§2-17. 労働の後はお茶会


「……ごめんね、あさくらくん」


 入ってきてすぐのよい先生から謝られてしまう。ここで『ええ、まぁ、そうですよね』なんて台詞を吐き捨てられればこの場を脱することはできるかもしれないが、さすがにそれは悪手に違いない。直前にから「内申に響く」と言われて、それを無視するほどの胆力が俺にあるはずがない。


 ああ、そうだ。先週の体育館裏であんな逃れ方を選ぶ人間だ。生徒会顧問の先生に楯を突くなんて芸当できるわけがないじゃないか。あーあ、哀しい哀しい。


「えーっと……、まぁ、何と言ったら正解なんですかね」


 だから俺は、トークの主導権をもう一度向こうに突き返すというチョイスをしてみた。


 正解がまだ解らないのだから、それが解りそうなタイミングになるまで向こうの出方を窺う。きっと何かしらの兵法の中にも含まれているはずだ。


「『いえいえ、そんなこと……』って言って欲しい気持ちが無くも無いけど、そもそも朝倉くんに無理なお願いをしているのは生徒会なのでね」


 何だ。生徒会にも一般生徒に無理難題を押しつけている自覚はあったんですね。


 それが解ったのはちょっとした収穫だ。どれくらいの収穫かと言えば、「漢字の『女』という字の書き順は『くのいち』と表せることを知ったくらい」の収穫だ。高校生なら大概知ってる。


「でも、来てくれてうれしい。手伝ってもらえるということで良いのかしら?」


「……」


 目だけで立待月を伺ってみるが、とくに何も反応がない。こちらを見ているかと思えば、まったくそんなことはない。むしろ俯きがちで、いつもの(俺にはよく見せてくる)攻撃的な部分は完全に形を潜めていた。


 ――「コイツに、無理矢理連れて来られました」とか「学内での評判に関わると言われたので」なんてことをれたらラクだったかもしれないのに。


 これがいわゆる『学園の天使』モードなのだろうか。普段生徒会役員同士での絡みを見たことがないので結論は出せないのだが、もしそうなのだとしたらもう少しそれを普段も見せてほしいような――案外そんなこともないような。俺が見ている立待月は案外話しやすいキャラなので、それが無くなってしまうのは逆に困るかもしれなかった。


「ええ、まぁ……」


 致し方ないので、ひたすらボカした言い方をしておく。これもまた逃げの一手だ。


「そっか! いやぁ、ありがとう! 本当に助かるよ」


 雨夜会長が急接近。そして俺の両手をしっかりと包み込んで上下に揺さぶる。握手のバリエーションのひとつであることはわかるのだが、如何せん力が強すぎる。


 何なんだ、生徒会役員は加減ができない人種か。


「……っと、申し訳ない。つい興奮してしまった」


 会長はがくんがくんと壊れかけのロボットのようなノッキングを見せていた俺にようやく気付いたらしい。頼むからもう5秒くらいは早く気付いてほしかった。が、気付かないよりマシだ。


 ――最近の俺はポリアンナ症候群になってやしないだろうか。


 まぁ、いい。ネガティブになりすぎるよりはきっと良い。


 出来るのであれば早いとこ作業を片付けて、さっさと帰ろう。月曜日からこんなことでは残りの平日は乗り切れない。


 しかし、立待月の猫かぶりは何なんだろう。あまりにも大人しくてこちらの調子まで狂ってしまうのだが――。


「さて、早速だけど、朝倉くんにはお手伝いをしてもらいたいんだけど、……おーい、大丈夫かい?」


「あ、はい。大丈夫です。何なりと」


 作業時間は待ってくれないらしい。





     〇





 立待月から具体的な作業内容を聞く前に会長たちがやってきてしまったので改めて会長から作業内容を聞くことになったのだが、『棚を』ということだったがその内容は新しく届いたラックの組み立てを手伝ってほしいということだった。


 なるほど、DIY慣れしている即戦力がほしかったと、そういうことだったわけね。


 会長にこんな雰囲気のことを言ってみると、まさにその通りとサムズアップされた。あまり褒めてはいないのだが、面倒なので黙っておく。


 それくらいの作業ならお安い御用――というか、俺にとっては楽しい作業だ。


 各パーツはすでに切断や穴開けなども済んでいて、あとは購入者が組み立てをすれば良いというモノでしかないのだが、それでもわりと楽しい。


 何せああいうモノは素材を集めてきたりなどしている内にそこそこの費用が嵩んでくるのだ。暇があればやりたい趣味だけど、それ以上に金が無ければやれない趣味でもあった。


 だからこそ、誰かの金で用意されているこの状況はとてもありがたかった。


 正直言うと先日の装飾作りで、俺の中のDIY欲がかきたてられていたので、立待月にはむしろ感謝をしてもいい気すらしてきている。


「……朝倉くん、楽しそうだね」


「ええ」


 即答。


 一瞬で答えられるとは思っていなかったらしい宵野間先生が驚いた顔をして、即座に笑い出した。


「そこまでキラキラした顔で言われるとは思わなかったわ」


「え、そうすか? ……他の生徒は楽しくないんですかねえ」


「……実は他の役員たち、今日コレが届くと聞いてみんな来なくなったんだよね」


「あ、あはは……」


 立待月が頬を軽く引きつらせていた。俺の視線を感じると、ゴメンねと小さく手を合わせてきた。そこまで気に病む必要はない。


 なるほど、そういうことか。


 たしかに、明らかに普段の仕事内容とは全然違っているだろうし、こういう重労働をする義理はないと思っても仕方ない――いやいや、一応はやれよ、と。その煽りを食うのが一般生徒っていうのはちょっとおかしくないか?


 ――良かったなぁ生徒会役員共め、俺がこういう作業好きなヤツで。





     〇





 かれこれ40分程度だろうか。先日の作業でも気付いてはいたが雨夜会長の手際が良いおかげでだいぶ早く片付いたと思う。


 ぶっちゃけると、『これなら会長だけでも良かったんじゃね?』と思わなくも無い。やはり人としての出来が違うのかもしれなかった。


「おつかれさま」


 いつの間にか姿が見えなくなっていた宵野間先生が机にティーセットを広げていく。何だ何だと思っている内に、生徒会室がお茶会の会場に変わっていった。


「……宵野間先生ってヌン活されるタイプですか」


「あれ。朝倉くんが『ヌン活』知ってるのは意外」


「母がわりと好きなんですよ。たまに街の方でやってるみたいです」


「ステキ~」


 アフタヌーンティー。何かおしゃれな感じの場所でおしゃれな感じのお茶やお菓子をいただくちょっとおしゃれな活動のことを指すとか何とか。当然母の請け売りでしゃべっているだけなので信憑性はない。


「まぁ、これはホテルとかのヌン活みたいなお高いモノじゃ無いから、安心していただいてね」


 高校生な俺にはよくわからないが、とりあえず食器の縁に金色が入ってたらやばそうとか、青基調のティーカップはめちゃめちゃ高いモノが混ざっている可能性アリとか、そういうぼんやりとした知識は各方面からの影響で植え付けられている。


 ――これは、たぶん、ちょっと高いヤツだった。


 これは先生の私物なのか、あるいは生徒会のモノなのか。


 どうにもいろいろと疑問は渦巻くが、とりあえずはこの空間に広がりはじめた素敵な紅茶の香りでかき消しておこう。


「今の時期に採れる紅茶がいちばん良いんですってね」


「へえ……」


 何やらうんちくを披露されたらしい。――あとで調べてみたら、6月あたりに採れる茶葉はセカンドフラッシュと呼ばれ最も品質が良いとされる時期らしい。違いが分かる自信はあまりない。


 ダージリンの香りとコクとか言われたものの、とりあえずは『美味しい紅茶だなぁ』という感想しか持てないような貧しい語彙力ではどうにもならなかった。


 それにしても、イイ感じの午後のティータイムだ。この前は美味しいコーヒーを飲めたわけだし、わりと生徒会も美味しいところがある。


 ――いやいや、待て待て。橙也、落ち着け。


 これはつまりなのかもしれない。


 美味しい思いをさせて逃げられなくするというのは常套手段だと言うじゃないか。


 決して油断をしてはいけない――。


「ところで、みんなは今日この後に予定はある?」


 宵野間先生が満面の笑みで切り出す。


 ――どうやら俺の予感は的中しそうだ。

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