§3-14. 見えない話・見えないモノ


 を呼びに来た女子生徒に従いつつ向かった先は、職員玄関に繋がる校門。大型トラックなどによる荷物の搬出入が行われたりするところであり、先日俺たちが隠密行動で帰路に就く際に使用した出入り口でもある。


「君が役員さんかな?」


「はい。助っ人も一応」


 立待月が業者さんに答える。微妙な紹介もされたので会釈くらいをしておく。


「お。……細そうだが、筋肉はしっかり付いている感じだね」


「え、あ、どもです……?」


 褒められた――のか? 好意的に受け取っても良さそうな言い回しだったが、何だろうこの人。男子の筋肉量を一瞬で見分けられる特殊能力でもあるのだろうか。


「さて、と。じゃあそこの男子生徒くんにはコレを手伝ってもらって、役員さんたちにはこっちで」


「わかりました」


 業者さんがコレと言って指したのは、業務用の冷凍庫だろう。台車には載せられているモノのサイズはかなり大きい。


「保管場所は……」


「それは私たちが案内いたしますので」


 立待月に先導役が代わる。わりと常々思っているが、同じ1年生のはずなのにどうしてここまで落ち着いた対応ができるのだろう。俺なんかはところどころで失礼なことをしているのではないかと心配で仕方ないのだが。


 なるほど、こういうところが『オトナっぽい』と言われたり思われたりする所以か。


「ちなみに、どこへ?」


「その大きいのは、あそこの会議室の中」


「あ、良かった」


「思ったより近かった?」


「そりゃもう」


 てっきり上層階の方にまで運べと言われるかと思ってました。


 本番が近付けば誰かしらがその使用場所へと運ぶことになるのだろうけど、それはいったい誰のシゴトなのだろう。本音を言ってしまえば、それぞれ使用者が責任を持って運搬してほしいところだ。


 そんな小さいことをこっそり思っている内に目的地に到着。ドアは立待月たちに開けてもらいながら、意外に大きなゴロゴロという音を奏でさせつつ搬入。机やら椅子やらは畳まれて一箇所に固められている。恐らくこれらもどこかしらで使うことになるのだろう。


 業者さんには無事にここでお帰りいただき、俺たちを呼びに来た生徒にも自分の持ち場へ戻ってもらった。残されたのは俺と立待月と、細々とした物品。


「こっちはどこへ?」


「細かいモノは、とりあえず生徒会室の隣にある小会議室……ってあさくらくんは一応知ってるわよね」


「何回かは入ってるしな。大丈夫だ」


 あそこか。名前の通りさほど大きな部屋ではないが、小物の格納くらいならどうにかなるということか。実際、確実に安全に保管できる場所と考えると、あそこくらいしかないか。


 7対3くらいの配分で荷物を分けることにして、さっさと保管場所へと向かう。


「それにしても、何で生徒会がこういう物品管理もやってるんだ?」


「そうねえ」


 先ほどの冷凍庫には大きく『2年6組』と書かれた紙が貼られている。すでにいくつかの荷物が会議室に置かれていたが、そのいずれにも学年とクラス名が明記されていた。今ふたりで持っている段ボール箱にも同じように学年と組が書かれている。


 こうざか高校の学校祭では、消耗品では無い物品の購入あるいはレンタルをする際には必ず生徒会へ書類申請を行うという決まりになっていた。もちろんウチのクラスも半月程前に関連書類を提出していて、間もなくそれらも届くことになっている。


「昔、好き勝手に発注した結果、先方と少し問題になったことがあるらしくて」


「へえ……。随分と派手なことをやってくれやがった先輩も居たもんだ」


「言い方」


「おぉっと、失敬」


 まぁ、そんな感じだろうとは思っていた。『自由』を笠に着て好き勝手やられると次の世代の『自由』の範囲が狭められるというのは、この世界の悪いところだと思う。


「で、致し方なく生徒会が一部を斡旋するようにして、管理もいっしょにやるようになったらしいわよ」


「なるほどねえ……。まぁ、あんな冷凍庫みたいなヤツをそれぞれのクラスの教室に置いたままにするわけにもいかないしな」


 普段の授業で使っている机や椅子を置いたままであのサイズの筐体を教室に入れるのは、さすがに無理がある。管理などがまずくて汚損や破損があっても問題だ。恐らく今の形式になったのはその辺りも影響しているのだろう。


「あ、そうそう。木曜日くらいからはとくにヤバいことになるらしいから、先に伝えておくわね」


 木曜日――と言えば、学校祭開幕前日。


 なるほど?


「ははぁ……。だから準備委員もその日からぶち抜きで駆り出されることになってるのか」


「スケジュール把握ありがと。さすが朝倉くんね」


「ヘンな持ち上げ方は止めてくれ」


 背筋に冷たいモノが奔るから。


「いや、気になってたんだよ。作ってた装飾物を実際に飾るのって前夜祭の日だろ? 何でその前の日から作業が入ってるんだろうな、って思っててさ。そのわりに詳しい作業内容は未定になってるし」


 しかし、そういうことなら理解できる。何がどういう順番でやってくるかまでは把握できないのであれば、その辺りを詳細に書くことはできない。


「……気が滅入るぜ」


「これからだってときに、何を言ってるの」


 冗談めかしていえば、苦笑いが返ってくる。慣れたモノだ。


「さっきも、完全に変なこと言われたしな」


「ああ、あのふたり?」


「そう」


 ため息交じりに答えれば、立待月は少し楽しそうに笑う。


「でも、何だかんだ言って慣れてきたでしょ?」


「……不本意ながらね」


 件のふたりもそうだが、ウチのクラスの連中――とくに陽輔とか光太あたりからのイジりに対しても、割と平然と対応できるようになってきているとは思う。散々『慣れるわよ、そんなもの』と立待月から言われ続け、俺も頑なにそれを認めようとはしなかったが、ここに来てとうとう俺も年貢の納め時なのかもしれない。


「不本意なの?」


「そりゃまぁ」


「ふ~ん……。私は別に、悪いことじゃないと思うけどね」


「そうかぁ……?」


 良からぬ方向に誤解をされるのは、立待月にとっても迷惑だと思うのだが。


 雑談をしている間に目の前には小会議室。適当な場所に荷物を固めて一息吐く。


「しかし……」


 周りには誰もいない。話すなら今だろうか。


 そもそもこの作業に俺を連れ出したということは、立待月ももしかしたらこの話をしたがっているのかもしれなかった。


「特に何も無かったな」


「……そうね。何も無いに越したことは無いけれど」


 トークテーマは当然だが、自転車ふたり乗りをキメたの帰り道。なかなか俺たちでタイミングが合わず、宙ぶらりんになっていた話題ではある。


 結局あの後――無事の帰宅を果たした翌日以降のことだが、本当に何事も無かった。おかしな襲撃に遭うことも無ければ、背筋を凍らせるような得体の知れない気配に怯えるようなこともなかった。至って平和な日々。言うなれば、プール脇での一件を迎える前までの生活にも似たような日常だった。


「立待月に何事もなかったから良かったモノの……」


「へえ、心配してくれてたんだ?」


「……悪いかよ」


 心配なんて、しないわけがない。


 それを口に出すのは憚られるので、精々勝手に察してくれればいい。俺はそっぽを向きながら、立待月がどう捉えようがそれは立待月の自由だと思うことにした。


「あ、……そう」


 何だか微妙で曖昧な声が返ってきた。そちらの表情を盗み見ることもできない俺は、そのまま話を続けることにした。


「しかしな、本当に何も無かったんだよな……。何かしらは起きると思ってたんだけど」


「一応私、あま会長の動きは張ってたのよ」


「助かる。……俺にはさすがにそれはできないからな」


 会長の前に姿を晒すのは、いろいろな意味で危険である。


 それはさておき。


 俺たちが会長をマークしている理由は、謎の襲撃を受けた後の休憩を終えた直後に会長と遭遇したからに他ならない。あのタイミングはさすがに完璧が過ぎる。不自然なくらいの完璧さだったからだ。


「でもねえ……」


「どうした?」


「その後、何にも報告できるようなことも無くてね。あまりにも普通で。……楽器の練習くらいはしてたけど」


「……ああ、やってるんだ生徒会バンドあれ


 明らかに立ち消えになりそうな気配だったのに、案外どうにかする気持ちはあるらしい。


「あ、そうだ。コレのことを言うのを忘れてたわ。言った気になってた」


「ん?」


「ちょっと待ってて」


 立待月は思い出したように小会議室から飛び出していくと、小さな鍵を携えてすぐに戻ってきた。


「何それ」


「ここの鍵」


 彼女が指したのは明らかにまともに使われていないような棚の、小さな引き出しの鍵。


「朝の間に来て入れておいたんだけど、やっぱりココで正解だったみたいね」


「……まぁ、誰も気に留めなさそうだしな。で? そんなところに何を仕込んだんだ?」


「コレよ」


 自信満々な顔をした立待月は、俺の目の前に右手を突き出した。


 ええっと――。


 ――何も、ありませんが?



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