§3-30. 真相と心情


「え? ……は?」


「理解不能って感じをそんなに解りやすく表現できるなんて。あさくらくん、演劇のセンスあるんじゃない?」


 いやいや、全然そんな余裕はない。


 こっちはガチで何の理解もできていないという話で。


「じつまいっていうのは、つまり実の妹ということで? えーっと?」


「つまり、同族と言うよりは身内と言った方が正しいよねってことかな」


 あっけらかんと言われる。


「……マジですか」


「マジですよ?」


 言い切られる。


 それを一番よく知る者からのカミングアウトのはずだ。


 だが、それでも、やっぱりどこか信じられないでいる。


 本当は信じない余地が残されてないくらいのことなのに、信じないのがむしろ正しいような。あまりにも不思議な感覚が俺の周りで渦を巻いていた。


「マジなんですか」


「話が進められないから、そろそろ朝倉くんには僕のことをもう少し信頼してもらいたいんだけどなぁ」


 とうとう会長に苦笑いをさせてしまった。たしかに時間を無駄に引き延ばすだけだ、そんなものに意味なんて無い。番組の山場で挿入されてくるCMで紹介される商品なんて誰も買わないのと同じだ。


「せっかくあの時だってさぁ……。全然僕のことを信用してくれてないから、まるで僕がみたいな感じで見てくれちゃってさー」


「あの時……?」


 いつのことだ? それっぽいタイミングが多すぎて全く見当が付けられないが。


「ふたりとも僕のことを怪しんでくれちゃってね。デートの最中だったみたいだから邪魔して悪かったなーなんてことも思ったりはしたけれど」


 その点は反省だね、などと言い続ける会長。


 デートの最中という言い回しが引っかかるが、それに該当しそうなタイミングなんて――――。


「あっ」


「思い出せたみたいだね」


 ギリギリどうにか。ひとつだけ。


 というか、明らかにあの時不審に思ったからこそ、会長のことをちょっと信用できていなかったというのが俺とにとっての真相だが。


「あの、ホームセンターに買い出しに行ったときの、ですか?」


「ああ、あれはそういうことだったんだねー。てっきり僕は……いや、ごめんごめん。珈琲店でのふたりがやたら楽しそうだったから、これはもうデートに違いないって思ったからさ」


 俺がちょっとだけ目を見開いて威圧するような素振りをしてみれば、会長はそれに乗ってくれた。


「そこまでしっかり見てたんですか、あの時」


「まぁ、後を付けていたというか、見張っていたというか。そんな感じだよ」


 ようやく合点が行った。何でもないような素振りをあまりにも自然な雰囲気を装いながらやってきた理由は、自分の蛮行を隠すわけでは無くその反対――自分の善行を隠すためだったようだ。


「君たちは気付いていないかったようで、その点は良かったかな」


「何かしたんですか? ……ああ、いや、『何かしてくれてたんですか』って言う方が正しいですかね」


「恩着せがましいことはあまりしたくないけど、『してなかった』とは言えないくらいのことはしたよ」


「……ありがとうございました」


 素直に礼を言う。それしかない。


 そうだとすれば、会長も立待月と同じく俺にとっては命の恩人だろうし、立待月にとってもそれは言えることだろう。


「そのタイミングで言っていただけたらもう少し俺たちも……」


 配慮のしようがあったのに――と言いたかったが、ふと冷静になる。気付いてしまう。


「いや、何でもないです」


「朝倉くんって、自分の中で結論を出しがちだよね」


 少々痛いところを突かれる。


「でも、さすがにそれは解りますよ。さっきの件に繋がりますから。……立待月には言えないですからね」


「そうだね。その通りだ」


 何をしていたのかを明確にするためには、ある程度の情報を共有する必要性が出てくる。


 当然だ。何故いきなり命を狙われるようなことが発生し、しかもそれを何故あま会長が助けてくれるのか。それなりの理由が説明されないとこちらも困る。


 だけどそれを説明しようとすれば血縁関係についても触れなくてはいけなくなってしまうかもしれない。それについて会長は、まだ立待月には知られなくない。


 だとすれば、正体不明の援助者として立ち回っておくのが適切だ――と。


「あしながおじさんみたいですね、会長」


「……褒められたと思っておくよ」


「ええ、もちろんです。今後はしっかりと頼りにさせてもらいますし」


 これからはもう安心だ――と思ったのだが、どうやら会長はお気に召さなかったようだ。明確な不満顔を隠そうとしない。


 何か訊いてあげた方がいいのかと思いきや、向こうが耐えきれなかったようだ。


「えー。今まではあんまり頼ってくれてなかったの?」


 えー? だって、生徒会室とかでの諸々を思い出そうとすればするほど、わりとみんなを振り回すことも多めだったから、そこまで頼りになるとは思えなかったんですけど。


 周りを信頼して作業を丸投げできるという点はリーダーっぽさがあるとは思ったけれど、それは敢えて言わないでおこうと思う。


「まぁ、いいや」


 そんな意味を込めた無言を返すと、どうやら少しは納得してくれたらしい。


「僕はこれからも朝倉くんを頼りにさせてもらうけどね」


「……って言っても、学祭が終わればとくに絡むことも無いような気が」


 実際そうだ。というか、この催しが終われば、この関係も終わりだ。


 ――本来は。


「え。入ってくれないの? 生徒会」


「いやまぁ、入りますけど」


「……え? あ、ホント?」


 そうはならないための道を選ぶのなら、話は別だ。


「いつ? いつ決断してくれたの?」


「……先週くらいですかね」


 これでも悩んだ方だ。本当に最初の頃は「マジで何を言ってるの?」としか思えなかったし、これ以上絡まれる理由もないとすら思っていた。何せあまりにも拗れそうだった学園の天使に持たれたイメージを少しでも払拭したいと思ったのが、ある意味の動機だったのだから。


 でも、これは誰にも言ってない。本当に、誰にも言ってないことだ。


「マジかぁ……! いやぁ助かるなぁ。ありがたいなぁ」


 そこまで喜ばれるとは思っていなかったが、そう言ってもらえるのはこちらこそありがたい。


「じゃあ、ますますこれからの我が校と、生徒会と、……もちろんのことも、よろしく頼むね」


「何でそこで立待月も入ってくるんですか」


 それについて文句があるわけではない。


 あるのはちょっとした気恥ずかしさのようなモノだ。


「まぁまぁ。……だって、朝倉くんは瑠璃花の羽根、見えるんだろ?」


「え? ええ。見えますけど」


 突然話が逸れた――ような気がするが?


「……え、それが何か?」


「だって、僕らの翼が見えるっていうことは、だからサ」


「いやいや、そういうことなんてボカされても困りますって」


 ご存知のように、みたいな言われ方をしても困る。『私ってぇ~、XXXじゃないですかぁ~』的トークを展開されても困るのだ。知らんのだ。


「それは、朝倉くんに対する秘密っていうことにしておこう」


「なるほど?」


 全然理解出来ないけど。話の内容も、その話の流れ方も。


「大丈夫。朝倉くんなら絶対解るから」


「そんなこと言われても」


 そんな。そこまで全幅の信頼を置かれましても。


 俺は何の能力者でもなければ、特殊なことができるわけでもない。DIYとバドミントンが好きな高校生でしかない。


「大丈夫だって。あ、でも、その気づき方は解らないけどね」


「じゃあダメじゃないですか」


「いや、それでいい。むしろそうじゃないと困る」


 回りくどいことなんて抜きにして会長が教えてくれればいいのに――と言う感想は野暮だと言いたいらしい。


「どういうことです?」


「朝倉くん自身が気付くかもしれないし、瑠璃花が気付かせてくれるかもしれない」


 ――え?


「だから、、だよ」


 そう言って会長は今日一番の笑みを見せた。

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