§3-6. 見張り、再び
「すご……」
「これで『ふつう』ってヤツなんだよな……」
「なんか思ったよりも」
「だよな。デカく感じるよな」
評判通りのサイズ感のはずだが、実際に目の当たりにすると予想より大きい気もしてくる。デカいデカいと言われて本当にしっかりと予想通りデカいモノも世界にはそこそこあると思うけど、デカいと言われて身構えて見たところでその予想より大きいモノがどれだけあるだろうか。
写真で見るモノはあてにならないということはたしかにそれなりの頻度で聞く話。とはいえそれは通常見てくれが悪化する方向に動くモノ。いわゆる逆詐欺になるモノなんてここの食べ物・飲み物くらいではないだろうか。
「ま、でも、体育会系男子ならイケるでしょ?」
少々の期待を込めたような視線を俺に向けてくる
「それはさすがに、時と場合に依るだろー」
突然言われても困るのだ。
いきなり泊まるかどうか聞かれても困る的な話をどこかしらで聞いたことがあるが、それと同じ様なもの――ではないか。同一視するななどと特定の界隈から怒られそうだ。
「今日の場合はシェアするって話だから、ある程度は大丈夫だけどな」
「これがもし差し入れとしてひとりに1セットだったら?」
「部活の差し入れだったら大喜びだなぁ」
「ああ、それはたしかに。ちょっとわかる」
ガッツリ動いた後はガッツリ食べたくなるのが当然というもの。そんなときのコレだったら、それはそれは嬉しい。顧問の奢りとかなら余計に嬉しいし、きっと美味しくいただけるはずだ。『ごちそうになる』ということは、空腹と同じくらいに優れた調味料だと思う。
「バド部の人たちとはこういうところには来ないの?」
「……ウチに近けりゃっていうか、ウチの帰り道にあるんだったら寄るんだけどなぁ」
さすがに方向が真逆では寄りづらい。こっちはこっちで学生御用達とも言えるハンバーガーチェーン店があるので、自然とそっちを優先してしまったりはする。
「さ。食べましょ」
「そうだな」
いただきますを斉唱してさっそく食らいつく。何だかよくわからないことがいろいろと合ったような気はするが、食欲だけはしっかりとある自分自身に対して少し呆れる。
旨いものが目の前にあれば、誰だってそんなもんだろう。
それに、しっかりとした腹ごしらえをしておかなければ、この後に控えているだろうとてもとてもハイカロリーな話をすることも出来なくなってしまうはずだ。
半分ほどを食べたところで俺の方から話を振ろうとした。
「さっきは、……その、ごめんなさい」
が、その気配を察知したらしい立待月に先を越される。食べかけのサンドを皿に置いて手を拭けば、さすがに気付くというモノだろう。
しかし、初手が謝罪か――。
「突然だったからびっくりしたとは思うけれど」
そういうことを聞きたいわけでもない。もちろん謝られたいわけでもない。
謝罪を兼ねた休憩と軽食なのだったら、それは俺の方から固辞しなければいけなかったくらいの話だ。
だったら、俺の方からも手の内を早々に明かしていくべきだろう。
「いや、別に。そこまで驚きはしてないな」
「えっ」
「何かあったんだろ。けっこうヤバめな、何かが」
立待月にとっては予想外だったらしい。声のトーンは落としながら、それでもしっかりと真剣な雰囲気で続けた。
「え。何か解ったの?」
「解ったことは無いんだが……、ほら、これ」
訊いてくる立待月には、自分の右頬を示しながら答える。
「……ん?」
「たぶん、この辺り」
「あっ」
気付いたらしい立待月は解りやすく狼狽える。漏れ出た声が自分の中でも予想外に大きかったのか、思わずその口を両手で押さえた。
「それ……」
「ちょっと切れてると思うんだけど、どうなってる?」
「そうね。浅いけど、しっかりと、スパッと行ってるわね」
どうやら先ほど奔った痛みと相違ない傷があるらしい。認識と一致したから何だと言うではあるのだが。
「さっき何か掠ったような感じがあってさ。一瞬だけ痛いって思ったけど、それだけって感じだ」
「その時のことだけど、気付いたら何かが掠って行った感じ?」
ハッキリとは覚えていないが、どうにか記憶を辿ってみる。たしか――。
「何となく変な感じがして、ちょっと首を傾けたら丁度そこに来た……見たいな感じか」
同じ様な動きを再現してみると、立待月は一瞬納得したような顔をしたものの、またすぐに大きな目を殊更に大きく丸くする。
な、何だ。何がある? まさか俺の後ろに何かが――。
「ちょっ、と待って
「左手と脇腹……おうっ!?」
言われるがままに視線を動かして、その状態に思わず変な声が出る。そして立待月と同じように手で口を押さえる。
出て行った声はいくら口を押さえても無駄なのに、何故人はこういうことをしてしまうのだろうか――って、今そんなことはどうでもいい。
俺の左手というよりは左の上腕部の外側に、大きな青あざがひとつ。
そして、ワイシャツの脇腹あたりには大きな
「それ……、おなかは大丈夫なの?」
「まぁ、血染めになってないから、カラダには何ともなってない……んじゃない?」
よくわからないが。
いや、たぶんそうだろう。さすがにカラダに傷があれば血が出ているはずだ。
俺は、人間だから。
「そっちの方は気付いてなかったのね」
「だな。ちょっと、不思議だ」
派手に青くはなっているものの、その場所に今のところ痛みはない。恐らくは明らかな痛みを感じた頬に意識を引っ張られた所為だろうとは思う。
しかし、それにしても問題なのは、裂けてしまったワイシャツだ。
マジでどうしよう。どう釈明したら良いのだろう。
っていうか、俺この後学校に戻らないといけないんだが。
「……どっかにワイシャツ売ってそうなところ無かったっけ」
「え、ウソ。あなた今そんな心配してたの?」
わりとマジメに心配している俺に対して、立待月はまさかの呆れ顔だった。
「いやいや、まずは解決が簡単そうな所から攻めていこうと」
「はぁ……」
俺が真剣に返そうとしているのに、コイツはため息で終わらせようとする。
「そんなことしなくても、ふつうに学校戻ったら真っ直ぐ保健室行けばいいでしょ。換えのワイシャツくらい貸してくれるわよ」
「……それもそうだな」
解決。
親にはしっかりと謝ればいいだろう。何かしらの理由を付ける必要はあるだろうけど、学校祭準備の最中にちょっとしたアクシデントで引っかけて破れてしまった――くらいの言い訳が適切なはずだ。
「……うん。解ったわ」
「んぁ?」
突然何かを理解し始めた立待月。
完全に置いてけぼりな俺。
いや。何がですか。
全く状況が読めませんが。
「決めました」
「何を」
何だ、いったい。
「朝倉くんに、お願いがあります」
「お願いって……」
このシチュエーションは最近厭と言うほど見ている。既視感しかない。
「生徒会に入れ、って話か?」
「いいえ」
「え?」
あれ? 違うの?
明らかに話の振り方は、それをお願いしてくるタイプのヤツだと思っていたのだが。
「朝倉くんには」
立待月はそこで一度言葉を切った。
息を大きく吸って、鋭く吐き出して、意志をしっかりと固めて――。
「ヒトの目が少なくなったときには、必ず私の側に居てほしいの」
予想とは大きくかけ離れたセリフをぶつけられて、思わず呆気に取られる俺。かなりの破壊力を持った発言をしたはずの立待月は顔色ひとつ変えない。さも当然のことを言ったまでよ――みたいな顔をしている。
おかしいな。俺にしてみれば何となく告白めいたアレのようにも聞こえるのだが。
さては、非モテ勢だから勘違いして捉えてしまうタイプのセリフだったりするのか。
「ちょっと。何か言ってもらえる?」
「じゃあ、『何か』」
「叩くわよ。強めに」
「すみませんでした」
でもそれくらいの冗談くらいは言わせて欲しい。何せそっちの方から冗談みたいな台詞をぶつけてきたのだから。
「真面目な話、……なんだよな?」
「そうよ。至ってマジメ」
ならば、それを額面通りに捉えてもイイということなのだろう。
「しかも、あなたにも私にも残念なことに、かなり深刻な話よ」
立待月はさらに続ける。当然その言葉に引っかかる。
「深刻。どれくらいだ?」
「そうね。生死に関わる話よ」
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