたっけ」
「イイ質問ですねえ」
――その台詞、言いたかったんだろうな。なるほどな。何か説明したりするときに質問が飛んできたときにそれを言いたがる生徒は中学の頃にも居たよ。
会長は直ぐさま、ゆっくりめにして説明をし直してくれる。
「今みたいに、何かちょっとでも引っかかったりしたらすぐに訊いてね。ホント、すぐにね。ゲーゲンプレスくらい素早く攻守交代させていいからね」
若干わかりづらい比喩を混ぜ込んでくる会長。
「かいちょー、その喩えわかりにくいですー」
「引っかかるの早すぎる! でも、それでいい! 質問はすぐ! 宛先はこちら!」
言いながらテンションをどんどん上げて行っている会長は、目に見えないテロップを指差しながら楽しそうに笑う。
「ちなみに、とくに解らなくても害は無いからそのまま説明を続けさせてもらうよ」
ツッコミどころが多いのだが、説明が進むのなら問題は無かった。
――生徒会役員たち、毎日この人の相手をしているのか。
〇
「それじゃあ、説明会は終了という事で。解散! ……あ、朝倉くんはちょっとこっちへ」
じっくり説明と脱線雑談を織り交ぜた講習会は結局45分ほどかかった。たぶん予定時間をオーバーしていると思われるが、それは別に良い。今は良い。
問題は、いきなり会長に名指しで呼び止められたところだ。
当然だが、会長と俺に注目が集まる。どちらかと言えば俺に対する奇異の目の方が多い気がする。もちろん俺自身が普段然程注目を浴びることがない――いや、最近は立待月のせいで増えてきている気もするが、それを含めても頻繁ではないので、こういう場合はやっぱり慣れない。立待月が近くに居るときとは違って、今回は女子の視線が多いのも何となくむず痒さがあった。
「……何でしょう」
無視はできない。そりゃあムリだ。平民は上級貴族を無視してはいけないのだ。
「この後いっしょに生徒会室に来てね」
「……っス」
断れねえ。これはムリだ。
本当に正解が解らん。そもそも正解が存在している問題なのか、これは。まさかの『解なし』とか、あるいは問題自体が間違っている、すなわち『病題』とかいうヤツなんじゃないのか。
まったく視線の量は減らないし。生徒会室に直々に招待されたみたいな流れのせいで、明らかに注目度が赤丸急上昇的な感じだし。
「それじゃあみんなお疲れさまー」
会長はそんな視線を知ってか知らずか――たぶん知ってるだろうけど――他の生徒たちに優しく手を振りながら俺の背を押しつつこの場を後にしようとする。俺も仕方なしに付いていくが、体育館から出たタイミングで会長が少し真面目なトーンで切り出した。
「さっきは助かったよ、朝倉くん」
「何がです?」
「質問。切り込み隊長やってくれたでしょ」
「ああ……」
やっぱり解っていたか。
「パッと見た感じだけど、朝倉くんがクラスの出し物で担当するところってあそこじゃ無いでしょう?」
「え」
そこまでバレてる? それはちょっと驚き。
「何でわかりました?」
「自分に関わる機能のときにはメモ取ってたけど、そうじゃないところでは話聞いてるだけだったから」
「……あー、なるほど」
よく見てるな、この人。
演台の上から話しているとき、聴衆の態度は意外とよく見えるモノだとは言うけれど、この人はそこまで見えているのか。
「それなのにわざわざあのタイミングであんなことを訊いたのは、近くに居た子がイマイチ理解してなかったっぽいから一度説明を止めてあげた方が良いんじゃないかと思った――ってことだよね?」
「……すごいっすね」
「お。ってことは正解?」
「その通りですよ」
「よしっ」
ガッツポーズ。そこまで喜ぶようなことでもあるまいし。
「それにしても説明中に良く気付きましたね、会長」
「それはこっちの台詞だよ、朝倉くん」
「え?」
こちらに返ってくるとは思わなかった。歩みを思わず止めてしまうくらいには差し込まれた発言だった。
「朝倉くんが訊いてくれなかったらそのまま説明続行していたからね。だとしたらあの子はイマイチ理解が出来ていない状態で本番の操作を任されることになる。それでミスが起ってしまったら、……ね」
「ええ、まぁ」
だからこそ、止めたわけで。
「説明を聞きながらも周りの反応に気を配って、その辺りの配慮をさらっとやったわけだから、『良く気付いたね』っていうのはこちらの台詞というわけだよ」
それにしても買い被りすぎではないかとは思うわけで、俺は適切な返しが思い付かない。
「なるほどねえ。これは知らなかったなぁ……」
満足そうに独り言ちる会長。とくに俺からの反応を期待しているわけではなさそうなので、ノーリアクションを貫くことにする。もちろん何か訊いてくるようなことがあれば答えるためのメンタル的な準備はしておいたが、その後の会長は無言のまま。気付けば生徒会室が目の前だった。
「いやー、しゃべったしゃべった。おつかれさまー」
会長が扉をガラリと開けたところに役員が数人。今までに見た生徒会室ではいちばん人口密度が高い気がする。
「あ、おつかれさまで、すー……?」
返事をした役員が、会長の後ろの俺に気づく。疑問符を浮かべつつも会釈をしてくれたので、俺も『お疲れさまです』といっしょにきっちり返しておく。
「……あれ?」
「ん? どうしました?」
靴の帯色から見て2年生。やや小柄な女子生徒が俺を見つめてくる。しかもガン見。一瞬気圧されるものの、どうにか訊けば――。
「あれ? 君って役員じゃなかったの?」
「……はい?」
ちょっと待ってくれ。
この状況、いろんな意味で悪くなってない?
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