2. 光
§3-13. 天使とそのお付きの執事
学校祭本番まで1週間を切り、校内はほぼ学校祭一色。6月の定期テスト以降漂う空気自体はすでにその一色だった気もするが、それとこれとは少し違う。ガチで、学校祭という色に染め上げられている感じがしている。中学校の学祭とはレベルが違う。
部活の時間も定期テスト直前と同程度に短縮されている。否、短縮と言うよりは圧縮という方が近いかもしれない。バドミントン部で言えば感覚的なところが大きな部分を占めるようなショット練習を重点的に行うだけで、後はほぼ強制的にクラスでの準備活動に向かわされるような状態だ。
それだけ準備もあらゆる部分で佳境を迎えているというわけだった。
「そっちの……あ、そうそう! そのパーツを!」
「はーい」
「さんきゅー」
今日の俺は学校祭準備委員会としての活動がメインであり、オンリー。部活は泣く泣くお休みと行ったところ。作業が早く片付けばギリギリ間に合うかもしれないが、ひとりで焦っても仕方ないし意味も無い。目の前の作業をしっかりと終わらせていくことが大事だ。
校内装飾用のパーツ作りももちろん佳境。最後の仕上げに入るところ。今日は正面玄関前を貸切にするような感じで、今まで作ってきた装飾パーツを仮組みする作業だ。
「これが校門のところにドンと置かれるわけかー……」
「そうだよそうだよ、
「ですねえ」
ゲートの天辺あたりのパーツが取り付けられたところを眺めていると、いつの間にか隣に来ていた生徒会長――
今日までこの作業は雨夜会長と俺のツープラトン体制を維持したまま進んできたが、結局何事も無くここまでやってこられた。会長が持つ
そんなことを思っている間に会長は直ぐさま自分の持ち場へと戻っていった。俺のひとりごとに付き合うためだけにこっちまで来たのだろうか。何なんだろう。
ちょこちょこと作業の質問を受け、それに答えつつ、淡々と仮組みが完成していく。思ったよりも早いペースだ。周りもそれに気付いたのか、少しずつだが雑談の度合いが増えていく。
「……ん?」
これは、ちょっと微妙な問題発生。
サイズに微妙なズレがあるせいで、ハマらない。ヤスリをかければどうにでもできるレベルだが、今の内に応急処置をした方が良いだろう。
「ヤスリ……?」
今あったっけ?
「朝倉くん? 何か捜し物?」
これまたタイミングバッチリ。声をかけてきたのは
もちろん今日も朝から彼女と
「ああ、……えーっと、ちょっとヤスリが欲しいんだけど。目の粗いヤツと一番細かいヤツがそれぞれひとつずつあれば」
「これかしら?」
「あ、それそれ! めっちゃ助かる!」
こうなることを予測していたくらいの準備の良さだが、今日の立待月はそういう立ち回りだ。細かい調整が必要なシチュエーションが発生すれば、即座にそれに応じた道具を渡してくれる。こちらが訊ねる必要もなく、彼女の方から言ってくれるのがまたありがたい。
今日はずっとこんな感じだ。果ては飲み物まで提供してくれている。こっちの喉の渇きさえも熟知しているのかと。運動部のマネージャーでこんなことをしてくれたら有能の極。選手としても間違いなく優秀だろう彼女は、サポートに回っても優秀らしい。
「ねえねえ、朝倉くん」
「なあなあ、朝倉くん」
「……何だ?」
1年生の準備委員の男女が揃って声をかけてきた。隣のクラス――立待月のクラスメイトだ。その顔には笑顔がキレイに貼り付いている。ウラは見えない。
「仲良いよねえ」
誰と――ということを付け加えてこないあたり、俺が何かを滑らせることを待っているらしい。とはいえ状況的にも判りきっているので話には乗ってみる。そういう感じの間柄でもあるし。
「そういうのではないな」
「おっと、意外な方向に断言した」
そりゃそうだ。意外かどうかは知らないが、簡単には行ってやらないぞ。何せ、虚偽報告などをしたら俺の命が危うい。
「でも一部では言われてるよね」
「何て?」
「……良いの?」
あー、何か察したぞ。
「さては『女王と召使い』ってか?」
「違う違う。『天使とそのお付きの執事』って」
「執事ぃ?」
タキシード着ているイメージなんて俺には無いだろうに。
まぁ、
「『召使い』って。朝倉くん、立待月さんにどういうイメージ持ってるんだよ」
男子の方の準備委員が笑いながら言う。
そうかそうか、君は立待月瑠璃花にまだ幻想を抱いているのだな。
たしかにアイツ、外面は良さそうだもんな。俺も実際最初はそう思っていたし。
「そりゃあまぁ、そういうイメージだよ」
だからこそ俺が思っている内容の、上澄みだけを攫ってその雰囲気だけを伝える。
「朝倉くん、コレで大丈夫かしら?」
「お」
そんなことを言っていたら
「あ、それそれ。ありがたい」
「いえいえ。……それ、支えておく? 誰か持ってた方がやりやすいでしょう?」
「いいの?」
「もちろん」
「じゃあ、よろしくお願いします」
――怖い。
あまりにもすんなりと依頼が通るのが怖い。
そこのふたりは「ほら、どこが召使いだ」的な顔をしているけれど、だから怖いんだよ。普段の立待月瑠璃花を知らないからそんな顔が出来るんだよ。
「そういう感じで使って行くのね」
「……へ?」
「それ」
立待月は言いながら俺の手元を示す。
「ああ、これね。小さい鋸とかでやってもいいけど、微調整レベルだから粗いので一気に削ってしまって、それを滑らかにした方が良いかなって」
「なるほどねー」
「よし、たぶんオッケーだと思うんだけど……」
先ほどの部分に宛がってみれば、きっちり。一発勝負でやってしまったが問題無く終わってよかった。これで大枠の作業は終わり。あとは誰かが先陣を切らねばならない作業は無いはずだ。
「あれ? 朝倉くん、今の作業ってもしかして目検討でやった?」
「あ、バレた」
「マジかよ……」
ちょっとしたスキルが伝わって何よりである。
「手が空いてる生徒会役員さん、居ますかー!」
やや大きめな声がかかったのはそんなタイミングだった。
「どうしましたか?」
早速反応をしたのは立待月だった。
「えっ、と……、物品の搬入があったのでそれを案内してほしいということで……」
「だったら私が行きますよ」
「あ、でも……」
立待月が当然のようにそれを請け負おうとしたが、呼びに来た生徒の顔は少しだけ曇った。
「何か問題が?」
「いえ、その、少し大型の荷物もあるので、男子生徒が居た方がと言われていて」
「なるほど……」
どういうブツなのかは俺には判らないが、先方から男手を要求されるということはそこそこの重量感があるモノということなのだろう。とはいえ、今手が空いているのは――。
――あ。
やばい。
今、
「だったら、朝倉くん。今大丈夫かしら?」
ホラ来た。
「たぶん、大丈夫……か?」
「大丈夫だぞー」
「いってらっしゃーい」
例のふたりがニヤニヤしながら、早速俺を追い出しにかかる。
何だコイツら。
――ちなみにだが、後から立待月に訊いてみたところ、あのふたりは幼なじみ兼カップルだそうで。何だかいろいろと納得してしまった。
仕方ない。女王陛下のお望みには従わねばなるまいて。
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