§3-20. 怪しい影



「明確に攻撃的な意図でも見せてくれたらこっちも対応がしやすいのに……」


「……案外物騒なこと言うのな」


 先に殴らせた方が訴状書く上では圧倒的に有利になる的な理論を展開してきたに思わず唸ってしまう。


「たしかにその説はあるけどさ。相手が何者かも今ひとつ解らないヤツから先に来られるのも厄介だろ」


「それもそうだけど」


 血気盛んなヤツを黙らせるのもなかなか骨が折れるというモノだ。


「でも、このままっていうのも面倒でしょ?」


「そうなんだよ」


 施錠のチェックをしながらも視線だけはその陰の方へ向ける。過度な刺激をしないようにと顔全体では向けないようにしているが、そのせいではっきりとその陰を確認できていなかったりする。


 もしかしたら普通に他の生徒会役員である可能性というのも否定はしない。しかし、だったら話しかけてきてくれても良いだろうという発想が生まれるのも普通。時間差でマルチチェックをしなければいけないとまでは言われていない。


「私なら別に、行けるわよ?」


「……は?」


 思わず大きな声で訊き返そうになるが、辛うじて制御。


「『行ける』って、何がだよ」


「今ならもう撒くっていうのも選択肢よ、ってこと」


「そういうことかよ。……いや、それは無えよ。さすがに」


 向こうの脚力の想像が付いてからにしてくれ。


「別に、素足になってしまえば良いだけだし。そもそも貴方くらい引っ張って――」


「バカ言え」


 危険すぎる。


「他の生徒に見つかる可能性もあるだろ」


「でも」


「そもそも」


 まだ何か言いたげな立待月のセリフを強制的に打ち切ってやる。


「台無しになるだろ。せっかく、……キレイなのに」


「……っ」


 そうこうしているうちに校舎の出口が近付いてくる。グラウンドを照らすライトで薄らとではあるが光と色が周囲に見え始めている。ココまで来ればさすがに襲撃されるようなことはない――と思うのだが、どうだろうか。


 一応こっそりと背後を確認するが、予想は当たっていた。


 斯くして、無事に元通り。安心では無かったが、どうにか安全にグラウンドへと帰還することができた。


「……ふう」


 肺の中で澱んでいた空気を一気にため息として吐き出す。新鮮な外気が美味く感じる。夜の帳も下りかけてそこそこ涼しくはなってきた程度の空気でさえ美味しく感じ

るのだから不思議なものだ。


「さて、と……ん? 立待月? 大丈夫か」


 そういえば黙っているばかりの立待月に声をかけておく。顔を伺ってみるがどことなくふわふわとしているというか、視線が定まっていないような感じもする。こういう表情はそんなに見るモノでもないのでちょっと心配にはなった。


「おーい……」


「……はっ」


 あ、気付いた。


「大丈夫か?」


「ええ、まぁ。何とか……」


 しかし、思っていたより立待月に元気は無い。やはり立待月にしたがって、飛んででもいいからその場を去った方が良かったのだろうか。


 それに、何故か立待月の顔が赤い。頬や耳はかなり紅潮しているようにも見える。


 いつからだろうか。暗がりに居たときからだったとしたらそれはそれで問題かもしれない。もしかしたら熱とか――。


「あの、ありがとうね」


「いやいや、それは別に……」


 感謝される程のことも無いような気はする。


 そして、立待月はまだ何かもじもじとしているような。


「でも、あさくらくん」


「どした。あ、もしかして靴擦れとかでもしたか?」


「いや、あの、その……そうじゃなくて」


「何だよ」


 全然ハッキリしない立待月。こういうことも珍しい。――いや、そうでもないか。


「その、……を」


「テ?」


 何を言われてるか解らない。


 しかし、立待月は何やら1点をじっと見つめている。


 何があるのか解らないがとりあえずその視線を追って見れば何かがわかるかも――。


「ぬおっ!?」


 たしかに、が原因だった。


 俺の左手は、立待月の右手をしっかりと握っていたままだった。


「あれ……? え、いつから?」


「何で握ってきた側が記憶無いのよ……」


「俺からなのか!?」


「そりゃそうでしょ!? 明らかに、その……!」


 威勢良く返そうとしたところで、穴の空いた風船のようにまたシュルシュルと声が小さくなっていく。


 たしかに、だった。


 間違いなく俺の左手は、立待月の右手を包み込むように握っている。


 万が一立待月から握ろうとしたところでこんな関係にはなりえない。


 金田一めいたんていじゃなくても迷宮入りはしないくらいに、簡単に証明可能だ。


「ごめん!」


 パッと離す。


「え」


 不満気な声が聞こえた。


 触れていた部分が急に冷えた感覚になる。


 ――これってつまり、手汗がヤバかったってことか。


「マジで、ごめん」


「何でそんなに謝るのよ」


「だって、ほら。その、俺の手汗とか、ヤバくない?」


「……ふふっ」


 どうやらそういうことではないらしい。


 というか、立待月は笑った。


 極々自然な感じで、決して嘲笑とかではなく。


 あまりにも綺麗に笑った。


「行きましょう」


「……ぉぅ」


 今度はこちらが黙る番だった。




     〇




 何やかんやとあったものの、前夜祭は無事に始まった。


 いろいろと明日以降の説明や注意事項といった、こういう会には付きものでもある回りくどい話が済み、ようやく『点火式』の始まりだ。


 それぞれのクラスの代表者がセンターステージにやってきて、生徒会長のあまれんから充電済みのバッテリーとLED式のランプを受け取る。


 何だか拍子抜けするような機材の受け渡しにも見えるが、これこそが大事だ。


 各々で作り上げた灯籠にこのふたつをセットし、全基同時に点灯。この儀式によって我々の学園祭が始まるという寸法だ。


「重っ! これ重っ」


「昔に比べたらマシなんだぞー?」


 LEDの省エネ具合には感謝だが、それでも日曜日の後夜祭まで点灯させ続けるのだからそれ相応の容量が必要だ。とはいえかつては毎日交換作業があったというし、それよりも以前は燃料の補充をしていたらしい。それらと比べれば楽だろう。


「じゃあ僕らはこっちのを」


 会長がステージの裏手へ回る。男子の生徒会役員と俺を含めた実行委員も彼の後ろに付いていく。


 そこにあるのはそれぞれのクラスで創られた灯籠よりも明らかに大きい、スケール感を間違えたとすら思えるくらいのサイズの灯籠。持ち上げることはもはや不可能。しっかりと台車に固定されているので運搬するのに問題は無いが、大変なことは確かだ。


 校門前の装飾制作も重労働ではあったが、こちらはこちらで大変だった。なにせ具体的な構造は全校生徒に秘密のままにしておかないと面白くない。ウチの生徒たちに覗き魔がいなくて助かった。


 周囲を囲んでいた目隠し用の板を取り外しステージ脇からお披露目すると、全校生徒、教職員含めた大喝采が聞こえてきた。


 ああ、なかなかに気分がイイ。最近ご無沙汰だったな、この感覚。


「朝倉くん、力入ってるね」


「うっす」


 会長に茶化されるが、むしろ構わない。


 所定の位置に灯籠をセットすると、運搬に関わらなかった役員たちがライトなどの機材を持ってやってくる。もはや定番になってきた感じもするが、俺の担当箇所に取り付ける分は立待月が持って来てくれていた。


「じゃあ、ココにコレを……」


「はい」


 作業自体は一瞬。可動式になっている部分があるのでそこを開けて、バッテリーとそれに繋いだ灯体をセットするだけ。


 とくに感慨も無いのだが、やたらと会長がこちらを見てニヤニヤとしている。


「何すか、会長」


 ――さすがに衆人環視があるのだから、余計なことはしてこないだろう。


「いやいや……。何だか『初めての共同作業みたいだね』と思ってね」


「なるほど」


「おや? 意外にもクールだ」


 会長がやや鼻白んだ。


 ならば、逆襲の時間だ。


「まぁ、それならもう、準備段階で似た様なことしてますんで」


「流石だね」


 そのリアクションは、あまり予想してなかった。


 が、ある程度は期待通り。ただただ黙ってイジられてるのもね。


 一安心して居たところで、肩をずんずんとぶつけられる。


 犯人は、すぐに解る。


「……やるじゃん?」


「ありがとよ」


 俺たちは視線を交わさずに言い合った。




「では、全基――点火!」


 会長の号令で俺たちの学校祭が開幕する。


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