§2-13. ウラの事情


 それにしても喫茶店『ルビィ』、コーヒーが美味しい。


 どう美味しいかと言われりゃ当然困るので詳細な食レポなんて期待しないでほしいのだが、足りなさすぎる語彙力でどうにかひねり出そうとするならば『スッキリとしていてとても飲みやすくて、夏の暑いときにもピッタリですね!』という具合だろうか。

 これでぜひとも満足していただきたい。


 何はともあれオトナの皆さんに言いたいのは、これがきちんとした喫茶店で飲むコーヒーというヤツなんですね、ってことだった。たまの贅沢には持って来いかもしれない。そして、俺はもしかしたらこういうモノにハマってしまうかもしれない。


「ちなみにだけど」


「ぅあん?」


 イイ感じに良い気分になっていたところで、が何か言ってきた。注意力散漫だったせいで反応がおかしなことになる。


「うっわ、機嫌悪」


「……違うっての」


 危うく咽せそうになった。


 文句ありげな言い返しに聞こえたらしい。そう考えればたしかに。ちょっとだけ反省はしておく。少しだけ心を落ち着けて、改めて一口運んでから、立待月へしっかりと答えることにする。


「美味しくて勝手にひとりで良い気分になってただけだ」


 実際そんな感じだ。少し浸りすぎた。かっこつけてんじゃないわよ、とか指摘されると実にイタいところだった。


 ただ俺が懸念していた反応は見せず、むしろ俺の言った内容には満足したらしい立待月はすぐさま機嫌を直して、コーヒー豆のチェックらしきことをしていたマスターに問いかけた。


「あ。それ嬉しい。ね、マスター、今の聞いてた?」


「もちろん。ありがとうございます」


 穏やかな笑みを向けられる。いやいや、こちらこそありがとうございますの世界。


「ぜひ、これからもおふたりで」


「あ、いえ。ひとりで来ます」


「ちょ、何でよ」


「落ち着きたいからだよ」


「何それ。まるで私の落ち着きがないみたいな……」


 ――割とそう言ってるんだけどな。


 まぁいい。ハッキリ言いすぎるのもきっとよくないタイプの話題だ。


 マスターは楽しそうに微笑んでいるのだが、立待月はそれに気が付かない。


「ってことは、何か。立待月は俺と来たいのか」


「……っ! いや、別にそういうことじゃないけど」


「だったら俺はひとりで来る」


 こんなところまで見張りに来られても困るというか、イヤというか。――そこまでは無いか、さすがに言い過ぎだった。


 ただ少なくとも、ひとりで来るよりはたぶん落ち着かない。立待月に向けられがちな周囲の視線の巻き添えを食っている感じがしてどうにも慣れないのだ。今もチラチラと背中に視線を感じている。日頃から誰かしらからの注目を浴びていると少しは鈍くなるかもしれないが、そうじゃない一般ピープルにはキツイ。精神的にクるのだ。


 何となく不満気になった立待月は、カフェモカを飲み改めて話し出す。ここのコーヒーにはリラックス成分が他より多く含まれているのだろうか。


「私はね、貴方のおかげで結構助かっているのよ最近は」


「……そりゃあ、まぁ。ねえ」


 イイ感じに手下扱いされている感じはあるから、頭領ボス側としては助かるだろうよ。タダ働きだし。労いの意味を込めているのならば、こういうコーヒーブレイクなら何度あっても構わないのだが。


 ――いやでもやっぱりひとりがいいわ、うん。飲み物代だけ渡してくれれば何も文句は言わない。


「生徒会寄りの仕事も手伝ってもらえてるし」


「あ、やっぱりアレとかアレとか、全部そっち側の仕事かよ」


 知ってた。そりゃあ知ってたよ。『こうざか高校生徒会』の判を捺す作業が生徒会の仕事じゃないはずがない。一旦目を通された書類にまとめて捺すだけと言われればそれまでで、たしかにそれだけなら『誰でも出来る作業』ではあるが、それだってふつうは生徒会の庶務とかいうあたりの人が担うべきであって、ただの学祭実行委員がやっていいとは思えなかった。


「俺に手を汚させないでくれ」


「ウチの生徒会を勝手に反社扱いしないでもらえる?」


「末端には何をしているのかわからんような大事をいつのまにかやらせてるんだから、だいたい似た様なモンでは?」


「ホント失礼ね……。まぁでも、そこまでカタいことは言わないで。……あ、チーズケーキとか食べる?」


「何それ。口止め料のつもりか? ……さすがにそこを出してもらう気まではないけど」


「あら、いいの? 別に否定はしないけど」


 さっきメニュー表を一通り見たときに正直気になってた、ベイクドとレアの2種類のチーズケーキ。食べ比べなんてのも気軽に出来るらしい。このコーヒーにも合いそうだし、立待月の頼んだカフェモカにも良さそうな雰囲気だ。


「……今日はいいや」


 我慢すると決めたので、それは曲げない。ただの頑固だ。ポリシーとかそういう類いの高尚なモンじゃない。


「あれ? 甘いのダメ?」


「むしろ好きな方」


「だったらイイでしょ」


「今日はいいかなぁ。……っていうか、一応これお遣いの時間であって、放課後活動中じゃねえの? 良いのかよ、役員さん」


「まぁまぁ、そこまでカタいことは言わないで」


「待て。これは千日手になる気配」


「そこで『いたちごっこ』とかとは言わないのね」


 意外に思われた。


「とにかく。少なくとも私はすごく助かってるのよ」


 うんうんと何かを確認するように頷きながら立待月は言う。


 びっくりするほど最悪だったところから考えれば大躍進じゃないか。よくここまで人間としての評価を戻したと思う。勝ち筋なんてどこに転がっているか解らないモノだ。


 ただ――何だろう。


 やっぱり少し嫌な予感はする。


「で。相談……というか提案なんだけど。……あさくらくん、生徒会に入ってくれる気は無いかしら?」


「……おおぅ」


 そういう方向かい。


 ――そりゃそうか、あの話を不特定多数の他人がいる状況下でするわけがない。それくらい立待月なら考えているはずだった。


「エラい直球で来たな」


「あら。ここでわざわざ変化球を投げる意味はあって?」


 口調はエラく挑戦的だった。お嬢様風味の口調がまた似合う風体なのがちょっと腹立つ。


「まぁ、無いだろうなぁ……」


「こういうタイミングでの変化球なんて必要無いもの」


 そもそも立待月の性格上、わざわざ遠回しな言い方はしてこないだろうなという予想ができる。しかも、とても簡単に。今までの言動を考えれば容易いことだ。


「それで、どうかしら」


 かなりのプッシュ具合を見せてくる立待月。


「要するにこれは生徒会からのオフィシャルなスカウトということでいいのか?」


「問題無いわよ」


「……こういうことって、あるのか? その……、実行委員とかからの採用とか」


「あると聞いたことはあるわ。だから私もやってみた、って感じよ」


「なるほどね」


 それぞれの役員のお眼鏡に適ったのであれば、人材の追加をするのは問題無いということなのか。意外とウチの生徒会は柔軟らしい。自主性があるといえば、きっと聞こえが良いタイプのヤツだろう。悪く言えば――まぁ、そんな必要はないか。止めておこう。


「それで?」


「断ろう」


「あら、即答。どうして?」


 即答への応答も当然のように早かった。


「部活やってるけど」


「あら、それは全然問題ないわ。兼任可能だもの。どうしても来てもらわないといけない日っていうのはもちろんあるからその日はごめんなさいだけど、他は当然それぞれの活動や事情を優先してもらっていい」


 生徒会のことなんて気にもかけたことはなかったが、そういう方針になっていたらしい。知らなかった。知ろうとすらしていないのだから当たり前だ。


「……ま、だからこそたまに人材不足になるんだけれど」


「ああ……」


 なるほど把握。だから朝のあんなタイミングで俺を引き入れたということか。遅刻スレスレな輩でもないわりにヒマしてることがあるから――ってことか。



 しかし――なぁ。

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