§2-16. 「断らない人」と「断れない人」の差は大きい


「それにしても大活躍ね」


「おかげさまで、ね」


「……何だか突っかかる言い方するわね」


 そりゃそうだろ。プライバシーの侵害だぞ。


が余計なことを言わなければ、俺はもう少し元気なままでこの時間を迎えられたはずなんだよ」


「そう? 何となくだけど、結局あさくらくんのことだし、ちょこちょこ率先して動き始めてしまいそうな気がしてたわよ?」


 痛いところを突いて来たな。


 正直、俺もそんな気はしていた。何となく手元が覚束なかったり危うかったりするところを見せられたら、さすがに声をかけたくもなるのが人情だろう。金槌やら鋸やらでケガするようなところをみすみす見逃すわけにはいかない。きっとそう思うのが自然だと思うのだが。


「実際、貴方以外にはちょっとしか慣れてそうな子が居なかったし、私たちとしてはかなり助かったわよ」


「『そう言われて、悪い気はしないな』と思わせる作戦か?」


「……どうして貴方は時々そうやってひねくれるのかしら?」


「質問を質問で返すなって教わらなかったのか?」


「私は教わってないわね。疑問は疑問のままで放置するなとは言われたけれど」


 そう来るか。なるほど賢い判断かもしれない。


「前も言ったけど、朝倉くんって自己評価低すぎない?」


「……別に、これが俺にとっては普通だし。ヘタに高く見積もったときに、痛い目に遭うのは俺だからな。自衛策を採っておいてもおかしなことはないだろ」


 そう、だいたいのことは自分を下げておけばうまく回ることの方が多い。


 今回だってそうだ。たとえ外堀を埋められたからと行って、本当なら安請け合いに近い形でああいう面倒ごとを引き受ける義理はない。外堀は埋まったとして、内堀はまだ埋められていない。気付けばそうそうに城を捨てて逃げてしまえばいいだけのことでもあるだろう。


 ただ、そこで逃げたから、いったいその後でどうなるんだ、という話だ。


 無益なことはしたくないのだ。結局はその程度のくだらない話なのだ。


「なるほどね……」


 どこまで話が通じたのかは分からないが、立待月はどこか呆れたような吐息を混ぜて言った。


「なるほどねー」


「え?」「ん?」


 ――と、突然ここまでの会話の中で一度も聞こえてこなかった声が混ざってきた。


「どうもどうも、おふたりさん」


「あ……、どうもです。お疲れさまです」


 誰かと思えば、我らがこうざか高校生徒会長のあまれんだった。


 ところで、何が『なるほど』なのだろうか。何か本人の口から告げられるかと思えば全くそんなことはなく、女子生徒がヒィヒィ言いそうな笑みをこちらに向けていた。


「朝倉くん、さっきはありがとうね。本当に助かったよ」


「ああ、いえ。別にそんな大したことはしてないと」


「いやいや、さっきも向こうで『ああいう人が居てくれると助かるねえ』なんて話をしてたわけだからさ」


 あ、そっすか。


 ここで変な返事はしないに限る。顎でしゃくるようにしてその意志だけを伝える。


 だが、恐らくは伝わっていない。雨夜会長は俺と立待月とを見比べるようにして、何度か満足そうに頷いた。


「なるほど、さんのメガネにのも……、いやいや、のもムリはないね」


「……」


「…………?」


 ――ん? 今のダジャレ?


 何か微妙にドヤ顔になっている辺り、会長の中では好感触なんだろうけど。


 全くもって、完璧なまでにしょうもなかった。


「とりあえず、ふたりも疲れたと思うから、今日は早く帰るんだよー」


「あ、お疲れさまでした……」


「さよならー」


 その満足そうな顔を保ったままで、会長は去って行く。こちらに背を向けて手をひらひらと振りながら、規模こそ小さいが中心気圧の低い爆弾低気圧のようなモノが去って行った。


「……はぁ」


 何かもう、ヤだこの学校。





     〇




 余りにも激動な1週間だった。まるで1ヶ月くらい経っていそうな感じもしたが、今日から丁度1週間前といえば立待月から果たし状を預かって屋上へ呼び出された日である。一気に歳を取った気分というはまさにこんな感じのことを言うのだろう。俺はそんな確信を持った。


 金曜日の放課後は完全無欠に部活の日。先週とは打って変わって清々しく身体を動かすことができた。胃炎を抱えていたらそりゃあまともに身体も心も動かない。


 当然、口も動く。ストレッチの相棒でもある同じクラスのむらようすけは「まぁまぁ」と俺を宥めてくれるからまだマシだったが、他の連中はそうもいかない。


 理由はただひとつ。校内放送すらも利用した俺への呼び出し通知のせいだ。つまり、立待月瑠璃花のせいだった。


『なぁ、今日は天使からのお告げは無いのか?』


 ――知らねえよバカ、という話である。


『……やっぱり俺も学祭の実行委員に立候補しておくべきだったなぁ』


 陽輔よ、お前もか――という話である。


 どいつもこいつも俺をイジり回すことに余念が無いのだが、それでも幾分か精神的に余裕ができていた今週の俺にとって躱すことは容易かった。


 金曜日はそのまま無事に体育館での練習に集中することができ、土日の準備作業は未解禁のため呼び出しは発生するはずのない2日間は部活に遊びにと全力投球することができた。


 嗚呼、かくも素晴らしき休日! ――そもそも先週がおかしすぎただけではある。




 さて、そんな有意義極まりし週末を終えたところにやってくるのは、月曜日からの使者だった。


『学校祭準備委員会のあさくらとうくん、至急――』


「ぅうぇーい!」「ぃやっふ~ぅい」


「うっせ」


 これ見よがしに騒ぎ立てる部員たちを睨めつけながら、放課後の体育館を後にする。他の実行委員とセットで呼び出すのならこんなことにはならないのである。あるいは、アイツではない誰かであれば――しかも男の声なのであれば、こういうことにはならないのである。


 ――立待月、アイツやっぱりわざとか?


 そういえば、最初は放送委員の友人に頼んだとか言っていたはずなのだ。結局それは1回きりで、あとは立待月本人の声による呼び出しなのだ。


 やっぱりわざとなんじゃねえか、と疑心暗鬼になりつつ、もはや歩き慣れたような道順を経て生徒会室の扉を叩いた。


「失礼しまーす」


「あ、おつかれさまー」


 出迎えたのは呼び出し人、立待月瑠璃花。一応でも労いの声があるだけマシだ。そう思うしかない。


「……で?」


「今日はね、この棚を……」


「お疲れッしたぁ~」


「ちょちょ、待って待って」


 きびすを返してダッシュを決めようと思った俺の手首を、立待月はそれはそれは恐ろしい膂力と握力を使ってがっちりと掴んだ。


 いやもう、そのダッシュ力よ。陸上部の前で本気出したら目の色変えて勧誘にやってくるぞ。


 ――まぁ、はあるだろうけど。


「待たない、ってかさすがに待ちたくないんだけど」


「まぁまぁ、そう言わずに」


 言うだろ。さすがに言うだろ。それはもう明らかに単純に職権濫用なんだってば。


「断る」


「ダメなのよ、本当に」


 スッとふざけ口調をどこかに仕舞った立待月。思わず振り返って顔を見てしまったが、やたらと真剣な表情で逃げようとする気が何処かへ消え失せてしまった。


 好機だと思ったらしい立待月はさらに俺の手首を握りしめる。――いや、折れる折れる。マジで痛い。これ、絶対手の痕が付くヤツ!


 ぱしぱしと立待月の手を叩いてみると、彼女もそれに気付いてくれたらしく慌てて手を離してくれた。それでイイのだ。無事に守られた俺の手首に免じて、生徒会室の扉を閉めて逃げる気はもうなくなったことを示しておく。マジでそっちは利き腕側だから止めてくれ。マジで。


「……何だよ」


 だからこそ、声には少しばかりの苛立ちが混ざってしまった。


「今回は私からのお願いってわけじゃないのよ」


「誰?」


「生徒会長と、ウチの顧問」


「……ぅげ」


 カエルか何かを潰したような声が出た。


「ちなみにだけど、コレ断ったらたぶん内申に響くわよ」


「……え、ここでまさかの進路も含めた脅し?」


 それはさすがに聞いてない。


 マジかよ。それってば、マジで断れないヤツじゃね?


「やー、朝倉くん」


「ふたりともお疲れさま」


 何となくデジャヴ。


 不意に聞こえた声の方を向けば、そこに居たのはまさしく依頼主。雨夜会長と生徒会顧問のよい先生だった。


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