§3-18. 天使降臨
「おはよう」
「おはよう」
「うんうん」
「……何だ?」
俺はただ挨拶を返しただけなのだが、朝も
「随分慣れたわね、って」
「ああ、そういう」
さすがに慣れる。というか、散々慣れろと言い続けていたのは立待月だ。
「いよいよねぇ」
「そうだなぁ」
まったりとした中身のない会話を繰り広げてしまったが、今日は前夜祭に位置付けられる学校祭1日目。授業がある日で言うところの放課後直前くらいまでは準備時間で、その後夕方過ぎたくらいからが前夜祭というようなタイムテーブルになっている。作っていた飾りなどを学校中へ一気に張り巡らせていく作業も、ようやく実際に行われる。
「……長かったような短かったような」
「やっぱりそう思う?」
「まぁな」
学校祭準備にここまで奔走した――否、奔走
思っていたよりも、悪くはなかった。
「気合い、……入れるかぁ」
「その割には間延びしたセリフで、全然気合い入ってる感じしないけど?」
「眠いんだよ」
「しょーがないわねえ、後でエナジードリンクの類いでも奢ってあげるわよ」
最後の最後まで、立待月は俺のケツを叩き続ける気らしい。これもまた立待月瑠璃花らしさなのかもしれなかった。
〇
各所から威勢のいい声を響かせながら作業は進んでいく。
生徒会と実行委員で作っていた、校門付近に飾る巨大オブジェ。あれがようやく所定の配置に着いている。作業中横倒しになっている段階から大きいとは思っていたが、立てられるとその大きさがさらに際立つ。
「大きいわねえ」
「立ち上がるとわかるデカさだったな」
窓から見下ろしているのにわかるサイズ感。
「今年のアレ、先生方にも評判良いらしいわよ」
「あ、そうなん?」
初耳である。
「照れてる?」
「違う違う。初めて聞いたんだよ」
どこでそんな話が出ていたんだろうか。
「っていうか、そもそも何で俺が照れる必要あるんだ?」
「だって朝倉くん、リーダーだったでしょ?」
「あれのリーダーは会長だろう」
「照れない照れない」
頑としてそこは譲りたくないらしい。
――照れてないんだけどなぁ。勝手に照れるなんて烏滸がましいだろう。
制作に関してはメインの立場ではあったが、こちらの作業についてはより安全を確保するため近くの建築会社の方々のご協力を得ているそうだ。最初だけは俺も作業に立ち会っていたが、見回り作業や校内装飾の作業もあるので離脱中。もはや安定とも言える、立待月とセットの任務だった。
「……そろそろまた行ってみない?」
「だな」
校内各所を回りつつ、装飾品を貼り付けつつ、その手持ちが無くなると生徒会室に戻って補充というそのルーティンにもうひとつ。
――屋上と、その近くの見回りという
これはあくまでも俺たちが独断かつ内密にやっていることだ。任務でも作業でもない。
目的としては、屋上に設置された後夜祭のときに使われる花火用ユニットの確認に加えて、花火用ユニットによく似ている俺たちがよく知らない装置のチェック。あとは、会長の動きもついでに確認できればいいというスタンスだ。
「如何にも怪しいモノもそりゃあ怪しいんだが、そこまで不審な雰囲気でもないのがまた怪しいんだよな」
昨日見つけた『ナゾの発射台モドキ』の写真を撮りつつ言う。
「そうなのよね。カモフラージュとしては70点くらいっていうのが」
「とはいえ、俺たちみたいに何回もチェックしてたからわかった――みたいなところはあるけどな」
「それもそうなのよ。他の生徒会役員は何回も来てないし」
そもそも本来は屋上への扉の鍵を持っていなければここには来られない。俺たちには飛び道具――というか、飛ぶ術があるのでそれをクリアできている。だからこそこうして何度も足を運べているのだ。
屋上に向かうきっかけがあればこそだが、実際赤向坂高校においては封鎖されている屋上にそこまで誰も興味を示さない。マンガやアニメの世界のように学校の屋上が開放されていて、昼休みにはそこで弁当を突いたりパンをかじったり昼寝をしたりサボったりなんてことは無いのだ。
「そういえば後夜祭の時って、誰が花火の担当になってるんだ?」
「私は一応入ってるわよ」
「あ、そうなんだ。だったら話は早い……のか?」
「そのタイミングで何が出来るかわかんないけどね。というか、コイツが何なのかもう少しでも解れば良いんだけど」
立待月はナゾの発射台を指差しながら言う。
ネットの画像検索などをかけてみてもよくわからなかった。どうやら既製品の類いではない完全オリジナルのモノらしいという、上澄み液よりも薄味の情報しか得られなかったのだ。
「まぁ、……いざとなれば」
「朝倉くんが何とかしてくれるのかしら?」
「……最大限の努力はしよう」
「心配だわ」
ハッキリ言わないでくれ。明らかに君の方がハイスペックなことくらい重々承知してるってば。
〇
時刻はまもなく前夜祭。陽もだいぶ傾いてきてメイン会場であるグラウンドもだいぶ闇が降りてきたくらい。諸々の準備を終えた生徒たちが続々とグラウンドに集まってきている。
この後の予定としては、開会の挨拶なんかをした後でそれぞれのクラスが2基ずつ制作した灯籠に火を入れる『点灯式』というモノがある。もちろん便宜的に「火を入れる」と言っているだけで、現在は組み込まれたLEDライトに、同じく内部に仕込んでいるバッテリーを繋いで点灯させるというイベントだ。かつては本当に火を入れていたらしい。
いつの間に作っていたんだと言われそうだが、俺自身もほぼほぼ実行委員の仕事にかかりきりだったのでこっちの作業にはあまり携われていなかった。せいぜい必要な工具を買いに走った――立待月といっしょに何度か行ったアレ――くらいだろうか。本音を言えばもう少しこちらの実作業もやりたかったところだ。
「なぁ、
「ん?」
脇の方にある芝生に腰を下ろしていると、すでにテンション高めな
「そろそろだよな?」
「……何に期待してるんだ?」
「まぁまぁ、この子はクールぶっちゃって」
「俺、そろそろ行くぞ?」
「ああ、ウソウソ。ごめんて」
もう少ししたらまた実行委員の仕事に行かなければいかないのだ。
「浴衣か」
「違う」
は?
「浴衣
「お前はもう少しその欲望に皮を被せておけ」
ずる剥けも大概にしろ。
「いやぁ、橙也さんは余裕が違いますな。なぁ光太さんよ」
「全くだ」
全校生徒に配布済みの団扇を扇ぎつつやってきた
「この後は立待月さんと浴衣デートなんだろ?」
「作業だ。余計なことを言うな」
ほら、また。『立待月』と『浴衣デート』の数え役満で、何人かの男子の殺気がこちらに飛んできたじゃないか。ムダに周囲を煽らないでほしい。
「でもさぁ。実際問題、浴衣を着た立待月さんといっしょに歩くんだから、そりゃあデートだろうがよ」
「お前の中の『デート』のハードル低すぎるだろ……」
「むしろ橙也のデート像がムダに高尚なんじゃねえの?」
「……あ、おい! いらっしゃったぞ!」
俺と陽輔がごちゃごちゃと言い合っていると光太にバシバシと肩を叩かれ、そのまま仰向けに倒される。止めろぃ。
「っていうか『いらっしゃった』って何だ……よ……」
起き上がりながら光太が指差す方向を見て、――思わずセリフが出てこなくなる。
「うひゃあああぁぁ、やっぱりレベルが違ぇわ……」
「な……! あれはヤバイ。間違いなくヤバイ」
「これは、いよいよ見つかってしまいそうだな……!」
「どっかに雑誌のスカウトとか来てたりして」
「いや、あるなそれ。マジで。えー、でもそれじゃあ学園の天使がマジで下界に行ってしまう~……」
陽輔と光太の賛辞が止まらない。
他のクラスが集まっているところからも沸き上がる声が聞こえてくる。
何故他の連中があそこまで語り合えているのか解らない。
俺は完全に言葉を失っていた。
――『天使降臨』。
彼女の名前にもよく合っている、瑠璃色に花をあしらった浴衣に身を包んだ天使がそこに現れた。
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