§3-10. ヒミツの中身は楽しいモノが良い


「それは、……何だ?」


「何だ、というと?」


 さすがに適当に訊きすぎてしまった。自分でも何が言いたいかよくわからない感じになってしまっては良くないので、一旦落ち着いてみる。


「……要は、レンタル何もしない人系案件なのか、生徒会案件なのか、学祭案件なのか、単に俺をこき使いたいだけなのか、って話だな」


「そうねえ、4番目かしら?」


「帰らせていただきますぅ」


 即答には即答で返して、俺は颯爽と踵を返す。奴隷扱いなら勘弁だ。


「あー、ウソウソ! ウソに決まってるでしょ」


「……本当だろうな」


 当然ながら即座に信用などしない。もう少し探ってからだ。


「ホントだってば。なんでそんなところで疑い始めちゃうのかしら」


 ――え、それはもしかしして本気で言ってますか、さん。だとしたら貴女は、なかなかに末恐ろしいことを宣っているな、という感想にしか至らないのですけども。


「悪い悪い。全然冗談に聞こえなくてな」


「……だったらこっちも冗談抜きでこき使わせてもらうけれど?」


「すみませんでした」


 謝罪は素早く。それがセオリー。


「……貴方相手だと本当に一手間多くなるわね」


「いやぁ、それほどでも」


「褒めてないから。……二手間多くなったわよ、まったく」


 大きくため息を吐く立待月。いろいろとリセットしたいらしいので、俺も悪ふざけはここまでにしておく。


「こき使うようなことは全然無いんだけど、でもそれなりにしっかりと働いてはもらいたいかな、って感じね。具体的には学祭案件の生徒会寄りな仕事って感じかしら。もちろん一般生徒には内密なヤツよ」


「……ほう?」


 それは、正直言って心惹かれるモノがある。やっぱり『ヒミツ』にはロマンが隠れているモノなのだ。


「そして、その内容は?」


「校舎屋上のセッティング」


「承った」


 そんなん、即答するに決まっているじゃあないか。


「思った以上に即断即決したわね」


「面白そうなことはぜひ共有してくれ」


「……あさくらくん、やっぱり貴方向いてると思うけれどね、生徒会」


「今はその話は適当に捨てておいてくれ」


 ちょっと納得しかけてしまったじゃないか。危ない、危ない。


「でもさ、その作業って放課後ギリみたいな時間でも間に合うのか? 今からの方が良いんだったら部活の前に片付けるけど」


「ありがたい申し出だけど、全然問題無いわよ?」


「立待月だけで先に作業進めるとかでは?」


「あ、それこそ絶対に無いわね」


 だったら、ひとまず安心か。間に合う目算があるのならば何も問題は無い。手伝った作業が間に合わないとかだったら申し訳が立たなくなってしまう。


「何。もしかして『お前ひとりにはさせられねえよ』的なこと思ってくれたとか?」


「そりゃそうだろ」


「……っ」


「しょうもない書類整理とかだったら勘弁願うところだけど、これは別腹ってヤツだからな」


「……ふぅん。あっ、そう」


 あれ。何か不機嫌になった。おかしなことを言ったつもりはないのだが。


「とりあえずそういうことだから、ってことで。……バドミントン部の活動が終わるのはどれくらいになりそう?」


「今日は17時までだったかな」


「了解。だったら……そうね。終わったら第2物理準備室近くの階段に集合ってことで」


「……ほう?」


 随分とへんな場所を指定したモノだ。


 特別教室棟は基本的に、放課後ならばとくに閑散としているモノだが、第2物理準備室と言えばその中でも最も一般教室棟から離れているせいで、本当にいつだって人の影がほとんどない場所だ。科学系の教室を使う部活も基本的には一般教室棟に近い『第1』を名に負う部屋を使うこともあり、マジで人っ子ひとりいない時の方が多い。


 ――なるほどな。


「これはつまり、『見られてはいけない作業』ってことだな?」


「理解が早くて助かるわ、本当に」


 なるほど把握。これはちょっと楽しそうだ。ハンコ捺しとは比べものにならない。


「じゃあ領収書は私が預かるわ。朝倉くんは部活行ってらっしゃい」


「え、良いのか?」


「そりゃもう。手伝ってくれるんだったら、それくらい私がやっておくわよ」


「助かるっ」


 クリアファイルごと手渡してしまう。


「ファイルは後で返してくれればいいから」


「はぁい。……部活、がんばって」


「おう」


 何だかいつもよりも穏やかな気持ちだ。『行ってらっしゃい』パワーが大きいとか、そういう話だったりするのだろうか。


 ――すまん、ようすけアンドこう。昼休みに否定してごめんな。お前らが立待月の笑顔で追いメシをしたくなった理由、ちょっとだけ解ってしまったかもしれない。




     〇




 部員たちに『朝倉、何だか今日は動きがイイな』とか『テンション高くね?』などという指摘を受けつつ規定時間を終えた。早々に支度を終え『学祭準備委員の仕事があるので』と言い残して体育館を後にする。そこそこ心は痛むが、実際学校祭関連の仕事なので問題はないと思う。本当のことは言ってないが、ウソでもないのだ。


「おつかれー」


「あら、早い」


「まぁな」


 だいたい言ったとおりの時間にはすでに立待月の姿もあった。そこまで待たせてはいないらしいので一安心だ。


「これ、クリアファイルね」


「ありがと。……で、そいつがというわけだ

な」


「闇取引みたいなこと言わないでくれる?」


「いやぁ、気分の問題だからさ」


 立待月の足下には何やら仰々しい雰囲気の段ボール箱が3つ。中身はよくわからないが、段ボールの面を突き破らん勢いでそこそこゴツゴツと角張っているところが覗える。


「これ、もしかしてここまでひとりでか?」


「まぁ、ね」


「重くね?」


「そうでもないのよ、実は」


 本当かよと思いながら1箱抱えてみたが、たしかに言うほどは重くない。ただ、予想の範疇ではある。少なくとも軽くはない。


「……ああ、安心してよ? ここにはひとつずつ持ってきたから」


「そりゃそうだわ。全部積んできたんだったら間違いなくいろいろと疑われるか、運動部からの獲得オファーが殺到するかのどっちかだ」


「前者はともかくとして、後者なら悪くないかもね」


 そう言って立待月はにやりと笑った。この悪童め。




     〇




「何か……良く来るなぁ、屋上。まるでフィクション世界の学園モノみたいだ」


「たしかに。ふつうは立ち入り禁止なんだけどね」


「誰のせいだろうな」


「さぁねえ……」


 そんな白々しい会話を交わしながらやってきたのは屋上。立待月が俺に背中の翼を見せてくれたとき以来だろうか。


 ここに来るまでには誰にも見られないようにしなくてはと勝手に思っていたのだが、やはり予想通り誰の目に触れずにここまで来ることができた。何よりである。


「じゃあ、まずは中身を出しちゃって」


「はいよ」


 3箱すべてご開帳。中身は――。


「ん? 何だこれ」


 配線でそれぞれが繋がっている筒状のモノ。あまり見たことがないような気もするが――、いや、違う。これは、どこかで見たことがある。


「まさか、花火の……?」


「あ、すごい。よくわかったわね」


「え? 正解?」


「そうよ? ……まさか当て推量ずっぽ?」


「何となく、テレビで見たことがあったのか? くらいの感覚だ」


 よもや正解を引き当てるとは。


「いつやるんだ?」


「後夜祭のフィナーレね」


「ああ~、そういえばプログラムの詳細は全然明かされてないもんな、後夜祭って」


 これはきっと盛り上がるだろう。

「ではこの問題の正解者さんは、まずグラウンド側の角の設置を手伝っていただきましょう」


「正解報酬がそれかよ」


 文句をそこそこに言われるがまま装置を設置していく。


 特大の玉を打ち上げるような感じの花火ではないとはこの機材からでも充分判別できるのだが、それでも火気を使った催しをやるとは予想外だった。


「ん?」


 何かゴミのようなモノが落ちていた。何かしらの壊れたパーツだろうか。とはいえ、今設置しているモノにどこか欠けがあったようには思えないし、引火して危険になるようなシロモノでも無いとは思うが、念のため拾っておく。


 残り2箱も同じモノで、そのまま隣に設置していく。養生も忘れない。基本的に立ち入り禁止だし、余程の方法――たとえば、空を飛ぶとか――を使わない限りここには誰も来られない。最低限の処理で済むのはありがたい。


 そのおかげか、作業は本当にあっさりと終わってしまった。


「これだけ?」


「ええ、これだけ。……今日はね」


「明日もやるのか」


「ずっと私たちがやるってわけじゃないけどね」


 訊けばこの作業は毎回違う人間が担当することになっていて、さらには作業時間も微妙に変えているらしく、何の作業をしているかを気取られないようにするためだとか。


「なるほどねえ。なかなか用意周到なんだな」


「一大イベントだしね。花火とか、十数年ぶりらしいし」


「そりゃあ力も入るワケだ」


 そこまで派手ではなくても、インパクトの大きさは充分だ。


「あ、そうだ。朝倉くん。もちろんだけど、これは……」


「そりゃあ絶対口外禁止だろうなぁ」


「察しが良くて助かるわ」


「さすがにこれは誰でも解るし、今更だろ。……俺の場合は『生徒会バンド』の存在だってバラされてるしな」


 しかも、会長直々に。


「たしかにそうね」


 そう言って立待月も笑い飛ばす。何だか妙に『ヒミツ』が増えてきたな、などという戯言が過ったが、これは黙っておこう。


「……なぁ。ちなみにだけど、訊いてイイか?」


「何?」


「バンドって、マジでれるのか?」


「さぁ……?」


 ――怖いなぁ。


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