§3-7. 忍び寄る影


 生死に関わってくるレベルか。それは相当に深刻だ。場所が場所なだけに大声は出さないようにと心がけた結果、とても情けない声が出てしまったが、そんなことも構っていられないだろう。「それは、俺の……ってことか?」


「あなたも、ね」


「ということは……?」


 言いながらを手で指せば、彼女は大きく首を縦に振った。


 ――これは、厄介なことになった。


 戦いたりしないあたり自分の感性がどうなっているのか疑ってしまいそうにはなるが、そもそもヒトではないモノに出会ってしまっているという現実に直面しているので、今更どうということはない――みたいな心理が働いてしまっているのかもしれない。


 あるいは、何らかの防衛本能のようなモノかもしれない。ただただ怖がっていたところで何もできないのであれば、ある程度さらっと受け流してしまった方が精神衛生上も健全と言える。


「……ふぅ」


 しかし、ただならぬ緊張感にはさすがに参ってきた。身体の中で澱んでいた空気を一度すべて吐き出してから、改めて立待月と向き合う。


「さっきの件についてとかは、もう訊いて大丈夫なのか」


「ええ」


 だったら遠慮無く行こう。俺たちの命のためだ。


「アレは、いったい何だったんだ? 結局俺たちが揃って襲われたような感じなのか」


「まぁ、雑に言ってしまえばそういうことになるわ。どちらかと言えば私よりもあなたの方がメインのターゲットらしかったけど」


「そうだろうな。わりと不本意だけど」


 明らかに俺にしか傷が付いていないあたり、そうなのだろう。


 運動能力的にも立待月ならどうにかなるかもしれないが、俺は生憎ただの人間。どうにも出来ないモノなんて星の数ほどある。


「その感じならあなたも勘付いているかもしれないけど、この前の『タイヤ』も同じよ」


「……え」


 ――


「まさか、あれはただの事故じゃなかったってことか」


「私はそう見てるわ」


 今日と同じようにクラスの買い出しに向かって、その帰り道。走っていたトラックからいきなりタイヤが外れて、勢いそのままに俺たちが立っていたすぐ側の街路樹を掠めて進行方向が変わって、そのまま右折待ちをしていた乗用車に激突した、あの


 結局その後3日くらいは周囲を騒がせ、翌日には一部の全国ニュースにも取り上げられた。


 それもそうだろう。なにせ最初のきっかけがリコール隠しにも絡んだ社会現象になったり、過積載を常態化させている会社のあぶり出しにもなったり、その被害者が小さな赤子とその母親だったりと、タイヤが外れて空を飛ぶ話は毎度毎度ニュースになってしまうものだ。


 しかしセンセーショナルに報道しようにも原因が結局不明だったことで、メディア的には呆気なく沈静化。今に至るまで詳細な話は一向に出てこない始末だ。


「あのタイヤ、あまりにも真っ直ぐに、あなたに向かって飛んできていたから」


「……マジかよ」


 さすがにそこまでは気が付かなかった。それに気付く立待月がやはりニンゲン離れしていることを改めて実感させられてしまった。


「ちなみに、これについてはあなたも安心していて欲しいんだけど、あの場に赤向坂高校の学生がいたとかそういう話はウェブにもSNSにも一切出てないわ」


「調べたのか」


「もちろんよ」


 さすが立待月。この辺の雑務には一切の抜かりがない。


「ああ、なるほどな。だからあの時、立待月はすぐにここから離れたい感じだったのか」


「そうよ。絶対に長居は禁物だと思ったから」


 納得した。ようやく合点が行って、こちらとしてもちょっとだけスッキリした。


「じゃあ訊きたいんだが、タイヤのときのヤツと今回のヤツは同一人物の犯行かどうかっていう話はわかるか?」


「申し訳ないけど、さすがにまだそこまでは解らないわね」


「……だよなぁ。そうだよなぁ」


 そこまで解ってれば、立待月ならもっとハッキリ話を進めていく気がする。


 だが、そろそろこの辺りでハッキリさせておかないダメなテーマがある。


「でも、何で俺がそんな目に遭う必要があるんだ?」


「え? 単純な話よ? あなたが『見える人』だから」


 見える、というと。


 俺が眉間に皺を寄せれば、立待月は「(ほら、これ!)」と小声で言いながら自分の背中を指差した。


 なるほど、羽根か。


「ああ、そうか。それと繋がるのか」


 ふーん。


 ――――……?


「……え、なんで?」


「ちょ、ちょっと」


 俺が飲み込みきれずに疑問を振れば、立待月は思ったよりも大きめのリアクションでズルッと滑った。案外ノれるタイプだったのか。こういうことはしないと思っていた。


「解らないなら中途半端に解った顔しないでよ。危うく『話が早いわね』とか言っちゃいそうだったでしょ」


「そこで文句を言われてもな」


 頬張ったら思った以上に噛めなくてヤバイ、ってなることはそこそこあるだろうよ。


「……要するに」


 どうにか気を取り直した立待月は強引に話を続けにかかった。


「私が思うのは、あなたがどこかでまた何かを『見てしまった』んじゃないか、と思ってるわ」


「だから襲われた、と?」


「そう考えるのがシンプルじゃない? だって、アナタたちには本来なら見えないのよ」


「いやまぁ、そういう話だってのは解ってるけども」


 しかし、だ。


 俺の記憶の中には、見てはいけないようなモノを目撃してしまったようなことは、それこそ立待月の背中の翼を除けば、ここ最近では無いはずだ。明らかにヤバイと思うようなモノなんて――。


「あ」


「何。思い当たる節が?」


「いや、そういうことじゃなくて。……スマン、ちょっと考えを整理したいだけだ」


 そういうことなら、と言って立待月は少々カタくなってしまったサンドイッチにかじりついた。そういえば、完全に放置していたな。後で俺も平らげなければ。


 考えの整理――と言っても内容はシンプルだ。


 ――『俺がふつうに見えているモノの中に、見てはいけないモノが紛れ込んでいたら』


 ただ、それだけのことだ。


 本来なら異質であるのかもしれないが、あまりにも自然に身近にあればそれは異質だとは思わない――なんてことが世の中には発生し得る。それが俺の視野の中で発生していたとすれば、『見えていた』可能性はゼロではない。


「……オーケー。そこそこ飲み込めた」


「むふ」


「スマン。食いかけのところ」


 結構大きめのお口で行くんですね。一生懸命食べるところは、何だかカワイイ。


 立待月は恥ずかしいのか、俺のサンドイッチを顎でしゃくって指してきた。お前も食えということなのだろう。遠慮無くしっかりと腹の中に収めてから、改めて話を始めることにする。


「だから、まぁ、とりあえず俺のことを監視下に入れておきたい、ってことなんだな?」


「だいたいはそういうことよ」


 だいたいは、か。ならば、暫定的には問題無いだろう。たぶん。


「そういうことなら、俺は大人しくするよ」


「ありがとう」


 立待月は安堵感に満ちた笑みをようやく浮かべてくれた。


「しかし、なぁ」


「あら? 何か問題が?」


 無いことはない。


「現実問題として『側に居る』って言っても限度があるだろ。たとえば、……そうな、俺ん家とかはムリじゃね?」


 どうやっても物理的に無理なことはある。


 それをどうやって乗り越えるのか。あるいはある程度は諦めるのか。


 立待月はどうするのだろうか――。


「……あさくらくんの家ってどこ?」


 ――おい。


「『どの辺り』とかではなく?」


「具体的に、どこ?」


 これはやはり、マジだ。


 一番解りやすい方法を脳内サーチした結果、無難に地図アプリで示す。


「その画像もらえる?」


 立待月が示す画面はメッセージアプリ。


 さらっと連絡先を交換。


 そのまま画像を送信。


「ん、わかった。ありがと」


「それじゃあ……、そろそろ会計するか」


 あまり遅くなっても問題だ。そもそもまだ俺たちは買い物を済ませられていない。立待月が動き出す前に伝票を確保する。


「あら? 朝倉くんの奢り?」


「え!? えー? あー、まぁ……」


「へえ、ちょっとは悩んでくれるんだ?」


 立待月は苦笑いしながら財布をしっかりと取り出してきた。


「からかいやがって」


「そんなことないから」


 明らかに目の奥が笑ってるんだが?


「自転車は駐輪場にあるから」


「え? あ、鍵」


「それもココに」


「ああ、ありがとう」


 結局、あの瞬間からここに来るまでにどんな過程を踏んだのかは全く解らず終いだ。しかしそんなことは後回し。さっさとホームセンターに向かって買うべきものを買わなければならない。目的地はすぐそこ。珈琲店の敷地からすぐ目の前にある信号を渡れば到着する――。


「あれ? 朝倉くんと立待月さんじゃないか」


「っ!?」


 そんなことを考えていたところで、真後ろから声をかけられる。


 勢いよく振り返れば、そこに居たのは我らがこうざか高校生徒会会長のあまれんだった。


「あ、どーも会長」


「ふたりとも買い出し?」


「ええ、まぁ」


「その割には……だったみたいだけど?」


 バレてる。そりゃそうか。明らかに駐輪場から出てきてるわけだし。


「じゃあ、ご一緒させてもらおうかな」


「え」


「同じく、買い出しを頼まれたからね」


 爽やかな笑顔を見せつけてくる会長。


「それとも、デートのお邪魔だったかな?」


「い!? いいえ、そういうのじゃないんで!」


「そうですそうです!」


 ほぼ同時、必死に否定する俺と立待月。傍から見ればそうかもしれないけど、確実にそうではない。


「じゃあ、……イイかい?」


 俺は無言で頷き、立待月も同じ様な反応を見せた。



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