§2-15. 策略に乗ってしまう
6月も後半に差し掛かった木曜日。学校祭準備委員会の日である。
昨日より暑さは穏やかになっているおかげで、開け放たれた窓から入ってくる風が心地よい。学祭までの残りはだいたいこんな気候でいいよ、なんてことを思ってしまう。
さて、『だったら私は、しっかり貴方に入ってもらえるようにしないといけないわね』なんてことを言っていたはずの
「では、各自作業に移ってくださーい。よろしくお願いしまーす!」
元気な準備委員長の号令に従って、各自に割り振られた作業場所へと移っていく。
今日のメインは装飾品の作成。と言っても、小さなパーツではない。俺たちが担当するのは校門付近に大きく飾られるような設置物だった。
そのためにはある程度広い場所での作業になるということで、俺たちは校舎で影が作られる屋外へと行かされることになっていた。
――あの
「ちょっとばかり、変な気分になるわね」
「……それを俺に言うのか」
「何か問題でも?」
むしろ立待月の方からイジってくるとは思っていなかったのだが。
――まぁいい。
さっさと作業を始めてしまえば気にもならなくなるだろう。
担当者全員で手分けをして運んできた木材類を一気に並べる。既に印などは記されているので、大まかな完成予想図に合わせて素材を整理。使う金物類もまとめて置いておけば後で混ざる心配もなくなるだろう。
「さて、と……」
腰に手を当てながら周囲を見回すのは
何せ、それは俺もだからだ。
今は少し離れたところに立待月がいるというのも相まって、そういう考えになるのも無理は無いところだった。
「配られた資料通りだけど、それぞれをパーツ毎に組み上げるための準備ということで、基礎の部分から作っていきましょう」
うーっす、とまばらな返事。やる気がゼロではない。あくまでもゼロではないというだけの話だが、無いよりはたぶんマシだ。その程度の話だった。
――大がかりな作業をするときに、コレは結構危ないんだけどな。気を抜くと一瞬で事故るモンだから。あくまでも経験則でしか語れないが、経験則とはバカにできるものでもなかったりするのが現実だ。
「良しっ!」
パンッ! と、大きく1回手を叩く雨夜会長。全員の視線がバシッと会長に集まる。一瞬で何となく散りかけていたそれぞれの気持ちをまとめたあたりは抜かりがない。
「左右でひとつずつあるから、それぞれで作業リーダーでも決めた方がイイかな。僕はこっち側を担当するとして、もう片方を誰かにやってもらいたいんだけど……」
棟梁的な立場として会長がふたつを見ていれば――とも思ったがそれはそれで大変そうだ。
「誰か適任者は……」
言いながら周囲を見回す雨夜会長。
――やたらと頻繁に俺の顔辺りに視線を飛ばしてきているのは、気のせいであると信じたい。
いや、そうだよな。気のせいだよな。俺が少々自意識過剰になっているだけだよな。
たとえ視線がぶつかるたびに微笑まれているような感じになっていたとしても、俺の考えすぎなんだよな。
「あ、そういえば……なんですけど」
「ん? どうしました、立待月さん」
背筋を凍らせるような、透き通る声。
――厭ぁな予感。
「だったら、彼が適任かと」
――ハイ、的中。
事も有ろうに立待月瑠璃花が、雨夜会長と対を成すもうひとりの作業リーダーに、俺を指名しやがった。
「お? 適任な理由が、何かあるんですね?」
雨夜会長が若干ノリノリで立待月に訊く。ああ、そういえば、生徒会役員への勧誘に関しては既存役員の賛成が無いと好ましくないとかだったか。あの雰囲気だと会長には話が通っているんだろうな。
いや、そもそも俺は立待月に連れられて生徒会室に入ったときに、すでに会長とは会話をしている。そういう部分を考えても、会長は俺のことを概ね知っている可能性はあった。
最悪じゃねえか。この感じだと外堀は半分くらい埋まっていそうだぞ。
「彼はDIYが得意だと」
「え、そうなん?」
「初耳だ」
立待月による俺の個人情報暴露にいち早く反応したのは、すぐ隣にいた同学年の委員の男子。
「ただのバドミントンバカだと思ってたわ」
「……ちょ、待て。さすがにそれは聞き捨てならねえんだが?」
「冗談だっつの」
わりとマジトーンに聞こえたぞ、おい。
「なるほどな。だったら、えーっと、朝倉くんだったよね?」
「……は、ハイ」
「リーダー、頼んだ!」
「……ッス」
これはもう、逃げられまい。
個人情報保護に関することを一切知らないような彼奴に対して呪詛の視線を送ってみるが、全く意に介した素振りもなく平然とお嬢様然とした穏やかな笑みを向けてきた。
あれはやっぱり天使じゃないし、小悪魔なんて可愛げのあるモノでもない。
――悪魔だ。
〇
「あ、そこはきっちり押さえてやらないとダメかも」
「マジ?」
「後からズレてきたりすると修正めんどくなりがち。今手を抜いて後から苦労するより、今しっかりやった方がいい」
「オッケー、さんきゅー」
その後。
「……そこは、そうそう。そんな感じで」
「お、褒められた!」
「……俺の褒め言葉は安いモンだと思うけどなぁ」
「いやいや、何をおっしゃいますやら朝倉棟梁」
何だかんだで作業は進んでいった。
「たぶんだけどさ、……俺のことイジってるよな」
「あ、バレた?」
やっぱりかよ、チクショーめ。
〇
「……疲れた」
校舎に一旦戻った俺は、生徒玄関脇に置かれたベンチとほぼ一体化していた。
今日の作業は結局、強制下校時刻近くまで続いた。
ここまで大がかりなモノをこのペースで作り上げるというのは、作業人数が多くて分担ができるといってもやはりけっこう大変なものだ。今日の作業で出来上がったモノを学校の敷地内に仮設で建てられているテントに搬入するというのもまた重労働だった。
何よりそれに加えて、全員がいわゆる技術科のような作業に慣れているわけでもない上に、彼らを監督するという任務まで背負わされたのが重かった。
精神的に削られた気がする。強豪校相手の練習試合よりも削られた感じすらあった。
「……ん?」
薄暗くなってきた校舎だったが、急に目の前が暗くなった気がした。とうとう視野
「俺もいよいよ、ここまでか……?」
「何を言ってるのよ」
ひとボケをかましてみたところで呆れた声が降ってきた。ここ数日で間違いなく
『俺がいちばん耳にしている女子の声』だった。
「はい、おつかれさま」
立待月瑠璃花が、右手のペットボトルを差し出している。
「スポドリでイイかしら」
「……良いのか」
「もちろんよ」
「めちゃめちゃ助かる。ありがとう」
両手を差し出して、それを丁重に受け取る。
素直に感謝を言える男、それが朝倉
「ちなみに、後から法外なカネ
「……そういうこと言ってると取り上げるわよ?」
「ご無体な」
もちろん、ウソだ。
照れ隠しのひとつくらい許されるだろう。
「最初からそうしていればいいのよ」
あまり許されてはいなさそうだった。
とりあえず良からぬ発想ごと喉の渇きを潤す。自分でも驚くほどに喉から良い音が鳴る。
「……いやぁ、マジで助かった」
「すっごい飲みっぷりね」
「ヒいた?」
「むしろ、買ってきた甲斐があったわ」
そう言って立待月は俺の隣に腰を下ろした。
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