§3-17. 決戦前日、入念なチェックは怠らない俺たち


 何となく見つめ合ってしまう。とくにそうする必要も意味も無いのだが、それによって言わんとしていることは互いにある程度理解してしまったようにも感じる。


 これは、正直言うと厄介なことになっているのかもしれない。


「なるほどねぇ……」


「そうなのよねえ……」


 は真っ先に職員室には向かったのだが、鍵のスタンドに屋上の鍵の姿は無かった。訊けば会長が持っているという話だったのでどうしようかと思っていたところに、運が良いのか悪いのかジャストタイミングで鍵の持ち主が現れた――という話。


「タイミング、悪かったな」


「そうね。……いろいろと悪かったわ」


「それはまぁ、さすがにしょうがないところはあるだろうさ」


「……」「……」


「……はぁ」「……はぁ」


 互いのため息すら重なった。確実に、俺たちは今、意思疎通が出来てしまっている。その紐帯としてあまれんという我らがこうざか高校の生徒会長が存在しているのもまた、表現しづらい事態になっている。


「何してたのかしら」


「いやまぁ、そりゃあ……チェックだろうよ」


 ふつうに、平凡に、何も知らない人間が考えるのであれば、きっとそういう結論に至るのが極々自然な流れだと思う。


 何も知らない人間――即ち、赤向坂高校の一般生徒であるならば。


「本心からそう思ってる?」


「いや?」


「ああ、それは即答なのね」


「そりゃそうだろ」


 いろいろと俺たちに対しては疑問符を付けられるような行動を見せてくれているのだから、今回だってその一環と勘違いしても仕方ないだろう。疑われる余地があまりにも大きすぎるのだ。


「……やるべきことはひとつだろうな」


「そうね」


 俺たちも、俺たち自身の目で、具体的にどうなっているかをハッキリと調べておくしかないだろう。


「何か落ちてたりしているかもしれないしな。……羽根、とか」


 一応周囲を確認してから口に出す。壁に耳あり障子に目ありとも言うが、これくらいの声量であれば問題は無いはずだ。相当な地獄耳だったり俺自身にすでに盗聴器の類いが付けられているとかだったらそれはもう『ジ・エンド』ではあるが、さすがにそこまでの可能性を考えたくはなかった。


 会長から鍵を受け取ったという事実がある以上、その後に何かをされてしまう可能性もあるが、それは俺たちのチェックの際に念入りに写真などを撮って残しておけばある程度対策も取れるだろう。


 ――確実に会長が黒であるという断定きめつけをしているのもまた危険ではあるが。


「……たしかにね」


 立待月はいつもより少し間を空けて答えた。




     〇




 屋上、到着。


 いつも以上に大きな声が下の方から響いてくる。如何にも学校祭準備に熱が入っているというのが伝わってくるようだった。


 ただ、俺たちはあくまでも冷静に動く必要があるだろう。いっしょになって熱くなる必要は、今は無いのだ。


「まだ陽も高いからしっかり確認できそうね」


「熱中症には注意だからな」


 屋上に来る前に、念のためふたりで購買に向かい飲み物の類いは買ってきている。立待月が何を選ぶかこっそり気になっていたのだが、今日は俺と同じくスポーツドリンクだった。実はその選択肢は残っていたのかと、肩透かしにあったような気分になってしまった。


「さて、きっちりやっていきましょう」


「おう」


 怪しい物はもちろんだが、他の設備の確認も怠らない。


 立待月は、会長に対しての説明として「ダブルチェックをした方が良いかも」ということを伝えていたそうだ。さすがに何も言わずに鍵を寄越せとは言えなかったらしいが、恐らくそれで正しいと思う。


 ――と、ここで小さな疑問が。


「あれ? ちょっと待て」


「どうしたの?」


「俺を屋上に呼び出したときの鍵はどうヤってたんだ?」


「……」


 黙るな。そして、目線を逸らすな。


 概ねの流れを察してしまったじゃないか。


 だが、その断片的な感想を俺から言ってやる必要はない。


 立待月の口から白状させてやりたい気持ちが無いではないが、今はそんなことをしている時間ももったいない。多方面から怪しまれてしまっては意味がない。


「……確認作業、やるか」


「ええ、早く済ませましょう」


 言いたくないからって、そういう策を打つのかお前は。だから塩対応じゃなくて死対応だという話なんだよ。


 もっとも、そんなことを立待月に言う気は無く、俺も確認作業に移っていく。


 花火用の台座は角度が大事。躯体自体は最初から出来上がっているので場所と角度を大きく間違えない限り大丈夫だとは思うが、それでも失敗すると火の粉が校舎に当たってしまうのでこの辺りは慎重に。


 以前その辺りの話を立待月に訊いたときには、『一応校舎に当たらないようになっているけれど、風向きと強さのチェックはほぼ常時やって、その制限を超えそうだったら即中止っていう話ね』――ということだった。


 屋上には吹き流しが新しく設置されているし、パソコンを使った風量・風向管理もするそうだ。


『安全対策に抜けがあったりしたら、今後私たちの代とかそれ以降の代になったときにやらせてもらないことになるわ。そもそも今回だって乗り越えなくてはいけない障壁が物凄く多くって、去年の学校祭が終わった直後から話を立ち上げて検討したっていう話よ』


 いつぞやの登校中に、立待月はそんな裏話も教えてくれた。その時に先頭を切って動いていたのは他ならぬ雨夜蓮――当時は新生徒会長――だったという話である。その行動力はやはり並のモノではない。


 回想もそこそこにチェック作業を進める。固定具合もズラしてしまわないようにしっかりチェックしていくが、こちらも大丈夫そうな雰囲気ではある。


「……ん?」


 校舎東側を確認し終えて、グラウンドに面する方向へ行こうとしたところで足が止まる。


「こっちは大丈夫……どうかした?」


 逆サイドから確認を始めていた立待月がこちらに気付いて、直ぐさま駆け寄ってきた。


「こんなの、あったっけ?」


 しゃがみ込みつつ、そのブツを指差す。


 グラウンドに面した校舎のやや端寄りくらいのところ。花火用の台座と台座の間に、少しだけ違うカタチをした躯体。同じような色はしていて、同じように何かを射出するような形状にはなっているのだが、その方向は外向きではなく明らかに屋上の中央部に向かうような状態。素材は金属ではなく樹脂で、横目に見ただけでは気が付かないくらいだ。


「対称になる位置にあるかしら」


「探してみよう」


「ええ」


 立待月が見ていた側にも同じ様なモノがあれば、少し話は変わってくる――かもしれない。


 斯くして、同じモノは在った。何ならその移動中、丁度校舎の辺の中点に該当する部分にも在った。合計して3つ在ったことになる。


「何かしらね」


「立待月も知らないんだ」


「ええ」


「とはいえ、発射台感はめちゃめちゃあるんだよな」


「むしろ発射台にしか見えないくらいよ」


 そう。何かしらのモノを射出するのに最適な感じなのだ。


「立待月が知らないとなると、……やっぱり会長案件かねえ」


「その可能性は高そうだけど……」


 言いながらふたりでブツを凝視する。


「あぁ、たぶん……そうだろうな」


「え?」


「あまりにもキレイすぎるからな」


 屋上の設営を始めてから、実は1日だけ雨が降っている。降雨に対する養生は必ずしていたもののさすがにそれにも限界はあって、最初の頃に俺と立待月で設置した台座なんかはわりと汚れが目立ってきていた。


 すぐ近くにその台があるので実際に見てみれば、その差は大きかった。


「最悪でも2日前くらいだが、たぶん今日、それこそついさっき設置されたか……って感じだな」


「へえ……」


「感心した?」


「わりとね」


「それは何より」


「……ちょっとムカつくわね」


「何でだよ」


 少しくらいドヤらせてくれてもいいじゃねえか。


「……さすがに、何かありそうだが」


「そうよねえ……。でも、撤去は違うわよね、絶対」


「だろうな」


 いくら怪しくても、根拠が無ければ証拠も無い。当然これに手を出してしまった後のことを考えると問題が明らかに増えていくのは火を見るよりも明らかだった。


「とは言っても、こっちにだって手の出し様はあるな」


「あら? 何だか朝倉くん、調子に乗ってるわね」


「せめてそこは『調子良いのね』に変えてもらえる?」


 満面の笑みと無言を返された。


 それはどう受け取ればよろしいので?


 どっと疲労感を覚えた俺がため息を吐くよりも、立待月は口を開いた。


「……お手並み拝見してもイイかしら?」


 だったら俺は、こう答えるしかない。


「当然だ」


 頼むから、ストレートにドヤらせてくれ。

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