§3-27. そのまま学校祭を堪能するの巻


 急にひとりでばたばたするのは余計に不自然に見えるので、あくまでも視線だけで周囲の動向を確認する。が、ざわつく様子もないし、こちらを妙に伺ってくるような視線も無い。案外誰にも聞かれていないのかもしれない。


 それなら何も問題は無いのだが。


「どうしたのよ」


「いや、別に」


 怪訝そうに聞いてくるは適当にあしらっておく。特に気にした素振りもなく追求を続けるようなことはなかったので、俺もこれ以上は気にしないようにしておく。


 それにしても、こういうことを気にしているのはいつものように俺だけらしい。周りから見られていることには慣れていると立待月本人は言うけれど、さすがに感覚が麻痺してきているのではないだろうか。ほんのちょっとだけ気にした方がいいぞという忠告はどこかでしておこうか。


「とりあえず、そのお店は教えてね」


「はいよ。あとで何とかナビのリンクでも貼っとく」


「よろしくー。お店の雰囲気だけ解ればいいかな、って気もするけどね」


 結構乗り気らしい。そして案内される気満々らしい。


 本当にチャリで飛んでいく気なのだろう。


 白状しておこう、正直嬉しい。


 6月前半に発生した2つの某事件から1ヶ月以上が経って、それくらいにまで信用されるようになったのかと思うと、俺は嬉しい。元々は立待月の勘違いを解くためというのもあった手前いろいろやらされてきたけど、手抜きしなくて良かった。


 そもそも実行委員の仕事の最中に立待月が隣に来た際の主目的は『見張り』と、本人が言っていたのだから、変われば変わるものだ。余計な面倒事に巻き込まれたとも言えるけど、それはそれだ。副産物だ。


「さて、と。じゃあそろそろ、行きますか」


 言いながら立待月は自分の腕章を軽く叩いて見せつける。


「そうだな、お仕事だ」


 俺も立ち上がって腰や肩をストレッチ。


「ちなみに、その最中にどこかしらの展示を見るのは……?」


「本目的を忘れなければ大丈夫よ」


「あ、マジ?」


 公私混同は完全NGかと思っていたので、それはちょっとだけ助かる。


「私もまだ全部は見てないしね」


「よし、さっさと行こう」


 立待月の分のトレイも持って返却口へと向かう。


「あら、優しい」


「そこは『あら、優しい』だろー」


「そうかも」


 お?


 ――何だ?




     〇




 有言実行というか、何というか。


 公私混同というか、何というか。――いや、それだけは違うな。断じて違う。俺たちはしっかりと仕事をしているのだから、公私混同はしていない。


 体育館で行われていた合唱部と吹奏楽部の定期演奏会を観覧し、視聴覚教室で昨日の各クラスの発表をもう一度鑑賞し、特別教室棟で行われている文化系部活動の発表の確認しているのも、公私混同では無い。


 いや、ホントに。備品の破損チェックとかそういうのが書かれているファイルを片手にやっているのだから、間違いなくお仕事中だ。


「コンピュータ部のオリジナルゲーム、めっちゃ面白かったわぁ……」


あさくらくん、さすがにハマりすぎじゃなかった?」


「いやいや。アレをハマらずいられるかって話よ」


 簡易的とは言え、そこそこ本格的なTPSや音ゲーが開発できるとは。


「『ものづくりが好きという君にもできるぞ』とか言われてたわね」


 たしかに、部長さんからはそんなことを言われた。


「……何でその話が広まってるのかは全然意味分からんけど」


「玄関前のアレとか、朝倉くんの手が入ってる諸々は結構有名よ? 知らなかったの?」


「知らないなぁ……」


 情報の独り歩きって怖ぇ~。


 本人のあずかり知らないところで、しかも全然違う内容だったとしても、その真偽もよくわかろうとしない人間に触れられたらすっかりそれは『真実』になるんだなぁ、なんてことを思ったりする。


 今回の件は概ね真実だから構わないけれども。


「俺の変な噂、本人が全然知らないっていう」


「変なのはひとつも無いわよ。というか、私がちらっと聞いたことあるのは全部間違ってはいないから安心しなさいな」


「……なるほどな」


 だったら安心――――ん?。


「いやいや、待て。『間違っていない』って何だ」


 そこに『は』が挟まるか挟まらないかは物凄く大きな違いを生むんだぞ。


「ウソは言われてないってことよ」


「うわぁ……それ、ホントのこととも限らないけど的なニュアンスのヤツだろぉ」


「細かいコトは気にしないの。少なくとも悪いことは言われてないから、その辺は本当に気にしない方がいいわよ」


「まぁ、そうかぁ……?」


 すんなりと納得はできないが、そこら辺の道理を押し切ろうとするほどの体力気力は残ってない。そもそもこれを立待月に言い放ったところで何の意味も無いし。むしろ教えてくれた立待月には感謝していいくらいかもしれない。


「そういうことにしとこう。うん。……信じるぞ?」


「もちろん」


「……立待月がそういうんなら、それが真実だな」


「何それ」


 やっぱり締まらなかった。キメにかかったわけでもないのだが。


「じゃあ一旦また、行ってみるか」


 階上を指差す。どこにかは具体的に口にしないが、これだけで解る。


 ここは最上階。天井のあるフロアの中では、一番上にある階層だ。


「そうね、行きましょう」


 立待月も直ぐさま理解する。


 当然、向かう先は屋上。


 この後に今年度の学校祭での最大のイベントが控えているが、その舞台とも言える屋上。


 何度も俺たちだけの見回り作業はしている。毎回見ているがもちろん違和感を覚えるようなこともない。それくらいに誰も来ている気配は無いし、何かが変わっていることもない。


 それでも、用心には用心を重ねなければいけないと思っていた。




     〇




 陽はだいぶ傾いてきた。


 一般の来場者も既に帰宅の途。校内にいるのは赤向坂高校の生徒か教職員のみとなった。


 3日間にわたって開催された学校祭もいよいよ終幕が近付いてきた。残すところのプログラムは後夜祭。各種賞の発表と、全クラスの灯籠を中央に集めてキャンプファイア風にしたところでフィナーレ――と思いきや、トドメの花火だ。


 いや、もしもまだプログラムとして残っているのならば、その中に『生徒会バンド』もあるとは思うが。

 本当にどうなったんだろう、あれは。

 あの後で雨夜会長に顛末を訊いたわけでもないので何も情報が無い。俺から訊いてしまえばあの生徒会長のことだ、『お、朝倉くん! やる気になってくれたんだね!』とかいう超絶ポジティブ拡大解釈を決めてくる可能性だってあった。だから俺は何も訊かなかった。不用意にこちらから火の気を投げ込む理由は無い。


「それじゃあ、行ってくるわね」


「気を付けてな」


「ええ」


 立待月を含めて数名の生徒会役員は屋上へと向かう。もちろんこっそりとだ。


 後夜祭の直前は大抵自分のクラスの片付けや整理の作業が入る。大部分の作業は明日以降、午前中の授業時間を使っての復元作業になるのだが、その手間を少しでも減らすためには今日のうちにやっておくというのが一般的な流れだ。


 その隙に生徒会役員は「生徒会の作業があるので」と言って、まずは生徒会室に向かう。


 まずは見張り役の役員を数箇所に配置。死角を極力作らないように、でも何らかの見張り役である素振りは見せず変に疑われないように、的確に配置する。


 あとは担当の生徒が見張り役からの情報を元に、他の誰にも気付かれないようにして屋上へ向かっていく。


 そんな算段らしい。


 なかなかの用意周到っぷりだが、何故コレを俺のようなただの学校祭準備委員が知っているかといえば、雨夜会長から直接教えられたからである。


 ただの情報漏洩じゃないかと言えばそれまでだ。


 しかし、こんなに有り難いことは無い。


 要するに、これを逆に利用してやればいいじゃないか――という話なのだ。


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