§3-15. 貴方で良かった(かもしれない)
遠くの方から聞こえてくる準備作業の声のおかげで時間が進んでいることはわかる。が、少なくとも俺と
「ええっと……? ん?」
立待月は何かを右手の親指と人差し指で摘まんでいるように見える。
たしかにそうは見えるのだが、その指で摘ままれているであろうモノが俺の目には全く見えない。よくよく目を凝らしてみるが、ダメ。髪の毛1本くらいの細さだったりするのかと思って顔を近付けて見ても、何も見えない。
「あれ? もしかして何も見えない?」
「……ああ。何にも見えないな」
立待月が出してくれた助け船には盛大に飛び乗っておく。その口ぶりからすればそこそこのサイズ感はあるらしいが、俺には影も形も見えない。
「今朝、
「そういえば、そうだったな。何してるんだろうな、とは思ってたけど」
鍵をかけ終わったところですぐ側に居たはずの立待月がいなくなっていて俺は内心かなり焦っていた。実際は塀のところでしゃがみ込んで何かを見ていただけだったのだが。
「最初は、何か痕跡みたいなモノが残ってたらいいなぁ、くらいの感じだったのよ。日もちょっと経ってから自分でもほとんど期待はしてなかったんだけど」
この界隈は風がわりと強い方なので、軽い物ならばあっさりとどこかへ飛んで行ってしまっているだろう。
「で、結局何かあったのか?」
「あったわ」
「へえ……」
有ったのか。
「え、反応薄くない?」
「……え? あったの?」
「私と貴方の間って、衛星中継か何かで通信してたかしら?」
あまりにも平然と言われたせいで理解が追いつかなかっただけだ。喩えるなら、俺の認識の中でタイムラグが発生した感じだ。
「じゃあ、その見つけたモノっていうのが?」
「そう。一応貴方にも見せようとは思っていたんだけど、……そういう結果になった」
「うん。正直に言うと、全く見えなかった」
はだかの王様の隷達になる気はない。あんな演技はできないし、する意味も無い。
「何があったんだ?」
「……羽根があったのよ」
――羽根。
「俺には見えない羽根」
「ええ、そういうことね」
「……何だか、立待月のとは逆というか、何というか」
立待月の羽根は俺にしか見えない。その羽根とやらは俺には見えない。そもそも立待月の羽根を見ることが出来ているのが一種のイレギュラーであって、見えないというのがふつうなのかもしれないが。
「あれ? ちょっと待て。……ということは、つまり?」
「ええ、そうね。……この近くに、私の
「なるほどねぇ」
予想外の展開ではある。しかし、どこか想定の範囲内であるようにも感じてしまう。そのせいで『な、なんだってー!?』と大袈裟なリアクションも取りづらい。少し不思議な感覚だった。
「……ん? 立待月と同類ってことは、俺にもその羽根って見えてないとおかしいんじゃないのか?」
むしろ湧いてきた疑問はコレだった。
てっきり立待月のような人間が持つ羽根なら、すべて見ることができると思っていたのだが。
「俺の思い上がりだったということか……」
「何ひとりで打ちひしがれてるのよ」
立待月は少し呆れた声を出す。
「そもそも別におかしなことじゃないわよ」
「あ、そうなの?」
心強いというか、何というか。立待月はもう一艘助け船を出してくれた。
「今判っているのは、朝倉くんは『私の羽根が見える』ってことだけ。すべてが見えているのが確定しているわけじゃない」
「まぁ、それは確かに」
「それに、私だってすべての羽根が見えるワケじゃ無いと思うし」
「え? そうなの?」
それは、だいぶ予想外。
「そりゃあ、まぁ。『広げられたとき』と『落ちているモノ』については見えるけど、巧妙に隠されていたら私だって判らないわよ。私たちの羽根ってそういうモノだから」
「……そういう話か」
なるほど。そもそも普段から見えないように自己管理しているモノであって、俺があの時立待月の羽根を見つけてしまったのも、あくまでイレギュラーな事態の積み重ねがあって初めて判明したことだ。
「まぁ、見えてたら見えてたでわりと面倒そうだな」
楽な場面もあるにはあるだろうけど、困る場面の方が想像しやすい気がした。
「ということなので、今後も私は朝倉くんに貼り付かせてもらいますので、そのつもりで」
「話、だいぶ飛んだな。……いや、そうでもないのか」
要するに、立待月と似たような身体能力や(俺からしてみれば)特殊能力を持った者が、俺たちの身の回りに居るということが確定したという話だ。そいつが以前俺たちを襲撃しに来たヤツと同一であるのなら、常時立待月が貼り付いていてくれた方が明らかにマシ。俺にはそいつの羽根を目視できないのだから、見えてる人間が側に居た方が安心だ。
「悪いな」
「そんなこと言わないの」
立待月はそう言って微笑む。
――嫌じゃないのか?
そう訊きたくはなるが、それを訊く勇気はさすがに無い。
「というか、朝倉くんこそ、……その」
「どうした」
「……嫌じゃ無いのかな、って思って」
――っと。
言葉に詰まる。
まさか、向こうから
嫌か、嫌じゃ無いか――と訊かれれば、それは。
「ちょっと、どうしてそこで黙るのよ」
「いやまぁ、その……そういうことを訊かれるとは思ってなかったからな」
やはり立待月は読心術が使えるのではないかと思ってしまうが、その口ぶりからすればただの偶然なのだろう。あまり深くは考えないでおきたい。
まずは目の前の質問に答えるところからだ。
嫌か、嫌じゃ無いか。二者択一。
答えは、もちろん。
「嫌では無いな、……今は」
「何よ、そのちょっとだけ意味深な言い回しは」
「先月の俺だったら、たぶん嫌がってただろうけどそれを言わないっていう感じだっただろうな、と」
今ならそうやってハッキリと告げられる。ムダにピントを外すようなことを言う必要なんてない。
「ああ、……ね。なるほどね、そういうことね」
立待月も何かを察してくれたらしい。
「勘が鋭くて助かるよ。珍しく」
「あ、コラ」
ちょっとだけ突いてやると、案の定好い反応が返ってくる。
「でも、そうなのよね。朝倉くんって、
わざとらしく強調して立待月は言う。おいおい、俺はわざとらしい言い方こそしたが、そこにアクセントは置いてないぞ。
「コラ。少しはオブラートに包め」
「これでも厳重に包んだつもりなのだけど」
意趣返しのつもりらしい。
まったく、口数の減らないヤツだ。
先月、あの邂逅の頃には、まさか立待月がこんなに話せるヤツだなんて思ってなか
った。――もちろん、背中に翼がある『天使のようで悪魔なヤツ』だとも思ってなかったけれど。
「まぁ、でも……」
立待月は静かに窓際に向かう。少しだけ黄昏の色合いを帯びてきた陽の光にあたって、彼女の髪が一層艶やかに揺れる。何だか妙に、映画のワンシーンのようにも見えてしまって、不覚にもドキッとした。
「今にして思えば、あの時の人が朝倉くんで良かったかな、って思うわね」
「……ほ」
言葉が、一瞬巧く出てこない。
「貶されているワケでは無いんだよな?」
「どうして貴方はそこでそういう捉え方をするのかしらね……」
思わず出て行った『ほ』とかいう台詞を指摘されずに済んで良かった、とまずは思う。
「性分かな」
「損するわよ」
「いずれ治すよ」
「そういう人、大抵治す気無いって相場は決まってるのよ」
良いんだよ、ただの照れ隠しなんだから。
――『学園の天使』とかいう在り来たりな二つ名に納得してしまっただけなんだから。
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