§3-11. 朝に広げる翼
翌日。当然のように朝から
――のだが。
「今日はそのまま生徒会室に来てくださいな」
「何、その口調」
「まさか、似合わないって言うのかしら?」
そうですが? ――と言いたいところだったが、どうにかその台詞を胃の奥の方まで落とし込む。表面的にだけ捉えようと努力すれば、似合わないということもない。
「だいたい予想は付いたけど、仕事か?」
「ええ。昨日の続き」
「というと……
「そうね。
幸い俺たちの周りには他に
今回も3個でイイと言うことだったので、ひとつだけ立待月に持ってもらい、残りは俺が屋上まで運ぶ。全部持っても構わないくらいの重量感だが、それは立待月が許してくれなかった。気にしなくていいのに。
「それで、置き場所は?」
「あの辺ね」
立待月が指し示したのは駐輪場側。直下から見上げることは無いだろうが、離れたところからは見えかねないような場所。少し危うい匂いがするような場所だった。
「これはさすがに、他の生徒から見られないようにしないといけないよな――って!?」
「え?」
どうやって目隠しをしたらいいかと思案しようとした俺の思考回路を、立待月は颯爽と粉々にしてくれた。
――コイツ、なんで羽根を……!?
「お、おま、え……? 何してんの……?」
立待月はあの日のプール脇のように、何の気なしにその背の羽根を広げていた。
まるでストレッチでもするように、本当に自然な感じで、ただただしなやかに羽根を広げていた。
「え?」
「いや、あの……『え?』じゃなくってさ」
困惑する俺。自然すぎる立待月。
「だって、
「へ? ……あ? ああ、そうか。言われてみれば」
納得して良いモノなのかは甚だ疑問ではあるが、その羽根の持ち主がそう言うのなら俺がとやかく言うのはおかしいと思う。ムダに困惑するのは止めにしておくべきなのだろう。
たしかに、彼女の羽根は俺にしか見えないのだ。
「でも、何でまたこのタイミングで? まさかそれ、シールドみたいに広げたら目隠しになるとか、そんな感じだったりするのか?」
「そうよ?」
え。当たってるのかよ。ウソだろ。
「マジで? 光学迷彩的な?」
「それに近いの、かしら? 光の屈折みたいな感じで見えなくはできるわよ」
未来の『ひみつ道具』的に言えば『透明マント』になろうか。わりとカッコイイ要素だ。
現実を理解がスキップで追い越していきそうになるのを、必死で捕まえてどうにか自分の中に落とし込もうとする。だいたいそんな感じの理解で良いのだろう。そう思っておきたい。
「しかし……、不便なんだか便利なんだか、よくわからない羽根だな……」
思わずそう呟くと、立待月はこちらを凝視する。
「あれ? 俺、今、何か問題発言した?」
「いえ、その逆ね。『不便そう』ってところを理解してくれてるのね、って」
「そりゃあ、まぁ」
もし俺のように『見えるヤツ』が居たとしたら、さぞかし面倒なことになるんだろうな、と思っただけだが。
「時々はそうやって
「……ふっ」
あ、鼻で笑ったぞコイツ。
「今、『あ、俺ウマいこと言ったな』とか思ってないでしょうね?」
「まさかそんな。ハハハ」
図星だよ、チクショーめ。
「笑ってないで、さっさとやっちゃうわよ」
「へいへい」
まぁ、気を悪くしていないのならそれでイイ。
「あ、先に言っておくけど、作業終わったら速攻サヨナラにはさせないからね。しっかり教室までだから」
「ええ……」
だけど胃がキリキリするぜ、まったくよぉ。
〇
今日も幸いにして部活に専念できる日。いよいよそれぞれの準備が切羽詰まってくる前に、今の内にしっかりと練習しておけよという顧問からの通達に従った俺たちは、いつにも増して熱が入っていた。
立待月の言ったとおり、その後は屋上の設営を手伝わされることもなかった。誰かしらが代わる代わる準備をしているのだろう。後夜祭本番では何が起きるか知らない生徒たちがそれを見たときの反応が、実は今から楽しみだったりする。――どれだけの花火なのかは知らないが。もしかしたら期待しすぎると駄目かもしれないので、控えめにしておくのが無難だろうか。
「なあ、
「ぁん?」
日頃のシャトル打ちの相棒でもある
「
「いや、好ましいことだろ。部活に専念できるんだから」
「……ま、それはそうだけども」
ほぼ毎日のように手を替え品を替え立待月から呼び出しがかかるので、誰が付けたかバドミントン部ではそれを『天使の声』と言うようになっていた。体育館のスピーカーはかなり上部に取り付けられている上に立待月の二つ名が
「実際、準備委員の作業って、残りは前夜祭の日とその前の日くらいだと思うからなぁ」
「あ、そうなん?」
「たぶんな」
「ああ、突発的な声はあり得ると」
そういうことだった。本当に意味の分からないタイミングで呼び出されることもあったので、マジで油断も隙も無いというヤツだった。
もっとも、今日の残りは片付けや掃除にクールダウン程度。今から呼び出されたとしてもとくに困ることは無かったのだが、それも無事に終了。終わるなり陽輔が寄ってきた。
「今日この後はどうするんだ?」
「……一応、学祭準備の様子だけチラッと見てくる。陽輔は?」
「悪い。オレはちょっと急ぎで帰るわ」
「弟くんか?」
「ああ!」
了解、じゃあなと返す間もなく、陽輔は走っていく。曜日によっては幼稚園に通う年の離れた弟くんのお迎えをしている良いお兄ちゃんなのだ。あんなヤツだが。まだまだ小さい弟くんは、ぜひアイツのそういうところは見習わずに成長していってほしいと切に願う。
「さて」
ひとりになった俺はようやくスマホの着信を確認する。日頃からわりとスマホを手放しがちではあるが、昨日それをやった結果立待月から盛大に叱られたので、さっそく反省しているというわけだった。
――『少し待たせちゃうと思う』
なるほどな、と思う。
要するに『私のことを待っていろ』ということである。
朝の同伴はもちろんだったが、立待月は帰りの同伴も求めていた。念には念を入れるということだ。最初はそこまでする必要もないのではと思ったが、命の危険というワードを思い出して大人しく従うことにしていた。
時間がかかるのであれば――ということで、自分の教室で繰り広げられている学祭準備を軽く視察し、一応ちょっとだけ細かい作業を手伝うなどして時間を稼ぎ、とくに買い出しを任されるようなこともなく極めて平和に玄関まで到着した。
スマホを見れば、その後新しい通知は来ていない。
当然、玄関に立待月の姿は無い。
まだ熱心に仕事をしているのだろう。
「さて困った」
結構時間を潰せたと思っていたのだが、結局自己満足止まりだったらしい。
どうしようか、とちょっとだけ思考を整理してみる。
言いつけを破って勝手に帰るのだけは絶対に無し。
考えられるのは、自分の自転車を持って来ておくこと、適当にこのまま玄関辺りで待機すること、生徒会室前で出待ちすること、生徒会室に突入すること――くらいだろうか。
「ココで待機しかないだろうな」
即答だった。自分に問う必要もないくらいだった。
「……何か飲み物とか買っておいてやるか」
何かしら喉の渇きを潤せるモノは持っていそうだし、何なら生徒会室で飲みながら作業をしていそうではあったが、気持ちの問題だ。
まだ時間もある。そもそも俺の喉が渇いている。
適当に購買で何かを買っておこうと思い、俺は一旦そちらに向かうことにした。
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