§2-14. 伏魔殿に潜む謎


「それにしても、って話だ」


「何がかしら?」


 一度コーヒーで喉を潤して、少し間を空けることにする。


 こういうときに間というモノはとても大事になる。相手のペースに乗せられて話したところでこちら側にとって良いことは少ない。

 とくに今回のように、相手が俺を引き入れようとしているとか、何らかのアクションを起こそうとしている側であるならばなおさらだ。


「そもそもそこまで俺なんかを推すってことには、何かしらの理由はあるのか、って話だよ」


 この話をしていく上で、根っこになっているだろう部分はそれだ。とてもシンプル。この上なく単純な話だ。


 ――どうして俺なのか。コレに尽きる。


 俺からすればふく殿でんのようにも感じてしまうとすら言える――かもしれない(ちょっとだけボカしておく)のがこうざか高校生徒会だ。

 ウワサレベルでしか耳にはしていないが、生徒会役員は基本的に勉学優秀でありながら運動もできて見た目も良い、いわゆる完璧超人然とした人間が集まっているという話。


 そんなところに、俺のような平々凡々タイプが入り込んでイイものかと、思わないではなかった。


「手当たり次第に声をかけてるってことなら、是が非でも俺以外の誰かを当たってほしいんだが」


「そんなわけないでしょう」


 口篭もる様子など一切見せないは、完全に呆れたような顔を俺に向けている。


「私が他の誰かを生徒会に勧誘しているところを、貴方はどこかで見ていたかしら?」


「……俺が見ている範囲では、記憶にはないな」


 ――というか、立待月はそもそも俺のお目付役のような具合で、学祭実行委員の活動をしているときは少なくともほとんどの時間を俺の近くで過ごしていると言っても良いだろう。だから、実行委員活動の間では、誰かを勧誘しているところなんて見たことはなかった。


「随分と疑うのね」


「そりゃあそうだろ」


 だから、そこを敢えて強調してみた。何せ俺と立待月はクラスが違う。交友関係も当然違う。そちらにはそちらのコミュニティやソーシャルがあるわけで、だったらそちら側での勧誘活動もあるのではないかと思うことは何ら不思議な事ではない。


「じゃあまずはあさくらくんの根本的な勘違いからしてあげないとダメみたいね」


「……ほう?」


 もう一度コーヒーに口をつけ――、


「そもそも生徒会は、朝倉くんが思っているほど個人の勧誘をしていないわよ」


 ――ようとしたところで、立待月が話し出す。なるほど、さすがコイツは解っている。


 話の主導権はお前にないと示す行為の重要さを、しっかりと解っている。


「もちろん学校祭とか、生徒会といっしょに組んで行う活動で『この人は出来そうだ』と思えば、生徒会内部で承認を取った上で勧誘してもいいことにはなっているけど……」


 そこまでで、一旦立待月は苦笑いを浮かべながら、甘い甘いモカを飲む。


「ハッキリ言って、そこまでの人はほとんど居ないのよ。基本的にはやる気のある生徒が生徒会室の扉を叩いて加入していく流れだから」


 そりゃそうだろうな。今までに見てきた生徒会だって大体はそんなもんだ。基本的に委員会は誰かしらの他薦でやらされるモノだ。


「ってことは、何か? 俺は『出来そうだ』と思われる人間だったと?」


「そういうことよ」


「生徒会役員の目は節穴か? 話は何度でも戻すが、何で俺なんだ?」


 自分の眉間のシワが深くなっていくのがわかる。ここで簡単に折れる俺ではない、たぶん。どうにも分は悪い感じもするが、即断即決できるような中身でもない。


 しかし、立待月も立待月で折れない。むしろどことなく余裕すら感じさせるような微笑みを浮かべてきたもんだから困る。


「朝倉くんって、案外自己評価低いのね」


「……ほっとけ」


 イジるためかよ、チクショーめ。


「わりと評判良いんだから、朝倉くん」


「……マジに?」


「ええ。とくに先輩たちから」


 解らんモンだ。


「……まぁ、立待月からの評判はアホほど低いけどな」


「え?」


 しかし、何だか癪に障るのでここらで立待月の不意を打ってみる。


「……あ、あれはぁ、その……。ほら、『仕方なく』よ」


 何がだ。


 しっかりと慌てているせいで、何が言いたいのか全く解らない。


 動揺するということは? ――なんてさらに煽ってもみたくなるくらい。


「『見張っておかないといけない』みたいなことを言ってたヤツに言われてもねえ……」


「その件については、当然謝るわ」


「え?」


「撤回させてほしいとは言わないわよ。言ってしまったのは事実だし、それは替えられないモノだと思うから」


 あれ、そうなの? 少し意外な展開になってしまった感。


「いや、まぁ……。別にそこまでは……」


 俺としてはそこまでのことを求めていたわけではない。


 ただの意趣返しだ。良いように言われるのもイヤだというだけの気持ちから出てきたセリフだ。だからそこで立待月に謝られるというのは本意ではない。


「俺としても命助けられているわけだし、その恩に報いるって意味なら借りがあるわけだし……」


「あ。そういう風には受け取らないでおいてほしいのだけど」


 言ってから『墓穴を掘った!』と思ってしまった。わざわざ漬け込ませるための隙を見せたような感じもあったが、立待月はそこを敢えて否定してきた。しかも、かなり強めに。


「……『絶対に』?」


「ええ。絶対に、よ」


 あの時にもよく似た、強い意志を感じる眼差し。そのまま吸い込まれそうな感覚。


 思わずコーヒーに手を伸ばそうとして、汗がいたグラスの水滴に思いがけず寒気がした。


「だったら……」


 俺はどうするべきだろうか。


 少なくとも当初の目的だった『少しでも立待月が持っている俺の悪印象を無くす』というミッションは、早くもある程度完了できていると見ても良さそうだ。あの時の彼女の言動を突いたら一瞬で反省の態度を見せてくれたあたり、この考えにそこそこの妥当性はあると思われる。


 だったら、もうこれ以上コイツらと密接に関わり合いを持つ必要はないだろう――とは、何故かならなかった。不思議な感覚だった。


 学祭が終われば後は部活に全力投球となる夏本番が待っている。夏休みに行われる合宿の日程も既に受け取っているし、参加費用も工面してもらっている。懸念材料なんかこれっぽっちも無くなる――そのはずなのに。


「ちょっと返事を保留させてくれるか。考えたいことがある」


 何となく。


 ただ何となく俺は、この立待月瑠璃花という存在を切り捨てることができなかった。


 だからこそ、イエスともノーとも言わなかった。言えなかった。


「ええ、それで全然問題無い。充分よ」


「恩に着る」


「こちらこそありがとう」


 謎に感謝を告げ合って、同時に飲み物に口を付ける。


 結局飲み干すタイミングまで同時で、どちらともなく席を立った。


「ちなみに、色の良い返事は期待しても良いのかしら?」


「……どうだろうな」


「だったら私は、しっかり貴方に入ってもらえるようにしないといけないわね」


 そう言って勝ち気そうに笑う立待月には、既に何か俺を巻き込むための名案が浮かんでいるのだろうか。恐ろしい。俺はまだこの勧誘をウマく断る文句の書き出しさえも思い浮かんでいないというのに。


 ――だが、まぁいい。


 とりあえず何かしらの判断は先延ばしにできた。今はそれでいい。それだけでいいはずなのだ。


 本当に何となく、全く根拠なんて有りはしないのに、どうにかなるんじゃないかという感覚が俺にはあった。


 それぞれの会計を済ませて喫茶店を出る。


 軽やかなドアベルの音とともに、新しい夏が始まったようだった。


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