§3-16. いよいよ明日開幕……なのだが
学校祭前日ともなれば、もはや勉学になど身が入るはずも無い。まだ始業前であることを加味しても教室内のどこかしらは浮ついたような感じがしている。
俺はいつも通り、立待月との登校とそれに付随するちょっとした作業を終えて教室に入る。カバンを机に置いたままその上にぐったりと倒れ込んだところで、誰かがこちらに近付いてくる気配を感じた。誰かと思えば、
珍しい。学校祭関連の活動が始まる前――言い換えれば、
「……どうしたよ」
「いやいや」
「いやいや、ハハハ」
何だ、面倒くさい。変なイジリをするのならさっさと始めて欲しい。いや、できれば何もしないでほしいが。
学祭準備が始まり、立待月から校内放送でダイレクトに呼び出されるようになった直後は、そこそこ面倒なイジリ方をされてきたものだったが、最近は明らかにトーンダウンしている。というか、そもそもそういうイジリ自体をして来なくなったくらいだった。
付き合いもそこそこになってきて、余計なイジリをする意味がないと悟ってくれたのか。あるいは『そういうモノだ』と理解をしてくれたのか。その辺は、あまりよくわからない。ただ、精神的に助かるのは事実だった。コイツらが物理的に壁を作ってくれているおかげで、他クラスからおかしな視線を浴びることも減ってきたように感じている。
ただ、今日は何かしらがありそうな予感。
「言いたいことがあるなら5秒以内な」
「最近の立待月さんのウワサというか、聞いた話というか、流れてきた話なんだけどな」
「ほう?」
答えたのは光太の方。
興味は、無い事も無い。
それはどちらかと言えば、立待月瑠璃花本人への興味と言うよりは、何かしら周辺で怪しいことがありそうなら知っておきたいという話――だと思う。きっと。誰にも相談はできないが、いっしょに命狙われかけたわけだし。
「珍しい。
「喧しい。さっさと言えって言ったろうが」
「せっかちだなぁ」
「せっかちは悪いことじゃないから」
ヘラヘラと笑う光太。――この感じ、大した内容じゃないな。だいたい察してしまった気はするが興味を持ってしまった手前、最後まで聞いてやるのが友としての礼儀だろう。
「いやさ。最近の立待月さん、穏やかなオーラがちょっとだけ出てて、それがまたイイよなって」
「マジでどーでも良かったわ」
話、ぶった切ってやれば良かった。マジで。
「たしかにな。尖ってはいないけど、触ると冷たそうな感じはあったもんな」
陽輔の方は、案の定しっかりと食いついている。微笑みをおかずにメシにかぶりつく野郎は考え方が違う。イイ表現だとは思うけど。
尖ってはいない――か? 本当か?
アイツ、全く触ろうとしてなくても、向こうから刺してくるぞ。
触ろうとしてたら容赦なく突き刺しに来るぞ。
アレだろ。俺を体のいいストレスの捌け口にして、イイ感じにモヤモヤ感を解消しているからこそそれ以外には穏やかな一面を出しているとか、そういうヤツだろう。
きっとそうだ。うん、間違いない。
――哀しい。
「まぁ、とはいえ男子には基本的に塩対応気味なのは変わってないけどな」
「そうな。女子の間ではって話だもんな」
なるほどね、そういうモンか。
「……へえ」
「聞きましたか、陽輔さん」
「ええ聞きましたよ、光太さん」
ウザッ。
光太と陽輔は、特段打ち合わせも無いのに何かコントめいたことを始めた。重箱の隅を突きすぎてわかりづらいモノマネを見せられているような感覚。
「明らかに、某男子に対しては塩対応じゃないんですけどねえ」
「ですよねえ、そう思いますよねえ」
チラチラと俺を見ながら『某男子』もクソもあったもんかよ。
「そうな」
「……え、認めたよコイツ」
「俺に対しては『死対応』だから」
「シタイオウ?」
「何それ」
「死んだ対応。もしくは死人への対応」
「おーい、席に着けよー」
俺的にはジャストすぎるタイミングで担任登場。立待月の話は強制的に終了となった。
どうにも勘違いしているようだけど、俺と立待月の間にはそんな甘ったるいモノは無い――と思う。たぶん。きっと。
そりゃあ、実情として喫茶店に行ってコーヒーを飲んだり、いっしょにディナーを楽しんだりはしたけれど。そのどれもがお遣いだったり不可抗力だったり、何かしらのアクシデントが絡んでいたりするわけで。
役得なところはあるかもしれないが、そういうモノでは無い。
ただし、命を救われたという事実も曲げることはできないから、その辺りは難しいところではあった。
「難しいな」
「おい、朝倉。話聞いてるかー?」
「うぇい! 聞いてますん!」
噛んだ、わけでもない。実際聞いてなかった。
「職員室にある荷物、いっしょに取りに来てくれって話だ」
「ハイ喜んで!」
「居酒屋の店員かよ」
意外にウケが良くて助かった。
〇
淡々と授業時間は進んでいって、早くも放課後。とはいえ、時刻はまだ昼過ぎ。いつもならちょうど昼休みが終わったくらいの時間だ。
ここから後は週末まで学校祭一色で良いと公的に認められている時間。ほぼ全校生徒が準備作業に就いているというわけだった。
俺は事前に言われていたとおり準備委員として生徒会と行動を共にしている。時々
「今度のは軽くて助かったなぁ……」
「そうね。……でも
「順応しないとやってられねえだろ」
「たしかに」
物品類の搬入もかなり頻度が上がっている。先日とは比べものにならない。結局あの時は1時間ちょっとに1回くらいの感じで、俺が実際に駆り出されたのも1回だけだったが、今日はすでに2回出動済みで、これが3回目。いつも通り、もはや完全なる
内訳としては、やはり喫茶室のようなモノをやるクラスの搬入品がとくに多い。最終日には模擬店などすべての出し物に対して人気投票が行われるが、喫茶室系統は来客の人気を集めやすいので喫茶室開催権利を争うくじ引きは毎年白熱するという話だが、実際に運営をするとなるとかなり大変そうだな、なんてことをこっそり思ってしまう。
「ちょっとくらい休憩しても許されるよな」
「そうねえ……、そこまで遅くならなければ大丈夫じゃない?」
わりとずっと立ちっぱなしではある。搬入作業の補助以外にも校内の装飾作業もすでに行っていて、足は結構な棒っぷりだ。ランニングとか日頃の部活とはまた違うところの筋肉が消耗している気がした。
「だったら、屋上行ってみないか? ……チェックを兼ねるとか言ったらそこそこの時間融通してくれそうな気はするし」
「案外悪いことをしれっと言うのよね、朝倉くんって」
「そんなことはないと思うぞ。……言うほどは」
そこそこの自覚はある。機械と機会は巧く使うべきなのだ。
「でもたしかに、それをダシにすればイケるかもね」
「じゃあ、そうと決まれば鍵をって話だけど」
「借りてくるわ」
善は急げ。立待月もわりと疲れが見え隠れしていたので丁度良いだろう。
間もなくして帰ってきたが、立待月の表情は少し曇り気味だった。
「お待たせ」
「……何かあったか?」
「いえ、まぁ……」
歯切れは悪い。とにかく悪い。
しかし立待月は、言おうかどうか迷いつつも、言う方が得策と思ったらしい。
「屋上の鍵、朝倉くんに取りに行ってもらわなくて良かったわ、って思ったわ」
「……ということは、まさか?」
「ちょうど会長が持ってたのよ、鍵」
「……ほう?」
なるほどね。
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