§3-26. 昼休憩を、ともに


「疲れた……」


 どっと押し寄せてくる疲労感に身を委ねている暇は無い。無いのだが、それでもちょっとくらいは気を抜きたいそんな心境だった。


 時刻はふだんの昼休みくらい。店番も終わったのでこれから昼休憩と言うところだ。


 客足は順調そのもの。喫茶系じゃないクラスの中ではかなり上の方なのではないかと思えるくらいの肌感覚。実際、最後に選んでもらうことになっている景品が想定していたよりも早く減っているのは、感覚では無い実際の証拠だろう。


 あのテンション感で延々対応をしていたせいもあり、喉はカラカラに乾いていた。小さなお客様たちにはわりと好評だっただけでなく、同級生や先輩にも好評だったのがまたそれに拍車をかけている。――これ、明日になったら、思い出して恥ずかしくなるんだろうなぁ。今のテンションだからごまかせてるだけだ、たぶん。


「……さて、と」


 何はともあれ、腹ごしらえだ。


 午後からは実行委員としての見回り業務がある。しっかりと食べて飲んでおかないと間違いなく体力が切れる。


 自分のクラスが飲食系ならばそこで済ませても良いことになっている――その後の収益計算などには注意しろというお達しはある――のだが、ウチは残念ながら違う。


「隣は、……うん。無いな」


 廊下に出てみれば、のクラスの待機列は物凄いことになっていた。立待月は今店番担当ではなかったはずだが。いずれにしても、これではさすがにムリ。


「食堂だな」


 そうなれば、とくに悩むまでもない。生徒以外も入れる食堂が1階にある。冷たい麺類なんかも食べられたはずなので、そこがベストだろう。


「あら?」


「おお」


 人が少なそうな階段から降りようと思ったところで立待月と鉢合わせ。自分のクラスにでも戻る気だったのだろうか。


「店番終わり?」


「ああ、今し方」


「お疲れさま。……ということは今からお昼?」


「そのつもりだ」


 財布を見せつつ言う。


「そっちもか?」


「ええ。一度荷物置いてからと思って」


「ん? 自分の所では食べないのか?」


「……まぁ、迷惑になりそうだし」


 そう言いながら立待月は自分の教室前の待機列に苦笑いを浮かべる。


「たしかになぁ……」


 座席について食べるなんてことはさすがにムリがあるだろう。自分のクラスの出し物に数十分並ぶのは、たしかにちょっと割に合わないような気にはなる。


「ってことは食堂か」


あさくらくんも?」


「冷たいのが食べたいんでね」


「……そういえば、そういうのがあったわね」


 立待月はふんふんと頷きつつ、そしてにっこりと笑う。


「ご一緒してもイイかしら?」


 ――若干だが、背後がざわついた気がした。


 どうする?


 こうする。


 名案アリ。


 わりと即断即決、な方だと思う。


「……あ、そのまま見回りに入ればいいのか」


「まぁ、そうね。どこかで待ち合わせるとかそういうのもしなくていいわね」


「じゃあそうしよう。……空いてると良いけどな」


「時間帯的に、ちょっと微妙かしら?」


 本来のランチの時間帯からはややズレているとはいえ、今日は学校祭である。人の流れがどうなっているのかはちょっと解らない。


 が。


「まぁ、何とかなるだろ」


 行ってみてから決めればいいさ。




     〇




「案外何とかなったな」


「そうね、助かったわ」


 注文して作ってもらって受け取って席を確保――という流れ。座席が埋まっていれば、一応廊下に置かれている近場のベンチなどでも食べていいことにはなっている。俺たちは幸いにして食堂の混雑のピークからは少しズレていたらしく、あっさりと2名様向けの席を確保できた。入り口側からは視認しづらい窓際であるのもややラッキーかもしれない。


「……とはいえ、すぐ混みそうだけどな」


「そうねえ……」


 立待月の後ろをついてきていた人間――ストーカーとかそういう類いではなく、単純に吸い寄せられるように人を連れてきたような流れなので安心してほしい――がそこそこ居たのは気配でも充分感じ取れたのでもしやとは思ったが、案の定すぐさま食堂は混み始める。


「『係』の腕章、持って来てて良かった」


「それは間違いないわ。……考えたわね」


 断じてではない、あくまでも係の仕事である――というアピールをするために、担当作業をする際に付ける腕章をふたりで付けることを提案したのだが、わりと効果はあるらしい。下卑たような視線を感じないというのは大きい。


「こういうことについては、朝倉くんって信用できるわよね」


「何かその言い方、『オマエはずるい』って言われてるような感じしかしないんだが?」


「そこでひねくれるあたりも朝倉くんらしさか……」


 下に見られているなぁ……。まぁ、別に構わないが。今更だし。


「機転が利く人だな、って言ってるのよ。素直に受け取っておきなさいよ」


「ありがたやぁ」


 いつも通りな会話をしている間にも続々と人は増え、ざわざわとした何かが広がっていく。本当に、あの視線を浴び続けられる立待月の胆力は、素直にスゴいと思う。


「人気者だよなぁ、相変わらず」


「あなたも負けてないんじゃない? 元気な屋台主さんでしょ」


 面倒な話題振りをされた気しかしない。


「あの後結構な盛況ぶりだったって聞いてるわよ」


「おかげさまでな」


 俺がそういうと立待月が目をくりっと丸くした。予想外のことでもあっただろうか。


「どうした?」


「私、何かした?」


「完全制覇とその記念の写真がかなりの客引きになってるんだよ。だから『おかげさまで』ってことだ」


「なるほどね」


 納得したらしい。が、立待月はすぐさま何かを企むような顔を作った。


「ありがたい?」


「そりゃもう当然、感謝感激ナントヤラ」


「じゃあ、ウチのクラスの喫茶に投票よろしくね」


 まぁ、朝イチから堪能させてもらったのもあるし、投票の候補には最初から入っていた。


「そっちのは、俺が入れるまでもないんじゃないのかねえ」


 1年生クラスの中では間違いなく圧勝だろうし、トータルで見ても上位には食い込むのが確信できるレベルだと思うのだが。


「まぁまぁ、そう言わずに」


「解った解った」


 俺が根負けした風に言えば、立待月は満足そうにざるそばを啜った。


 そんな姿を見ていると、今度は立待月からもじっと見つめられる。


「どうした?」


「それ、おいしいのかな、って思って」


 というのは、俺が選んだ冷やしたぬきのことだろう。


「ウマいぞ。わりとオススメだったんだけど」


「じゃあ言ってよ、そういうことは」


 文句たらたらであるが、俺よりも先に選び終わってしまっていたのだから、俺にどうしろと。


「……ちょっともらうわね」


「あ」


 早業。


 碗から1本するっと持って行かれた。


 まぁ、別に構わないが。


「ホントだ、美味しい!」


「だろ。まさか学祭メニューとして食えるとは思ってなかったし、わりとウマいしでビビったわ」


 正直舐めてた。ふつうのめんつゆにしては、ちょっと違う気もする。


「そりゃあ、ウチの料理部が噛んでるもの」


「ああ、なるほど。それは安心と信頼が違う」


 レベルの高い部活動はこうざか高校にもいくつかあるが、料理部もまたそのひとつだったりする。時折開催される大試食会は毎回かなりの生徒を呼び込む大イベントだ。


「朝倉くんって、それ好きなの?」


「そうだな。こういう麺類出すところだとほぼ選んでる気がする」


 もちろん冬ならば暖かいものがほしくなるけれど、夏ならこれを優先しがちかもしれない。


「ってことは、行きつけでもあるの?」


「ある。……って言っても家族の受け売りだけどな」


 行きつけの店とか言えたらカッコイイよね。コドモっぽいんだろうけど、何となくオトナ感を演出できる気がしている。


「じゃあ、今度教えて」


「良いけど、ここからだとちょっと遠いぞ」


 普段は家族の運転する車で行くようなところだ。自分ひとりではまだ行ったことがない。自転車を漕いでいくのはちょっと厳しい感じはある。


「大丈夫でしょ」


 ところが、立待月は全く気にしない。


 ――ああ、たしかにコイツの場合は。


でも使えば良いんじゃない?」


「ああ、たしかに。なるほどな……ぁ?」


 ん?


 それは、まさか。


 例の2人乗りのことを言っておられる?


 というか、それはもしかして。


 俺とふたりで行くことを想定しておられる?



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