§3-29. 翼
不意を打たれるとはまさにこのこと。二の句が継げずにいる俺を、
とはいえ、何となくだが、その笑顔には裏がないような感触はあった。不適な笑みには違いない。何かを秘めている感じも間違いなくある。それでもどこか信用しても大丈夫だと薄ら思わせてくるような不思議な感触があった。
「……そもそも花火が展開されている間は、屋上に入れない。近付くことすら不可能。階段を経由することは今僕らがこうしているから不可能だし、当然……」
言いながら会長は天井を指差す。
「……
「うえ」
思わず鸚鵡返しをしてしまう。どうにも脳みそが動いてくれなくて良くない。
いや、少しでもリアクションを返せているだけマシかもしれない。どうしたって受け入れたくない現実に直面したときには、ニンゲンというモノは都合良く回路をシャットダウンすることができると聞く。今の俺にとっては一部回路をダウン状態にするべきタイミングなのかもしれない。
「ある意味で、これは『あぶり出し』みたいなモノだったという話さ」
そんな俺の状態を見て、なおも会長は話を続ける。
「ターゲットが何なのか、とか。弱点は何なのか、とか。そう言った諸々のことを含めてのあぶり出しだ。……もちろん、君に対しても」
「え」
「今のは鎌掛けのつもりだったけど、綺麗にハマってくれて助かったよ。おかげでやはり君の事は信用できると思ったし、これからも頼りにしたいなと思った次第だ」
何だかよくわからない方向に羽根を生やした話が飛んでいく。誰かからそう言われるのはイヤなわけではないが、この会長に言われるのはちょっとむず痒い。――やっぱろあんまり信用しちゃいけない気がする。本人はそう言われたけど。
「それにしても、
そして、突然矛先を向けられる。
「その反応は、あの件については『やはり』と言うことで理解しても良いのかな」
「えーっと? どの件でしょう?」
あくまでもこちらの腹を探るようなスタンスは崩さないつもりらしい。
だからちょっとだけその矛先からズレてやる。
「まぁ、そういう反応になるよね」
会長も解っていたように笑う。どうにもこの人はこちらの反応を読んでいるような感じがする。恐らくは自分の発言に対する相手の行動パターンをいくつか予測しながら話しているのだろうけれど――って、それができるって相当な頭の回転がないとムリだろうけど。
「じゃあ、こちらからカミングアウトしないとダメだね。……朝倉くんは名乗れと言われたら『相手の名を訊くならばまず自分が名乗ってからだ』と思うタイプみたいだしね」
「あー……、それは確かにそうかもしれないですね」
「『質問を質問で返すな』というタイプでもあるかな?」
「会長、話を進めませんか?」
「おっと失敬」
この人はそれよりも脱線話が多すぎる。
現代社会はすぐさま本題に入っていったり、主人公とヒロインはある程度親密な状態から始まらないとウケないのだ。
「防御術には翼を使ったんだ」
……。
――――…………?
「……ん?」
「屋上への侵入を防ぐために翼を使ったよ、と言ったんだよ」
「…………え」
いきなり本筋に戻られたと思ったら、光速の寄せを決められた気分。
いや、待て。
そんなことが。
まさか。
しかし、現に俺は。
「その感じ、やっぱりだね。朝倉くん」
ほぼ完全に混乱状態の俺を、会長は笑う。
「君は既に誰かの背中に翼があることを知っている。それは合ってるよね?」
一応は無言を貫いてみる。無駄なことは解っているが、それでもせめてもの抵抗の意を示すためだった。
「
案の定だ。
説得力を増すためか、あるいは俺に信じさせるためか、もしくは俺の心を居るためか。
いずれにしても、その名前は強力だった。
「……ええ、まぁ。それなりには知っていると思います」
俺は白状してしまうことにした。
「だと思っていた。そうじゃないと、今みたいな反応にはならないだろうからね」
会長はどこか安心したような顔で笑った。
が、即座にイタズラっぽい表情に変わっていく。
「つまり、彼女にとっての朝倉くんは……そういうことなんだねえ」
「何ですか、その訳知り顔は」
「いやいや、今は関係ない話だからね」
「そこまで思わせぶりなことしておいて……」
「先に話を進めたがっていたのは朝倉くんだよ?」
そうだけど。確かに層だけど。
でも、こんなときだけ脱線防止装置を働かせなくても良いじゃないか。
「とにかく、彼女と同じようなものは僕にもあるということは、朝倉くんに伝えておくよ」
「それは、『ありがとうございます』と返しておくべきなんですかね?」
「君に任せる」
そこでぶん投げるんですか。
「ただ僕は、君にこれを話しても良いと思ったから話した。そういうことは解っていてもらえると嬉しいかな」
「……」
「どうした?」
「いえ、別に」
そういえば――立待月も同じ事を言いながら、俺に自分の翼のことを教えてくれたことを思い出す。
少なからずの信用がそこにあるのならば、俺としては。
「じゃあ、ありがとうございます」
礼を返すのが礼儀だろう。
恐らくそれが正解だったようで、雨夜会長も満足そうな顔を見せてくれた。
「ところで、朝倉くん。改めてなんだが、そんな僕に訊きたいことは無いかい?」
そういう前振りのようなモノだったらしい。明らかに『あるんだろう? 解ってるから遠慮無く来なさい』的な顔をしている。こんなにも解りやすい表情があるだろうか。いや、無い。
思わず反語が飛び出しそうになりつつも、せっかくなので訊いてみる。思いっきり核心を突くかもしれないが、別に構わないだろう。何でも訊いて良さそうな雰囲気を出しているわけだし。
「結局のところ、会長と立待月は、えーっと。何て言うんですかね。同じ……」
「種族?」
「……ええ、まぁ」
どういう風にオブラートで包もうかと思ったら、本人がスケルトン状態で提示してくれた。だったらもう、それでいいや。
「要するにふたりは同族なんですか?」
「んー、まぁ、同族というか、身内というか……」
身内?
それはちょっと、思っていたアングルとは違うところから飛んできた感じだ。
それもそうか、とは思う。
世界広しと言えども、背中に翼を持つ種族なんて鳥類でも無ければ他に何が居ようかという話だ。――実際、トビウオみたいなのも居るけれども。少なくとも哺乳類のようなモノではほとんど居ないと思う。
――本来ならば、居ないだろうけど。
でも、実際に俺は目の前で見せられたし、一緒に空を飛んだこともあるわけで。
それが現実なのだ。
「どうしようかな。朝倉くんになら言っても大丈夫だろうから言っちゃおうか」
「
「言っちゃおう」
「あっさりしてた」
悩む間もない。悩んでいたのはただのポーズだったのだろう。
「……あ、でも、あの子本人の耳には入れないでいて欲しいんだけど」
「言いませんよ、そういうことでしたら」
ムダに言いふらす必要も無いし。
「他言無用な内容なんですね?」
「まぁ、そうだね。そうしてもらった方が安全だろう」
ならばそうするだけ。
さて、一体どんな内容が……――。
「実は彼女、
――……。
――過去最大限の衝撃が、一瞬で俺の身体を貫いていった。
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