§3-24. カワイイ小悪魔とは

 文化系部活動の成果発表や先輩達のクラスの催事を冷やかしている間に店番の時間が迫ってきた。ようすけこうも同じくお昼前までの担当になっているが、ヤツらは午後もフリーの時間。めぼしいところは粗方巡ってある程度満足しているのは事実だが、シゴトとか関係なくほっつき歩けるというだけで少し羨ましい。


 もちろんそれを言った結果、ふたりから『何贅沢なことを言ってやがる』『お前は隣に立待月さんが居るだろうが』『ふざけるな』とだいたい綺麗に揃ったお小言を頂戴した。欲望に忠実なヤツらである。ある程度ネタで言ってるのも解っているので、とくに言い返す言葉はないのだが。


「じゃあ、交代でーす」


「おつかれー」


「あとはよろしくー」


 さておき、店番である。我らがクラスの催事は縁日。輪投げとか射的とか、いわゆる定番の縁日だ。飲食系が出来なかったクラスの定番催事と言って何も問題は無いし、相当に目立ったことをしない限りは人気に乏しくなりやすいタイプのモノだ。


 ただし、人気が出づらいからと言って適当な感じで手を抜いた運営をしたら、人気投票でもダメになってしまい、そうすると最終日の夜に発表される順位付けで殊更に残念なことになってしまって、それはもう最低最悪。どうにかして差別化を図るのが頑張りどころだ。


 差を付けるポイントとしては、ちょっと珍しくて人気になりそうな景品を用意しておくとか、教室の飾り付けをがんばってみるとか、接客をしっかりと楽しそうにやってみるとか。とにもかくにもを高めることが必須だ。――この『顧客満足度』という言い回しをした結果、何故か一部クラスメイトにアホほどウケてしまい、何人かはどこぞの図書館で見つけてきたらしい接客術のテキストを本気で読みあさっていたのだが、それは別のお話。


「あ、そうだ。とう


「ん?」


「あの光るヤツ、ちっちゃい子以外にも好評っぽいぞ」


「マジか」


 店番交代の際に好感触な報告を受ける。


 景品についてもLEDが内蔵されている光るアイテムはウチの教室を出て行った後に客引きになりやすいというアイディアがホームルームで出てきたのでそれを採用した次第。期待値を高めに設定し多めに仕入れをしたが、どうやら大きな赤字にはならなさそうだ。




     〇




 運営的な部分はある程度安心しながら始めた店番も1時間と少しが経過。順調に捌けていく景品を渡したところで少し客足が途絶えた。腰をストレッチしながら周囲を見回す。


「……来ないな」


 あれだけ恐ろしい煽り文句をぶつけてきた立待月だったが、その姿はなかなか見られない。


 いや、決して来ることを期待しているわけではない。むしろ他の生徒たちに絡まれた結果最終的にウチに来る時間が無くなってしまえば良いと思う。――他のヤツらに言ったら確実に怒られるだろうけど、俺の寿命を守るためだから仕方ない。来ないでくれ、マジで。


「来ないって、誰が?」


「え? ああ、いや、ただの独り言……」


「そうなの?」


 悟られては、居なさそうだ。ここでヤツ――とくに男子、というかアイツらだとニヤニヤと笑みを浮かべてくるのだが、女子達たちには基本的にそれが無い。心のオアシスはこんなところにあったらしい。


「何がだ?」


 オアシスはやはり幻だったらしい。陽輔もすこし暇が出来たらしくこちらにやってきた。


あさくらくん、誰か待ってるみたいって話を」


「あー、たぶんね、それ俺の弟」


「……ぁあ、うん、そうそう」


 慌てて話に乗っかってみるが陽輔はそれに気が付かない。やっぱりオアシスはあったらしい。肝心なところでヌケてくれるのはありがたい。そもそもその話自体、俺はお前から聞いちゃいないから知り得ない情報のはずだが、渡りに船とはこのことだった。


 それにしても、あの弟くんに会えるのか。それは嬉しい誤算。


「もうすぐ来るってさっきメッセージ来てたから、もうすぐ……」


「兄ちゃんいる!?」


「居るぞ! きょうすけ!」


 入り口のドアごと吹き飛ばしそうなくらいに元気な声が響き、やまびこよりも素早く的確に返事が飛んでいった。ああ、なるほど、彼らは間違いなく兄弟だ。


「おー、すっげ! たのしそうっ!」


「当然だろ、楽しいに決まってる。他ンところとかは見てきたのか?」


「まだ! すぐ兄ちゃんとこ行こうって!」


「さすがだ、偉いぞ!」



 ――何だこの微笑ましい光景。


 いや、知っていた。むら陽輔には恭輔という弟が居ることも、陽輔がとても良き兄であることも知っていた。


 しかし、ここまで明るい兄弟だったとは思ってなかったというか、恭輔くんがこんなにも真っ直ぐにお育ちになっていたとは思わなかった。


「じゃあ、まずは何する?」


「……わなげ!」


「おっけ。じゃあ、そこの橙也お兄ちゃんに頼んで来い!」


 ――俺かい!


 いや、たしかに今の担当は俺だけど。直前で目線もガッツリ合ったから察してたけど!


 じゃあ、ちょっとだけスイッチオンだ。あのノリを壊す必要はない。


 ノってやる他は、ない。


「……あれ? とーやお兄ちゃんって、お兄ちゃんのおともだちの!?」


「おう、そうだぞ~!」


 陽輔のヤツ、結構そういう話を弟にもしているんだな。ちょっと感動。


「陽輔兄ちゃんとは部活でいろいろいっしょにやってるんだけど……そういう話は知ってる?」


「バドミントンでしょ? しってる!」


「こいつ、最近『自分のラケット欲しい』とか言ってるんだよ」


「マジか」


 将来有望すぎて涙が出てきそう。


「いつもウチの兄ちゃんがおせわになっております」


「……おい恭輔、そんなコトバ誰から聞いた?」


「ママとばあちゃん!」


 イイ子過ぎやしませんかね。というか、賢いな恭輔くん。


「よっしゃ。じゃあ、ちょっとそこで待っててな。今、台持ってくるから」


 未就学児童、あるいは小学校低学年くらいの子には踏み台が必須。部材の切れ端が余っていたのでそれをいくつか拝借して俺が作っておいたモノもあるが、せっかくなのでそれを使おう。たしか教室の後ろ側に置いて――あった。


「恭輔くーん!」


「はーい!」


 良い返事だ。


「これ、使うかい!?」


 ばばん! ――なんていう効果音が出てきそうな感じで掲げる。


 ちょっと楽しくなってきた。


「つかうっ!」


「良い返事ナイス! じゃあ、これを」


「随分元気ね」


「げっ」


 聞き慣れてしまった声が不意打ちで俺の鼓膜を突く。


 結果的にとんでもなく失礼なセリフ――というか音が飛びだしていく。


 突いたら出て行くって、それはきっと自然なことだから。


 うん、仕方ないよね。うん。


 せめてこの踏み台が、もう少し教室の奥まったところに置いてあったらば。


「第一声がそれって、結構なじゃない?」


 ええ、そうでしょうともさ。


 はなかなかに挑戦的な顔をこっそりと見せてきた。


「このタイミングで来る……?」


「なぁんか元気だけど、なんとなぁく聞き慣れちゃった声が聞こえてきたから」


 それはもう、びっくりするほど悪いタイミングとしか言いようがないですね。


「とーやにーちゃーん?」


「お、おう、ごめんよ!」


 しかし俺には丁重に扱うべき先客がいる。催促をされてしまってはどうしようもないので、立待月は他のクラスメイトに預けて俺は恭輔くんの下へ走る。


 手早く参加証の手続きを済ませた立待月はしっかりと(『ちゃっかりと』と言いたくもなるが)輪投げの待機列にやってきた。


 ――コイツ、俺の恭輔くんに対する接客を見学しようという腹づもりか。つまり、さっきの俺への意趣返しのつもりか。


「とーやにーちゃん」


 俺が悶々としているなか、恭輔くんは楽しそうに俺を見てくる。


「うん?」


 しかしすぐさま俺の後ろで何やら見ているらしい立待月にも視線を当てている。


 何だろう。


「うしろのびじんのおねえちゃんって、とーやにーちゃんのかのじょさん?」


 ――――。


 ――――…………――。



 ――……君は、少し賢すぎるのかもしれないね。

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