§3-32. 未来の話に笑む者
「……ん? 来年?」
ああ、もう。それは狙っているのか、何なのか。
「ということで、さっき本人の口から聞かせてもらったけれど、今度は改めて僕の方から訊かせてもらおうかな」
雨夜会長は満足そうな笑みをこれっぽっちも隠そうとしない。話の流れを完全に掌握するこの男は、立待月にすべてを理解してもらうためにその流れを動かしにかかった。
「
「え?」
再度こちらを向いた立待月の目はひときわ大きくまん丸に見える。吸い込まれそうになるくらいだ。
「え? ……ちょ、え?」
完全には理解しきれていないどころか、逆にパニックに陥りそうになる立待月。ちょっと面白いのでこのまま泳がせてみようかとも思うが、時間の無駄になりそうな気もする。
「待って、朝倉くん。話って、
「そういう話なのかと訊かれれば、
「……ホント?」
ホントだぞ――と答える暇までは与えてもらえなかった。
ぱんぱんと2度の拍手。俺たちに向けての会長のアピールだ。
「朝倉くーん。イチャつくのは後にして先に答えてもらえるかな~?」
「あ、すんません」
「イチャつくの部分は別段否定しないんだ」
「質問に答えてもイイですか?」
「どーぞ」
折れないな――と小さく呟く会長。聞こえてますよ。会長がそういうことを狙って言ったということも解ってるつもりですよ。
まぁいいや。答えを出そう。
思えばこの2ヶ月弱、
「朝倉くん」
「はい」
「生徒会には」
「入ります。よろしくお願いします」
深く一礼。
小さく息を呑む音が聞こえて――。
「ありがとう!」
――それはあっさりとかき消される。
「いやぁ、待ち望んだ時がやっとやってきたね!」
ぶんぶんと容赦なく振り回される俺の両腕。
いや、あの。
抜けます。肩。
もうちょっと、手加減的なアレを、ください。
「会長、それくらいにしてあげてください」
「おおっと失礼」
立待月に制止されてようやく俺の両腕が解放される。無事に。ホントに、無事に。五体満足で帰って来られないかと思った。
「ありがとな」
「こちらこそよ」
「ん?」
「こっちの話。大した話じゃないわ」
今度は俺が話の流れを掴み損ねる番だったが、本人からそう言われればとくに問題はなさそうな気もするので放置。
――と。
「ん? 何それ」
「握手でしょうよ」
いきなり右手を差し出されて何事かと思ってしまった。
そういうことならば。
「じゃあ、改めてよろしく。朝倉くん」
「こちらこそよろしく」
最低な遭遇をしたあの日から考えれば相当な進歩だと思う。6月初頭の俺が見たら絶対に驚くだろうな。
「僕からも『ありがとう』を伝えさせてくれ」
生徒会バンドの演目が終わったときと同じくらいの笑みを浮かべた会長までそんなことを言ってくる。その瞳の奥には先ほどまでと少し違った色が宿っているように見えた。それが具体的にどんなことを指しているのかは解らないが、何か重大なモノを含んでいるような――。
「……ん?」
「何だい?」
「会長、その後ろ手に隠しているモノは何です?」
パッと見では小冊子のようだが。
「ああ、これかい?」
待ってましたと言わんばかりに会長はそれを俺に見せつけてくる。
敢えて、裏表紙側を。
先日俺が立待月にこき使われて製本した書類にも似ているが、よく見れば違う。やたらとポップなデザインになっていた。
「何です?」
「これね、夏休み中にある『生徒会親睦会合宿』の
「はぁ……。は?」
伝説のロック歌手が歌う曲名みたいな反応をしてしまった。
「ちなみにだけど、他の部活動の夏合宿とは一切重ならないように日程が組まれているから、朝倉くん含め部活掛け持ちをしてる生徒も安心安全に参加出来るようになっております」
さらりとした説明とともに、俺は枝折を握らされた。
――俺はまた、自らオカしなところに土足で踏み込んでしまったのかもしれない。
〇
安全な帰路というのは何時振りになるのだろうか。6月に入って間もなく俺は胃痛を抱え始めているのでテスト期間直前以来になる、というのが正解になるだろうか。
日数だけを考えれば長かったように思える。体感としてはどうだろう。長かったような短かったような。何とも表現のしづらい不思議な感覚だった。
隣に立待月が並んでいても、とくに何とも思わなくなってしまったことも不思議だった。ウワサでは聞いていた『学園の天使』をぼんやりと知っているだけだった時期の記憶が薄れているくらいになっていて、少し笑えてくる。
その立待月も、俺も、校舎を出てから何も話していない。俺が押す自転車の音だけが聞こえるくらいに静かだった。
「黙ってるけど、どうした? 疲れたか?」
話題を振らないのも変な感じがした。
「まぁ、……そりゃあね」
「珍しいな」
「それ、どういう意味よ」
「普段からタフな感じを
そう、実際は完全無欠のタフではない。わりとしっかり打たれ弱いところもあると知ったことも、立待月をウワサだけで知っていた時期には想像できなかった。
「な~んか、いろいろとありすぎて」
さらに詰問してくるかと思ったが、立待月もどこか納得したらしくそれ以上訊いては来ない。夜空を見上げながら呟いた。
「学祭とか?」
「それもあるけど、それだけじゃないわ。主に、先月くらいから」
――先月、と言えば。
「解ってるくせに」
「さぁね」
俺が敢えてはぐらかすと、立待月はじっとりとした視線を向けつつもため息を織り交ぜながら微笑んだ。
「要するに、貴方と会ってからってことよ」
「……ぉぅ」
ふわりとした笑みと併せて、破壊力がエグい。
狙って言ってるのか。わざとなのか。
「それは、悪い意味でか?」
だから、うまく躱しきれなかった。ヘタクソな返しだ。
勝ちを確信したのか、立待月はさらに続ける。
「最初はね」
「……あ、そスか」
やっぱりか。だろうとは思ったけど。
「でも、本当に最初だけよ。今は全然」
「それは慌てたフォローとかではなく?」
「朝倉くんがそういう捉え方をし続けるんだったら、別に構わないけど?」
「すみませんでした」
「解ればよろしい」
本音で言ってくれたらしい。こっちも別にウソだと思って訊いたわけではないが、何となくむず痒さのようなモノを覚えてしまったんだ。
――こういうのも慣れていく時が来るのだろうか。
「むしろ私は、貴方のことを知れて良かったと思ってるわ」
「……そこまで言ってくれるとは思ってなかったぞ、マジで」
「前も言ったけど、朝倉くんは自己評価を高くしてイイと思うんだけどね」
「悪いな。テストの自由記述欄の自己採点も辛めに付けるタイプなんでな」
癖になってんだ、斜に構えるの。
――こういうのは慣れていったらダメなんだろうな。
立待月に会ってからちょっとだけ改善できているとは思っていたが、まだまだらしい。
「じゃあ、朝倉くんがもう少し自分に甘くなれるように見ててあげるわよ」
「……あざす」
「ちょっとは喜んでくれない?」
もはやじゃれ合いのようなおしゃべり。少しだけ前向きな言い方をすれば、これも嬉しい誤算のようなモノだ。
クスクスと互いに笑い合ったところで、立待月が右手を差し出してきた。
「そんなわけだし、改めてよろしくね」
「……握手はさっきもしたろ?」
会議室の一幕。
「あれはあれ。これはこれ。……会長の視線もあったし。こっちが本番っていうか何て言うか」
哀れ、雨夜会長。
「ちょっと違うわね。……あれは生徒会役員としての歓迎で、これは本当に『改めてよろしくね』ってことの握手よ」
なるほどな。たしかにそういう風に考えれば意味合いは変わる。
「じゃあ、……こちらこそよろしく」
「うん、よろしく」
明らかにさっきより握る手の力が強い。
「頼りにしてるからね」
立待月の笑みは、知り合って以来見た中で最高に
俺にしか見えない戀緋色の翼 ~学園の天使の背中には正真正銘の羽根がある~ 御子柴 流歌 @ruka_mikoshiba
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