§2-18. ディナーの誘い


「この後と言うと……『この後』ですか?」


 明らかに的の方向を向いていない発言だったことに、言ってから気付く無能が俺です。


 だけど、何を言いたいか言っている本人が解らないような疑問文に対して、よい先生は的確に最適解を探し出す。


「この後ですね。作業が終わって学校から帰りましょう、となったくらい」


「学校祭の集まりとかがあると、どこからが放課後か解りにくいもんなぁ……。あさくらくんの言いたいことは何となく解る」


 あま会長も微笑みを浮かべて言う。高ステータスを有する人はこういうところの理解力も高いらしい。うらやましい。察する力があるって、イイよね。俺には到底備わっているとは思えない技能だった。


「自分はとくに、何も無いですが」


 今から部活に戻れば30分くらいはシャトルを打てそうな気はしたが、ストレッチやら片付けやらを考えるともっと短くなるだろうことは予想できる。だったらば、体育館に行くことが得策とは思いづらいので黙っておくことにした。


「ふたりは?」


「大丈夫です」


「……私も、大丈夫ですけど」


「だったら、夕飯行きましょう?」


 ――お?


「この4人でですか」


「ええ」


 全く予想していないお誘いだった。そもそも先生が何を言い出すのかの予想もまともにしていなかったものの、イイところまた別の仕事が振られるくらいだと思っていた。


「……たぶん、大丈夫だと思いますが」


「お家の人に連絡とか必要だったら、今してもらっていいですよ」


「あ、じゃあちょっと外します」


 メッセージアプリとかでも問題はないのだが、確実に反応が来るのは家電なので無難にそちらをチョイス。


 すでに夕飯の準備をされていたらどうしようもないが、念のため母親には話を通しておいた方が後々文句を言われずに済むだろう。――時々連絡も帰りも遅くなった父が翌朝にまで文句を持ち込まれているところを見ていれば、いくらガキンチョでもそれくらいの学習はする。日付変更線を跨ぐネチネチとされた怒りほど面倒なモノはないと、ふたりきりのホームセンターでよく父が愚痴っているのだから。


 生徒会室脇、階段の踊り場あたりは人通りがほとんど無いので丁度良い。さっさと話を通しておく。電話越しの母は比較的ナチュラルなご機嫌だったので運も良かった。


 ただ――。


 ――『誰と?』


 ――「……生徒会長とか、役員とか、先生とか」


 ――『え、何それ。アンタ、結構やるじゃん』


 ――「何がだよ」


 ――『へえ、生徒会ねえ……』


 という感じで、ある意味ネチネチとしたイジりを受けるハメになったのは迷惑だった。


「大丈夫でした」


 この3人にわざわざ身内の話をする意味も無いのでカット。


「わざわざありがとうね。こっちのふたりも問題無いみたいなので、全部終わったら行きましょうね」


「ッス」


 立待月と会長も大丈夫らしい。


「あ、もちろんだけど、ここはオトナの奢りだから安心してね」


 良かった。一番の懸念はそこだったが、生徒だけの集まりではないので、ちょっとだけ期待はしていたりする。宵野間先生が良心皆無な大人じゃなくて安心する。


 ――が。


「……ん?」


「いや、何も」


「私何も言ってないけど?」


「良いんだよ、別に」


「……変なの」


 変なのは立待月おまえの方だ――と言いたい。


 どうにもさっきから立待月が大人しい。こちらの調子が狂うくらいに大人しい。


 よくもまぁそんなに言葉が出てくるなと思えるような、普段のテンションはどこへやら。ぴったりな慣用句と言えば、まさに『借りてきた猫』。何となく周囲を伺うような視線をうろちょろさせながら、このふたりの一挙手一投足を見逃さないようにしている感じに見える。


 学祭の実行委員会のとき、他の役員などが居たときやクラスメイトと会話を交わしていたときには、もう少し快活なイメージがあったはずなのだが。


 今もだ。スマホを手にして、何かテキストを打ち込んでいるように見えるのだが、その実視線は手元をあまり見ていない。ノールックのフリック入力に文句を付ける気はないのだが、その視線がやはり落ち着いていない気がするのだ。


 何だろう。さすがに少し気にはなる。


「(とはいえ……か)」


 このタイミング、このシチュエーションで聞き出すのはさすがに空気を読めていないだろう。万が一に、その原因が会長や先生になるのだとしたら、絶対に悪手。


 ひとまずは、大人しくディナータイムを終えるまで待つことにしよう。





     〇





「ハイ、ここですね」


「お」


 全員がそれぞれの作業を終えたのは、完全下校時刻を過ぎて10分後くらい。


 生徒会役員や先生はきちんとした生徒会の作業を片付ける一方、俺は完全に手隙だったので作っていた棚の細かい所をイジることにした。木目がイマイチキレイに見えてない部分や棘のようなモノが残っていたところにヤスリをかけるとか、そんな感じだ。いつから生徒会室に存在していたか顧問すら知らないようなところから紙ヤスリを発掘できたのは、俺にとって大きかったと思う。――そうじゃなかったら、また書類整理をやらされるところだったからな。


 さて、そんなこんなで先生に連れられてやってきたのは、学校から徒歩10分もかからないほぼほぼ住宅街の中。知らない人からすれば、こんなところに何があると疑問しか湧いてこないような場所だった。


「その感じだと朝倉くんはココを知ってそうだね」


「ええ、以前何かの番組でやってたような気が……」


「あ、そうみたいだよ」


 会長が何が気付く。指差す方向を見れば、協力ありがとうございます的な取材の証拠を示すステッカーが貼られていた。ああ、たしかにそのコーナーだった。珍しく全国放送をされている番組に我が町が出るとあってたまたま見ていただけのことだったのだが、何事も覚えていて損することはないらしい。


「ハンバーグが美味しいんですよね」


「そうそう。良く来るんだよねー」


 満足そうな笑みをこちらに振りまいて颯爽とドアを開けていく宵野間先生。俺たちもすぐその後に続く。幸い4人席が空いていたので、直ぐさまそこに通された。俺と会長が向かい合わせで壁側、俺の隣に立待月、会長の隣に先生が座るような席次になった。


「結構高級志向ですよね、たしか」


「そう」


 先生が頷く。


「でも、わりとリーズナブル」


「……スゴい、詳しい」


 会長が笑む。


「で、たしかチーズ&デミグラスソースの煮込みハンバーグが絶品」


「……へえ」


 そして俺は、よりにもよって、立待月に情報を与えてしまったらしい。


「おい、パクるなよ」


「別にいいでしょ?」


 ちくせう、ちくせう。前回の喫茶店での意趣返しをいつかしてやろうと思っていたのに。何ならこれが絶対的なチャンスだっただろうが。マジで失敗だ。なぜそんな流れで知識をひけらかそうと思ってしまったんだ、俺は。


「……っていうか、オススメメニューの代表格ってココに載ってるけど」


「あ、マジじゃん」


 親切だなぁ。まったく親切で困ってしまうなぁ。俺の野望は完全に潰えてしまったじゃないか。


 そんな俺の心情を察知したのか何なのか。立待月は俺がよく知るテンションに若干だけ近くなってきている。完全にいつも通りではないのだが、いくらか叩けばキレイに音が返ってくる感じにはなっていると思う。


 不思議だ。状況的にはさっきと然程変わらないはずなのだが。あれはいわゆる『生徒会役員モード』とかそういうのモノなのだろうか。


 どうにも全くこの学園の天使様は、悪魔的な部分が多いから困る。


「でも、ちょっとカロリー高そうかも……」


「そんな貴女にはこちらもお勧め」


 そう言って宵野間先生がメニューの別ページを開いて見せてきた。注釈のような大きくない文字で書かれていたそれは、パティのサイズとカロリーの表に加えて『サラダお代わり自由』の文字。


「シチュー系のメニューはそこまで重くないのでオススメです」


「あ、たしかに『女性にとくにオススメ』って……」


「それにします」


 即答。


 そしてそのページを自分の手元でも開いて、――何故か俺の方を向く。


「ほら、パクリにはならないでしょ」


 得意げ。


「……へいへい」


 ――か。


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