§3-8. 同伴
「おはよう」
「……おはよう」
「
面倒なことを求めてくるな、朝イチから。
人ン家の玄関先。俺にとっての『いつもの時間』よりも20分は早い。そんなこっ早くから難題を押しつけてくるのは、我らが学園の天使であらせられる
もっとも、立待月が無理難題を押しつけてくるのは、別に朝に限ったことではない。基本的にいつだってこういうやつだ。
スルーしてやろうかと思ったのだが、立待月は強烈な目力で俺を見つめてくる。容赦はしないとその目が高らかに宣言している。全く朝から元気なことだ。
咳払いをひとつ。そして深呼吸もひとつ、ふたつ。準備は大事。
「……おはよう」
「88点」
「え。意外と高い」
「やればできるじゃないの、ってことで初回特典として30点上乗せしたから」
「じゃあ実質58点じゃねえか」
半分は取れてるとかいうレベルで喜んだらいけないのだろう、きっと。立待月の中にある基準値から考えれば、ヤツにとっての赤点は80点とかその辺だ。
「……しかし、なぁ」
「うん?」
立待月をマジマジと見つめながら呟けば、当然のように怪訝な顔を見せてきた。
「だってまさか、本当に迎えに来るとは思わないだろ」
「むしろ野放しにするわけがないでしょう」
「理解はするけどさ、俺も」
それだけ例の件がヤバイということなんだろうけど、それでもアタマのどこかでは『そんなわけないだろう』と、『立待月瑠璃花に住所を訊かれたとて、まさか彼女が朝から迎えに来るなんて思わないだろう』と。そんなフィルターをかけてしまうわけで。
「正直言っちゃうと、朝倉くんだけだからね。いつもそんな変な心配してるのは」
「そうは言うけどさ……」
「心配するなら、自分の命を心配して」
断言される。
朝から重い話だが、これが現実だった。
さすがに観念するしかなかった。
「じゃあまぁ……行くか。ここでムダに時間潰すわけにもいかないしな」
「ええ、そうよ」
気乗りのしない学校への道への第1歩を――と思ったところで、ふと思い出す。
「あ」
「ん?」
「自転車。一応自転車は持っていくけど、大丈夫だよな」
「別に構わないわよ」
「じゃあちょっと待っててくれ」
カバンの類いはいったん立待月の足下あたりに放置してガレージへと走り、即座に
「助かるわ」
「いえいえ」
それくらいはお安い御用である。
「さっきの『別に構わない』には『乗せてくれても構わない』を言外に含んでやしないよな?」
「そんなわけないでしょ」
ですよね。一応訊いてみただけではある。
実際のところ、ふたりで乗ってしまった方が歩いて行くより当然早いのだが、如何せん目立ちすぎる。そもそもふたり乗りがアウトだろという指摘がある上に、その後ろ側に居るのが立待月瑠璃花では悪目立ちが過ぎるのだ。
「ふたり乗りなんて、そんなことを平然とはさせられないわよ」
「風紀委員みたいなこと言ってる」
「生徒会も似た様なモノですので」
ふふんと鼻息荒くドヤ顔を見せる立待月は、やはり朝から元気だった。
「昨日のこと、だけどさ」
歩き始めて間もなく。
例の翼を見た直後とかならともかく、最近はそこまで会話に困ることはない。立待月から話を振ってくれることもわりと結構あるのだが、今日も切り出したのは立待月だった。
――昨日のこと、と言えばその内容はひとつだろう。
「うん」
「会長。……何であそこに居たんだろうね」
「んー……」
そう来るとは思っていた。ただ、あまりにもいきなり核心を突いてきたせいで、俺の準備がイマイチ足りていない。返答は当然曖昧な音だけになる。
「もしかしなくても、立待月、怪しんでるだろ」
「そりゃあ……ねえ?」
苦笑いとともに同意を求められる。
俺だって、そうだ。怪しいか怪しくないかの二者択一問題として問われれば、そりゃあ『怪しい』と書いて提出するに決まっている。
得体の知れないモノから襲われたような感じになり、立待月のおかげでどうにか逃げおおせて、一息吐いて出てきたところに現れて買い出しの同行を求めてきたのは我らが生徒会長である雨夜蓮。
「さすがにタイミングが良すぎるのよ、あれは」
「まぁ、ねえ……」
出待ちでもしていたのか、という疑問をぶつけたくなる立待月の気持ちはよくわかる。
あまりにも自然すぎて、返って不自然に見えなくも無い。
「さすがに考えすぎかな、とも思うけどな。俺はな」
「そう言われちゃうと、たしかにそうなんだけどね」
何でも自然体に熟してしまうのは、雨夜会長の特徴でもある。さらりと軽くやってのける雰囲気のせいで、台本でも用意してあるんじゃないだろうかと思うくらいの時もある。それがまたちょっとしたカリスマ性のようなモノを演出して、結果的に後輩の女子が色めくというパターンにはなるのだが。
「……考えすぎはあまり良くないとは思うぞ」
「そうね……。うーん」
薄っぺらい俺の忠告では当然納得しきれない立待月。
当たり前だ。
俺自身も、わりと怪しいと思っているのだから。
〇
駐輪場に自転車を置いてくるタイミングでようやく立待月と別れることになり、そこからは個別での行動になった。俺が醸す空気を察知してくれたのか、学校が近付くにつれて立待月は俺の後ろを付かず離れずの距離を保ちながら歩いてくれたので、おかしなことにはならずに済んだと思う。
科目によっては2クラス合同になることもある――体育なんかがその最たる例である――が、今日の午前中はどの授業もクラス別のモノだったので相見えることは無かった。
立待月と俺は別のクラスなので、当然授業も別々。さすがに授業中という明らかに衆人環視がある状態では手を出してくるような真似はしてこないだろうというのが俺たちふたりの共通認識としてあったので、過度な警戒はしていない。実際何事も無かったので、この予想は当たっていそうだった。
昼休みはいつも通りに弁当。いつものメンバーと適当に駄弁りながらつついていくので、これもまたそこそこの衆人環視下なので俺としては問題は無い。
――と思っていたのだが。
「ん!? お、おい!」
「ぁん?」
色めき立つ友人A――もとい、
「どうした」
「今一瞬、立待月さんがこっち見ながら通り過ぎて行った!」
「……なんだ」
話を訊いて損した。
「何だとはなんだ!」
「キレんなよ……」
いくらああいう二つ名を持った学生でも、そこまでテンション上げることもなかろうに――と思ってしまっても、きっと俺は悪くないはずだ。
「たまたまかも知れんだろ」
「たまたまかも知れないが、今まではたぶんそんなことなかっただろ」
「……まぁ、たしかにな」
言われてみれば、そうなのだ。光太が見たモノが本当だと仮定するならばふつうに通り過ぎることはあっても、こちらを注視していたことは無い。
その原因は――、恐らく『俺』なのだろうけど。
「また来るんじゃねえの!?」
「あるな。購買かどこか行って、戻ってくるルートだ。あれは」
友人B――もとい
「よし。廊下側を向こう」
「よしきた」
「え」
「『え』じゃねえ、お前もだよ」
強制的に俺まで廊下側を向かされる。何なんだこの構図。
そんなことを思いつつ、弁当をつつくこと3分程度。
「おおっ」
俺にとっては哀しいことに、陽輔の予想通りに立待月は戻ってきた。
黒板側のドアのところから一瞬だけこちらを見る。
やや経って、今度は教室の後ろ側のドアからこちらを見る。――しかも、立ち止まって。
「っ!」
当然のように、立待月と目が合う。
何故か微笑む立待月。
そして、艶やかな御髪を靡かせて去って行く。
「俺さぁ」
呆けたツラで光太が言う。
「……おう」
「ちょっと、塩にぎりだけ買ってこようかと思う」
「何でだよ」
「今の笑顔だけで、メシが食いたい」
「奇遇だな、俺も付き合うぞ」
「……ええ」
そう言いながら光太と陽輔は、困惑する俺を完全に放置して足早に教室から出て行った。
――わけがわからないよ。
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