§3-9. 出待ちをする上での最適解
友人たちの奇行に踊らされた昼休みもあっさりと過ぎ去って、迎えるは放課後。
準備も佳境に入り部活と学校祭準備の比率が半々になる程度に祭り本番が押し迫ってきている中、今日は部活に集中できる日だ。今の俺たちにとっては、このタイミングを逃してはいけない。
さくっと終わったホームルーム。ウチのクラスの担任はこの辺りを
「あ、朝倉くん!」
「ん?」
クラスメイトに呼び止められる。彼女の手には何やら領収書的なブツ。
――何となくだが、今から彼女に言われることは解った。というか察した。
「今から部活……だよね?」
「うん、まぁ。どしたの? 要件は訊くよ? だいたいわかるけど」
「あっ、……ははは」
探るような訊き方の後に来たのは、乾いた笑いだった。
そこまで恐縮をされる立場でもないし役柄的にもそれは務めのひとつであるわけなので、こちらから話を進めてしまおう。要件はさっさと済ませてしまうに限る。何なら俺は宿題を学校内で終わらせてしまいたいタイプだ。
「生徒会に申請出してくるヤツでしょ? 持ってくよ」
「ごめんね、ありがとね。えーっと……ちょっと待ってて」
「……ん?」
ホッとしたような顔でぺこぺこしながら、クラスメイトは何故かその手の領収書を握りしめたままで去って行った。商品名と購入した学級と実際の購入者が書かれていればそれで良いはずで、ただただそれを渡してくれれば良いだけなのだが。
――まさか。
「ぉわ」
あくまでも彼女に聞こえないように言ったつもり。だが、概ねは察したらしい。
「その、……ごめんなさい。コレを……」
「案外溜まってたねえ……」
思っていた分量の5倍はあった。
まぁ、実際に領収書の処理をするのは生徒会の方なのだが、さすがにこれをまとめて持っていくとなれば持ち込んだ俺に対して嫌味のひとつやふたつは言われそうだ。
とりあえず俺の方でも確認できそうな不備がないか、教卓の上で少し広げて確認をする。――とくに問題は無さそうだ。我ながら慣れたものである。
「うん。内容は問題無いと思うから、俺が持っていくよ」
「う~、ありがとうね、朝倉くん……!」
完全に恐縮しきりな彼女を放り、自分の荷物も忘れずに持って俺は教室を出る。
安請け合いをしてしまった感は少しだけあるのも事実だが、準備委員である俺がやらない理由もないとは思う。どのみち誰かがやらなくてはいけないわけで、こういう切羽詰まってきた時期ならば慣れている人間がやってしまった方が早い場合の方が多いだろうし。
「よし」
少しだけ気合いを入れて生徒会室方面へと向かおうとして。
「……ん?」
ちょっと待てよ、と自問自答する。
立待月の言葉が脳裏を過っていく。
――『今後あなたが生徒会室に来るときは、絶対に、私が居るときにして』
「さて、どうする」
廊下の壁に一旦凭れながら考えてみる。
このままふらっと生徒会室に行ったとして、まだ立待月が来ていなかったら。
そもそも、立待月が今日生徒会室に来なかったら。
いきなり俺は彼女の言いつけを破ることになってしまう。それだけならばまだイイが、その結果として良からぬことが発生してしまってはどうしようもない。
「……ん?」
ウチのクラスはあっさりと終わったホームルームだったが、よく見れば他のクラスはまだ終わっていないらしく、ウチ以外どこの教室も扉は開いていない。当然それは隣のクラス、つまりは立待月が在籍しているクラスもそうだった。
――これ、出待ちすれば良いんじゃね。
天啓。まさしくナイスアイディア。
もちろんあまりにも大きな
今がまさにそれだ――と思う。
カバンの中から不使用状態のクリアファイルを取りだして領収書を突っ込み、意を決して隣のクラスのドア前に移動する。
間もなく立待月のクラスのホームルームも終わったらしく、ぞろぞろと生徒が出てきた。あくまでもぼんやりと誰かを待っているような雰囲気だけを出して立っていた俺を何人かがチラッと見てきたが、その程度。露骨なまでの『何だコイツ』感はなかったので一安心する。――
そこそこの人流が途切れたところで、一旦教室を覗かせてもらう。立待月は窓際の席で自分の荷物をまとめ終わったらしく、不意に顔を上げたタイミングで俺とがっつり目が合った。
一瞬だけ驚いたようで彼女はくりっとした目を殊更に大きく丸くしたが、本当にそれは一瞬だけ。直ぐさま俺のほうに駆け寄ってきた。当然ながら、まだ教室内に居る生徒たちの視線も引き摺りながら。
――優雅に歩いてきてくれた方が、個人的には助かったんだが。
「朝倉くん?」
「生徒会役員さんに! ……ちょっとした業務を、と思って」
あくまでも立待月瑠璃花という生徒が目当てでは無く、生徒会役員である生徒が目当てなのだというアピール。
棘のある視線をぶつけられる前に、自衛策を張るという手段。結果として俺の意図通りに、とくに男子生徒たちの視線はわりと緩い感じになってくれた。意気込みすぎた結果さすがに声のボリュームを誤った感じは否定できないが、返って教室内にしっかりと広報出来たと思うので良かった――。
「あら、ありがとう。……じゃあ、そのまま生徒会室まで来ていただける?」
「……ウッス」
やたらとお嬢様口調になった立待月の視線が棘だらけになったのはその代償だろうか。
〇
「何よ、さっきの
「まずは俺の考えを聞いてから、キレるかどうか決めてほしいんだが」
「50文字以内で答えよ」
現代文のテストかよ。
「……『生徒会役員である生徒に対しての用事があるというアピールをすることで、悪印象が軽減されるかと思ったため』」
無茶振りへの対応力が最近磨かれてきている気がするのだが。
文字数に関しては自信が無いが、まぁどうにかなって――。
「最後の句点無いけど。それ足したら50文字越えない?」
「は?」
ちょっと間が空いたと思いきや、沈黙を破ったのは意味の分からない指摘。
アナタ、試験官デスカ?
「何でそんなに早く文字数計算が出来るんだよ」
「ほら」
いつの間にかスマホに打ち込まれていた文字列。確認すれば記述式テストの解答方法に則って書いた場合は51文字になってしまう。
「マルは与えられないわね」
「……じゃあ、ここの『か』を削除で」
「それでも失格」
「何でだよ」
「理由が微妙すぎるもの」
そうですか、そうですか。
理由、ねえ。
「最適解だと思ったんだがな」
「ふつうにすればイイだけでしょう? 何であんな、しかも大声でわざわざ言う必要があるのかしら」
そこそこの頻度で立待月と会話を重ねてきて、本当の初対面の頃にあった険悪ムードはほぼ無くなってきたと自負しているが、こういうところの意識だけはどうしても摺り合わせられないでいた。
「立待月のその視線無視力、少しくらい分けてもらえませんかね」
「ただ気にしなければ良いだけでしょう、って何度も言ってるじゃない」
「簡単に言ってくれるなよ、と何度も言ってるんだが」
こういう感じだ。ずっとだ。マルとシカクはどうやったって面で合致することはない。
「そう言うけどね。朝倉くんだってバドミントンの試合で勝ち上がっていったりしたらその間に視線くらいは集めるでしょ。中学の頃だって結構強かったって聞いてるし、そうやって視線集めてきたんじゃないの?」
痛いところを突いてくる。たしかにそういう視線の集め方はしてきたことはある。
だが――。
「それはそれ、これはこれ」
「同じでしょう」
「バドの場合は、プレイよりもシャトルに目が行くモンだよ、ふつうは」
「そ~お? 強いプレイヤーの動きが気になる人だってふつうに居るでしょ。ふつうは」
「俺よりイイ動きするヤツはいるから安心しろ」
「何によ」
強引なカタチでどうにか組み伏せることに成功した――と思う。
今日の所はこれくらいで勘弁してやろう。
いや、勘弁してください。お願いします。
「……はぁ、まあ良いわ」
勘弁してくれるらしい。大感謝。
「ところで、朝倉くん。この後何かある?」
「一応領収書預けたら部活に行く予定だったけど」
「だったら……そうね」
立待月は何やら思案したかと思えば、すぐさま微笑んだ。
「部活の後でいいから、ちょっと私にレンタルされてちょうだい」
有無を言わせない、強烈なスマイルだった。
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