§2-20. 自分って、何


「それで、……どうかな」


「前向きに考えてもらえるととてもありがたい。我々と、引いてはウチの学校を助けると思って」


 先生からはともかく、会長からの言葉の圧が思った以上に強くて驚く。


 結局どうしたってそこまで自分のことを高く買ってくれていることを今ひとつ信じ切れていない俺は、素直にその言葉を受け止めきれないでいた。


 もちろんそこまで良く言ってくれるのだから信じたい気持ちはある。そりゃあ誰だって褒められた方が気分はいい。いくらでも褒められたいのが人間の性だろう。だけれど、明らかに『デキる人』からの褒め言葉は口八丁手八丁の現れじゃないかと、どうしてもヒネくれた感想を持ってしまうというのもまた人間の性なんじゃないか。


「あー……」


 しかし困った。即答での生徒会入りを求められているわけではなさそうだが、それでもあまり長々と待たせてくれるなよというふたりの思いは感じていた。


「えーっと……、まぁ、でも、その……」


 言ってしまえよ――とアタマの中で誰かが嗤う。ハッキリと断ってしまった方が、後々ラクになれるんじゃねえのか、とそのアタマの中の誰かは俺を嘲笑う。


 そもそも最初の内は、不可抗力的なアクシデントのせいで|

に持たれてしまった悪印象を拭い去れればそれで良かっただけなんだ。――全く、あの時の体育のサッカーボール数個のせいで、こんなにも数奇な目に遭うとは思わないだろうが。


 しかし、今はどうだ。少なくともふつうの感じで会話を交わせるくらいにはなっているじゃないか。買い出しのときには、店内案内を頼んでくれるくらいにはなっているじゃないか。彼女としての不可抗力ではあったが、命の危機を放置されないくらいには気にかけてもらえるようになっているじゃないか。


 もう、潮時だろう――?


「……前向きに、考えさせてもらおうかなと思います」


「ありがとう! そういう風に言ってもらえるのは本当に嬉しいな」


「あ、でも、すぐ明日からとかそういう感じには……」


「大丈夫大丈夫。それこそ学校祭終わったらとか、夏休み終わったらとか、次の大会が過ぎたらとかでも何でもいい。朝倉くんの良きときに伝えてもらえたらいいよ」


 先生と会長がそれぞれ晴れやかな笑みを俺に向けた。





     〇





 その後、食後のデザートまで奢って貰いつつ、夕食会は解散となった。


 途中までのルートが同じだということで、帰路は立待月といっしょだ。先生は大人だし会長も大丈夫だろうということで、を仰せつかったような恰好である。


「この時間だとやっぱりそこそこ涼しいよな」


「……」


 ――ずっと、コイツはこんな調子だった。


 解散になればいつも通りの雰囲気に戻るだろうと思っていた俺の予想は大外れ。立待月はずっと思い詰めたような表情のまま少し下に視線を落としている。アレが美味しかったよなとか、先生の奢りにしてまた来れたらいいなとか、そんな雑談も概ねスルー。気のない相鎚はずっと歩道に向けて送られていた。


「結局、この前立待月から言われてたことを、殊更に濃縮して言われたみたいな感じだったな。……生徒会って」


「……朝倉くん」


 立待月の視線はそのままだが、ようやく声を使った反応が返ってきた。生徒会の話は最終手段として敢えて振らずに放っておいたが、さすがにここら辺で切っておかないとと思えば、やはりその判断は正しかったらしい。


「たしかに私もあんな感じで言ったし、あのふたりも言ってたけど……」


 そこまで言ったところで、思わせぶりに言葉を切る。次の句を待っていると、ようやく彼女の目を見ることができた。


「……ムリなら断ってくれて全然構わないから」


「…………ん?」


 あれ? それは、さすがに想定していなかったぞ?


 何ならあの時の立待月は、その台詞内容だけで考えれば会長や先生と変わらず、生徒会の方針通りの勧誘プランに沿っていたと思うが、何となく纏っていたオーラというか雰囲気のようなモノは違った気がしていた。


 喩えて言うなら、――助けを求めるような。


 もちろんかなり自意識過剰なところはあるし、俺の感情察知能力なんて高が知れているレベルなので全く以てアテにはならない基準だと思う。それは正直に認めなければいけないところだろう。


 でも、滅多に来ない虫の報せのようなモノが、俺にはそう告げていたわけで。


「……いやいや、まぁ……んん? まぁ、そこまで前向きっていうか、参加しますよって感じな乗り気ってことでもないけど」


「そう? ……それならイイ、ということも……無いこともない……」


 思わずズルッとコケる演技をしたくなる。


「何だよハッキリしないな、立待月らしくもない」


 俺はあくまでも軽い気持ちで言った。そこまで押しつけるような気持ちは無かった。


 ただあくまでも、ちょっとだけこの空気が軽くなればというしょうもないノリで言ってしまった。


「……私らしさって、何だろうね」


「えっ……」


 だから俺は、立待月から返ってきた弱々しい声に、情けない反応を示すことしかできなかった。


「朝倉くんは知ってるの? 私の『私らしさ』っていうモノ」


「……ごめん」


 ワガママな感想を言うのなら、もう少し冗談めかした感じで『私らしさって何よ』と斬ってくれれば、俺もそのままの調子で言い返せたのだが。


「謝らないでよ、そこで」


 思わず口を突いた俺のいい加減な謝罪に、立待月の語尾が少し強くなった。


 そりゃあ怒るだろうな、誰だって。何か隠し持っているのかと思いきや何もありませんでした――なんて、そりゃあ怒る。マーケティングの典型的失敗例みたいなもんだ。


「じゃあ良いのか、言っても」


「……どうぞ」


「キレんなよ?」


「え」


「意外と良く笑う」


「意外と、って何よ」


「圧しが強い」


「ん?」


「そのくせ人の頼みを断り切れない」


「ちょっと?」


 荒療治、効き目ありそう。


「時々怖い」


「こら」


「でも、時々何か抱えてそうな感じになる」


「……」


「わりとめんどくさい」


「……どうしてもオチを付けたいの?」


「でも、そんなもんだろ。めんどくさいのは嫌いじゃないぞ」


「……あ、そう」


 勝った。たぶん圧し勝った、と思う。


 そう。立待月瑠璃花はたしかに『学園の天使』と呼ばれてはいるが、実際に近くで話して見れば案外そんな感じの高校生なのだ。――ふつう、ではないかもしれないが。


「でも……あれね。今日の私は、たしかにめんどくさかったかもしれない」


 そんなふつうではない立待月も、ようやくふつうの調子に戻った感じはある。きちんと前を見て、俺にもしっかりと視線を向けながら話してくれている。これで大丈夫だとまで確信こそ持てないけれど、少なくともさっきよりはマシなところまで来てくれた。


「めんどくさいのは今に始まったことじゃない気もするし、だからそれはある意味立待月らしいってことで――」


 ――ボスッ。


「あイタっ」


「差し当たり、どうしても話にオチを付けないと恥ずかしくて耐えられない――っていうのが『朝倉くんらしさ』なの、かも……ねっ!」


「やめい! そのカバン何入ってんだ! 意外と痛いぞ!?」


「乙女の秘密っ!」


「だから! それを、振るな!」


 これなら、大人しいままで居てくれた方が良かったかもしれない。


 ――と、思えればマシだった。


 たしかにカバンに入っていた、妙にカタい何かが当たったときに痛さはあった。


 しかし、だ。それこそ『いつもの立待月瑠璃花』だったら、敢えて力加減を失敗したようなパワーで殴ってくるはずなのだ。


 今は、そこまでではない。


 やはり『いつもの立待月瑠璃花ではない』ということだろう。


「……」


 一応近隣住民には配慮しているつもりではあるが、それなりにぎゃあぎゃあと騒ぐ帰り道。夜道に襲われる心配はほぼ無さそうな雰囲気だが、それとは別の心配が俺には残った。


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