§3-19. ラブコメになろうなんていう甘い話はないらしい
「言うても
「そういうのじゃないから」
口ではそう言っておく。でも
いつから始まったか、後夜祭と前夜祭ではほとんどの女子たちは浴衣へと衣装チェンジをするようになっている。大抵が着替えるのであれば着替えるためのスペースはしっかりと確保するべきだろうという流れになるのは当然。
それぞれのクラスが発注していた機材などは既にそれぞれの設置場所へと搬出済み。そうなると1階の臨時格納庫となっていた会議室はスッカラカンになるのだが、今日の午後からはそこが着付け教室と化するというわけだった。
もちろん荷物の搬出を終えた段階から会議室周辺は男子禁制になるので、その辺は安心していただきたい。窓側から見るのも生徒指導部の教員が監視をしているので問題はない。――というか、それぞれの準備があるのでそれどころではないという話ではあった。俺もそうだし。
「中学のときにもこういうのあったか?」
「無いよ、全然無い。っていうか夜までやらないしな」
この界隈の公立中学校であれば、学校祭は土日の2日間だけだし、その日程もだいたい夕方までには終わる。いつもなら強制下校時刻になるまで行われる学校祭は今までの人生ではやったことがない。
「しかし、……うむ。最高だな」
「みんな違ってみんなイイ」
「そういうところで名言持ってこないでくれ」
せっかくの言葉を
「とはいえ、やっぱりレベルが違う」
「結局そこに戻ってくるのかよ」
「当たり前だろうが」
ふらふらと浴衣の間を彷徨っていた
立待月のクラスメイトたちは一応ガードをするように彼女を囲んでいる。不用意に近付いていく男子の姿はないので効果無しとまでは言わないが、それでも視線を防ぐまでの効果は無いらしい。何人かは威嚇するような視線を回りに飛ばしているくらいだ。ご苦労なことだ。
「さすがに声かけにいくようなヤツは居ないんだな」
「そりゃそうだろうよ」
「ここで行くのは勇者じゃない。ただの無鉄砲なバカだ」
弁えては居るらしい。
そりゃそうか。校内での知名度は下手なアイドルよりも高い可能性すらある立待月に対して――しかも浴衣という現時点での最強装備を身につけている彼女に対して、衆人環視下でのナンパ的行為は自殺行為にしかならない。それでも突撃できるようなヤツは、残りの高校生活を棒に振る覚悟があるヤツだろうか。
「たしかにそれもそうだ……ん?」
ガードをしてくれているクラスメイトたちと談笑していると思っていた立待月が、何かを探すように辺りを見回したと思っていたのだが。
急に、ガッツリと視線がぶつかった様な気がした。
「……ゲッ」
「どした?」
陽輔が俺の小声に反応する。
「イヤな予感がしただけだ」
言いながら反射的に
「とりあえず何も言わないでいてくれ」
「いやいや」
「それは無理」
誤魔化そうとはしてみる。が、明らかに誤魔化せてない。視線を明確に
「隠れようとしても、たぶんダメだと思うぞ」
「だな」
仕方ない、観念しよう。
「朝倉くん?」
談笑を切り上げたらしい立待月瑠璃花はしっかりとこちらにやってきて、事も有ろうになかなかに周囲へ響くような声量で俺の名を呼んだ。
「行くわよ」
「ういっす」
オシゴトらしい。そういうことにしておこう
「いてらー」
「ふぁいとー」
ふたりからはこの上なく適当な感じで送り出された。
〇
「一瞬逃げようとした?」
校舎へと戻りながら立待月が訊いてくる。
「逃げようとはしてない」
「じゃあ隠れようとしたってわけね」
案の定バレてたらしい。
「あそこまでデカい声出すことはないだろうよ」
「あの時の
「……あぁ~、あれか」
思い出される、隣のクラスの教室前で謎の宣言をカマしたアレ。おかしな詮索をさせる前にコチラの要件を言えば良いという判断で導かれた、ナゾの結論のアレだ。
「案外面白いわね、アレ」
「不穏なこと言わないでくれよ」
「時々不意打ちにでやることにするわ。朝倉くんのリアクション面白いから」
「マジであの時はすみませんでした……」
一応謝罪はしておくが、たぶん聞いてもらえるはずもなく。変なところで自分に精神攻撃をしてしまったと後悔。
「リアクションと言えば……」
「ん?」
何が『と言えば』なんだろうと思う間もなく、立待月が足を止めた。
先に進んでいく理由も無いのでこちらも立ち止まるのだが、立待月は何も言ってこない。
ただこちらを見て、微笑んでいるだけ。
「……ん?」
訊ねている内には入らない程度に、続くセリフを促してみる。
「それで?」
「それで、とは?」
何だろう。最高レベルに噛みあってない感じ。
微笑みは崩れない。
「何か言うことは無いの?」
「な」
何その、男子が女子から不意に言われると困るセリフ第8位くらいのヤツ。
これがカップルであって、しかも男子側に浮気かそれに準ずる行為があった場合は、これを言われた男子が十中八九自爆するとか言われるセリフだとは思うが、生憎俺にはそういう不徳の事実はない。
俺が脳を高速フル回転させているのに合わせるように、立待月はくるりと1回転。
校舎の陰になっているのに、どこか眩しく見えるのは気のせいだろうか。
眩しく見える理由は、一体何なんだろうか。
――まさか、そういうことか?
これを言った後で「キモイ」とか言われたら立ち直れる気がしないが、まさかそういう期待をしているということなのか?
仕方ない、これは仕方ないことだ。
非モテ男子をおちょくるということは、こういうことになると示してやろうじゃないか。
「……そりゃあまぁ、お美しいことで」
――結局、俺は負け犬だった。
視線は合わせてないし、それなのに危うく噛みそうになるし。
しかし、どうだろうか。立待月の反応は。
怖くて視線をなかなか戻せないのだが、意を決して――。
「ふーん……」
立待月は立待月で、俺が立待月を見た瞬間に空を見上げてこちらに背を向けた。
俺が振るった勇気の行き場とは。
「……その『そりゃあまぁ』が無ければねえ」
「うっせ」
照れ隠しくらいはさせろ。
ストレートに褒めちぎった方が逆に照れずに済んだのか?
いやいや、合計ダメージを考えてみろ。明らかにその後
「ほら、行くわよ」
そう言って立待月は校舎へと向かっていく。先に立ち止まったのは君の方だと思うんだが――という文句は飲み込んながら着いていく。残念ながら時間は限られている。
生徒会役員も浴衣姿ではあるが、作業はある。この時間からは校舎内の見回り。施錠確認や残留生徒の確認などを先生方含めてやっていく流れだ。とくに施錠の確認は大事。なにせ教室には各所からレンタルなどをしてきた機材が多数ある。ダブルチェック、トリプルチェック以上を実行するということなので、軽く眺めるなんてことは許されない。
「大丈夫そうだな」
「ええ、……そうね」
担当場を終えて、その帰路にある鍵も一応チェックしていく。
その流れでだんだんと、俺に対する立待月の反応が悪くなっていくことには気付いていた。
「何か、在るというか、居るよな」
「……気付いてた?」
「一応は」
小声で話す。ほぼ足音しか響かない廊下ではいくら小声でも聞こえてしまいそうだが、やらないよりはマシだ。
「そこまで危険な感じは無いとは思うけれど」
「気分は良くないな」
明確に襲ってくるような様子はない。しかし、離れるような様子も無い。だからこそ俺たちも刺激をしないように振り向いたり歩く速さを上げたりなどということはしなかったのだが、それ故に付かず離れずという表現が一番良さそうな雰囲気だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます