§2-19. 想定通りの勧誘
ひとまず注文を終える。俺と会長はチーズ&デミグラス、
まずは業務報告ということでもないが、俺を除外した3人で生徒会の話になる。話を聞いているだけでもきっちりと動き回っていることがよくわかった。決して俺に仕事を押しつけているわけではなく、手が回りきっていないというのがウソでは無いということを意図せず確認することになった。
――スマン、立待月。俺はそれでも君の言うコトを信じ切れてはいなかったらしい。
一度水に口を付けた
「本当に、ここ最近の
「いや、そんな……」
話題の中心がいきなり俺に切り替わった。
もちろんこの状況だ。そういう風な流れになることはそれなりに予想していたつもりだったのだが、それでも実際にこういう立場になると照れくさすぎて居心地が良くなかったりもする。
以前立待月には『褒められ慣れてない』なんて表現されたような気もするが、本当にそれなのだ。どうにも据わりが悪くなる。慣れていないわけでもないのだが、気恥ずかしさが何よりも上回ってしまってどうしようもないのだ。
「全くですね。ホントにありがたい」
「いやいや、そんな」
だけだ。
ここでたとえば「そうでしょう、そうでしょう。すべて俺のおかげなんですよ」とふざけたことを言えるようなキャラクターでやってきているのならばいくらかラクにこの世を謳歌できるのかもしれないが、俺は生憎そんなキャラで売ってない。今までの人生でもそんな言動を取ったことは、残念ながら全く無い。時々そういうヤツを羨ましく思ったこともあるが、やっぱり『キャラじゃないな』と自己完結してしまう。無理矢理演じたところで、結局どこかで絶対にボロを出すのだから。
「お待たせ致しました」
そんなこんなで注文していたメニューが一気に届く。空きっ腹にはとても効果的な香りと湯気がテーブル一面に広がっていく。これはスゴイ。今すぐ食べたい。
「……立待月さんもそう思うでしょ?」
「え? ええ、まぁ、……そうですね」
しかし、立待月の歯切れの悪さは相変わらずだった。もしかしたら、目の前のシチューに意識を逸らされているだけなのであって、俺がわざわざ気にするだけ意味はないのかもしれないが。
それにしても、不思議なシチュエーションだなと改めて思う。
向かいには生徒会長。斜向かいには生徒会顧問の教師。そして隣には学園の天使。
一般生徒の俺がそこに同席し、顧問教師の奢りで今からメシを食う。
不思議すぎる。ありがたいけど。タダ飯だからありがたいけど。
我が家は外食をそれほどする方ではないので、こういうところでご飯を食べること自体が珍しい。しかもそれがテレビでも紹介されたお店なのだから、ありがたいに決まっていた。
「朝倉くん、水のピッチが早いね」
「え? ……ああ、すみません。ありがとうございます」
「いえいえ」
単純に暑さで喉が渇いていただけか、あるいはこの場が醸し出す緊張感か。食べ物が来る前に俺のグラスからはあっという間に水が消えていた。蒸発でもしたのかと思うくらいのペースで飲んでいたらしい。
――うん、たぶんこれは、緊張しているな俺。先生がわざわざ水を注いでくれるので、余計に恐縮してしまう。
「助かるんですよ、本当に。こういう人が居てくれるだけで」
「まったくです。まさにその通りです」
俺の向かい側にいるふたりが揃って頷く。
これはまさか、――やはり
「そんな朝倉くんには、折り入ってのお願いがあるのですが」
「……はい」
真正面から雨夜会長に見つめられる。自然と背筋が伸びていく気がする。
何を言われるかはもう判り切っているほどに解っている。
だからきっと、とくに驚きはしないのだろう。
敢えてハンバーグを口に含んでから、その言葉を待つことにする。
「朝倉くん。……ぜひとも
「……」
うん。やはりというか、案の定驚きはしなかった。
生徒会長から直々の勧誘を受けるという状況にはさすがに少し驚くものの、それはあくまでも客観的に俺という人間を見つめたときに感じること。勧誘それ自体に対する驚きは全くなかった。
もごもごと口を動かし続ける俺を、向かいのふたりはじっと見たままだ。次の台詞は発さない。ただただ俺が飲み込むのを待っている。この状況で根比べをされると明らかに俺にとっての旗色が悪い。ここは潔くハンバーグを飲み込んでおくべきだろう。
「事前にもう言われていただろうから、とくに……という感じかな?」
「ええ、まぁ」
否定はしない。
俺はその張本人でもある立待月を横目に見るが、彼女の視線はどこへやら。何を見ているのかよくわからなかった。
「私からも、ぜひともお願いしたいの」
宵野間先生も続く。わざわざスプーンを置き、俺の方に姿勢ごと向き直って言う。もう一口分食べてやろうと思っていた気が見事に削ぎ落とされていく。
万事休す――なのだろうか。逃げ道はもはやモーゼに作ってもらう他は無さそうな状態だと思う。誰か海割りの技法を体得しているヤツはいないのか。――居ないか。そもそもお前が習得しておけよという話だ。
「んー……」
時間稼ぎがてら、とりあえず唸っておく。
「そもそも人手は足りてないのは事実なの。……って、朝倉くんにはもう厭と言うほど伝わっているとは思うけど」
「まぁ、……そうですね。否定はしないですよ」
たった1週間程度だが、俺が見てきた状況がすべてを物語っている。ここまでとは思っていなかった。
「でも、その、もっと手当たり次第に勧誘してみたらどうなんですかね」
「うーん……」「まぁ、ねえ……」
俺の台詞に、今度は先生と会長が揃って唸った。しかも、俺とは違って、明らかに苦虫を噛み潰したような顔で。
「勧誘した生徒のほとんどに断られちゃったっていう年は私も見ているし」
「去年がそうですしね」
「あ、……そうなんスね」
めちゃめちゃに直近だった。だから人手不足なのか、なるほど。
「これは私が人伝に聞いた話だけど、入ってくれた人数は多かったけど大半の生徒にやる気が無くって運営が崩壊しかけたってこともあったらしくて」
「うわぁ……地獄絵図」
「ね。そう思うでしょ?」
それはさすがに悪夢が過ぎる。そんなことが起こりえるのかと寒気がするくらいだった。思わず口を突いて出て行った言葉に宵野間先生がさらに苦笑いを浮かべた。
「だから、たぶん朝倉くんはもう立待月さんから言われているかもしれないけど、無作為的に声をかけるような勧誘は御法度で、実際に委員会活動とか日頃の活動の様子を見させてもらって、その中で感触の良さそうな生徒数人に声をかけてみる……っていう誘い方をさせてもらっているわけなのよ」
「……なるほどです」
頭数はほしいが、やる気が無ければ意味が無い。生徒会という大事なモノを運営するに当たって、そういうジレンマに悩まされるのは仕方が無いことかもしれなかった。
これはたしかに、立待月から伝えられた内容と
「もちろん朝倉くんがバドミントン部に所属していることは把握しているし、かなりの猛者で期待の新人っていうことも知っているので」
「へえ、そうなんだ」
「うぐっ」
会長は興味深げに俺を見る。また薄らと辱めのようなモノを受けた気がする。飲み損なった唾液で喉が詰まりそうになった。
「そうなんスね。……何かちょっと、恥ずかしいんですけど」
「誇れることじゃないか」
「……ありがとうございます」
ちょっとだけ、受け取っておく。
「へえ、ホントだったんだぁ……」
横槍まで飛んできたらしい。声がした方を見れば、立待月が少し驚いた顔をして俺を見ていた。――ちょっとだけ、久しぶりに正面から彼女の顔を捉えたような気がする。
「おい、一応は誰にでも取り柄ってのはあるんだぞ?」
「何もそこまで言ってないわよ」
解っている。それくらいは解っているのだが、せめて顔が熱くなっていきそうなこの状況をどうにかするための清涼剤になってほしかっただけだ。
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