§3-25. 嵐を巻き起こす天使


「ち、違うぞー! あと、そういうことはこういう場所では言わないようにしようなー?」


「わかったー」


 とんでもない爆弾発言を放り込むきょうすけくんをあしらうのは簡単だった。聞き分けの良い子で助かる。


 しかし、これは良くない。勝手知ったるヤツが大部分だということと、結局はコドモの言うコトだという理解が広まっているおかげで、教室内の空気は変わっていないのだが、俺の背後にあるモノがまとっているだろうオーラがマズい。赤黒い何かがこちらにまで漂ってきている気がする。


 しかし、そうこうしている間にも時間は進んでいく。だからこそ業務は進めなければならない。所定の個数である5つのリングを恭輔くんに渡す。


「ところで、恭輔くん」


 が、とりあえずハッキリさせておきたいことはある。


「なに?」


「俺のカノジョだとかそういう話は誰かから聞いた話なのかな?」


「うん! 兄ちゃんから聞いた」


 よし、ようすけ。オマエ、アトデ、シバク。


「そういうことは一切無いから、今後陽輔お兄ちゃんからそういう話を聞いても、半分くらいはウソだと思っておく方がいいぞ」


「そーなの?」


「そうだぞー。とう兄ちゃんとの約束、守れるかな?」


「うん!」


 返事は良い。結構なお兄ちゃん子な恭輔くんなだけにどこまでの効力を発揮するかは定かでは無いけれど、とりあえずゆびきりげんまん。小指の契りを交わすことにした。


 ――さっきから素敵な笑顔でが俺のことを見下している気がするけれど、そちらはいったん放っておくことにする




     〇




 例の大人気景品、光るアイテムをゲットした恭輔くんはとても満足そうだった。


「じゃーねー!」


「あ、そうだ。済まんけど、俺はこれから弟のお供をするから、この辺で!」


「え、兄ちゃんおしごとは?」


「大丈夫だぞー、恭輔はそんなこと気にしなくていいぞー」


 ということで、むら兄弟は一瞬で教室から消えていった。弟くんの言うとおり、その兄貴にはしっかりと店番というお仕事が割り当たっているのだが、アイツは弟をダシにして早々に逃げていった。


 サボリである。たしかに弟のお守りをすることは大事かもしれないが、サボリである。


 そしてアイツには、俺への弁解を全くすることなく逃げたという事実もある。


 マジで覚悟しろ。顧問に言って、夏休みの練習メニュー、アイツだけちょっとキツくしてもらうことにしよう。


 さて――である。


 陽輔の処分はどうにでもできるとして、問題はこちらである。


「えーっと……じゃあ、このリングを……」


「輪投げ屋台の大将さん、さっきまでのノリはどうしたんですかー?」


「むぐっ……」


 ダメだった。


 立待月はとても楽しそうに、俺をいたぶるつもりらしい。


 ――というか、いつもの調子で良いのか。余所行きの顔はしないつもりか。


 本当にイイ根性してるよ、こいつ。


「それじゃあ……」


 咳払いをひとつして、スイッチを入れ直す。


 そして同時に、別なスイッチも追加で押してしまおうと思う。


 やられたら、倍にして、お返しだ。


「そちらのお姉さん、このラインまで出てきてくださいねー!」


「……はーい!」


 一瞬だけぴくっと震えた立待月も、何かスイッチを入れたらしい。


 満面の笑みで、元気に挙手までして。


「リングは全部で5個です! 大丈夫ですかー?」


「はい!」


 もうどうにでもなーれ。


「いっしょに数えましょうかー?」


「大丈夫でーす! ありまーす!」


「な、……え?」


「立待月さん?」


 あ、やっぱり周囲が困惑し始めた。


 そりゃそうだろう。そもそも立待月は衆目の前で誰かをからかって笑ったりとか、悪ノリに悪ノリを重ねるとか、そういうこともあまりしてない――と思う。廊下から教室をチラッと見ただけのことくらいしかないけれど、それでも周りの女子たちと談笑くらいはしても、笑い合うようなところはあまり見たことがなかったし、男子とは話しているところもほとんど無い気がしていた。


 そんな『学園の天使』である立待月さんが、コレである。教室がざわついても仕方が無い。


「じゃあ、自分のタイミングで……どうぞ!」


「……よしっ」


 あ、スイッチ切った。


 いや、どちらかと言えば、また別のスイッチを入れたのか。


 ――『本気』という名前が付けられたスイッチを。


「おおっ!?」


「うわ、立待月さんすげえ!」


 最初の2投でしっかり最高得点のポールを狙って、見事に成功。この人、こういうところでも強いのか。持ってるモノが違うとか言われるヤツなのか。たとえ遊びでも手を抜かない、全力で遊びきるのが立待月流だ。


「陽輔、あれを準備……って居ねえんだアノヤロウ」


 最高点のポールへの投擲を成功させたときだけ出てくる、さらに高得点のポールを準備。ボタン操作で一発スタンバイできる代物。作り方だけ教えて後は技術科の得意そうなメンツに任せたモノだが、俺の目の前でも無事に動作したようで何より。一応動作確認もしていたし、朝の部でもきっちり動いていた報告は受けていたが、やはり自分の目でしっかりと確認したいものだ。


 遠隔操作ができるので、本当は俺では無い誰かが裏でこっそり操作してにょきっと出てくるシチュエーションの方がかっこいいと思っていたが、残念ながらそれは叶わなかった。


 やっぱり陽輔。オマエ、アトデ、シバク。


「あ、すごい」


「……ということで、先ほど2回入れたところと、今出てきた2箇所。そこに残り3投の内2つ入れたらクリア――って感じです」


「アレってもしかして朝倉くん作ったの?」


「いや、監修だけやった」


「すごっ。っていうか、そんなところに自動の仕掛け入れようなんて良く思い付いたわね」


「お褒めのコトバ、光栄でございます。あ、それでしたら、ぜひとも私めのクラスへの清き一票を……」


「了解」


「あと、ついでに宣伝も……」


「それは自分でやりなよ。……ま、考えておくけど」


 お、マジか。やった。


 当たり前だけど、人気投票は自分のクラス以外にしか投票できないからな。


「……って、さっきのテンションはもう良いのかよ」


「疲れた。……あと、あれ以上続けたらお互いのダメージがとんでもないことになるわよ」


「立待月、安心しろ。俺のHPはもう一桁になってるから」


「あらそう」


 冷酷っ。


「じゃあ、せっかくこんなに面白いセットが作られているんですもの」


 ゆらり、と何かが揺れる。


 まだ変身の機会を残していたのか、的な展開なのかもしれない。


 立待月にはまだ、本気を出すためのスイッチが用意されているらしい。


 一瞬の静寂。


 わずかにそれぞれの呼吸が聞こえて。


 ――それも、止まる。


「……サクッと、決めさせてもらいます」


 一閃、二閃、……三閃。


 そして、歓声!


「す、すっげええええ!」


「うおお、マジか!」


 大歓声が教室から漏れ出す。


「何だ?」


「うお、立待月さんだ!」


「立待月さん何したの?」


 結果として、人を呼ぶ。


「輪投げのパーフェクト出した!」


「マジか!」


「天使、輪投げも得意なのかよ」


 その称賛は、何とも締まりが悪い気がするが。


 最初の1本と、新たに出てきた2本。合計3本のポール。


 そのすべてに、寸分の狂いもなく手持ちのリングをひとつずつ。


 これ以上の点数はたたき出せない。永久不滅のハイスコアがここに誕生した。


「立待月さん! 記録達成記念の写真撮影してもいい!?」


「あ、はーい」


 抜かりないスタッフ。これはさらに人を呼べる――なんてことが思い付けてしまうあたり、俺も結構悪い根性をしていると思った。


「……出ないと思ってたんだけどなぁ、完全パーフェクト」


「私を舐めてもらっちゃ困るわよ」


「クリアできるとしたら立待月くらいだったわ」


「お褒めの言葉、誠に光栄でございます」


 深々とお辞儀をしてくる立待月。全く、立居振る舞いが全部綺麗で困ってしまう。


「景品交換なんだけど、完全パーフェクトはマジで何でも何個でも良いことになってる」


「あら、そうなの」


 事も無げに言う。


「オススメは?」


「さっきの恭輔くんも持ってったけど、コレ」


 言いながら指すのは、例の光るアイテム。ゴム製のヨーヨーみたいなヤツで、ボール状の部分に灯体が入っている仕掛け。


「だったら、そのオススメを」


「何個?」


「ひとつで良いわよ」


「欲張らないんだな」


「そこで意地張ってもね。……まぁ、だったら、ふたつもらおうかしら」


 色は適当にチョイスしたつもりだったが、同じ色――どちらも深紅になった。


「はい、どうぞ。おめでとうございます」


「ありがとうございます。……じゃあ、どうぞ」


「へ?」


 ふたつ渡した内のひとつがさらっと返ってきた。


「……楽しかったから、そのお礼ってことで」


「あ! ……え?」


 立待月は軽やかに教室を後にする。俺は何も言えないままだった。


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