§3-3. 結束力ゼロバンドと怒りの天使


「違いますよ、全然。役員ではないです」


「え、そうだったんだ。私てっきり……」


 しっかり否定から入ってみたものの、案の定一部の生徒会役員からは誤解されていたらしい。何人かには既に俺が生徒会室に出入りしているところを見られていたりいっしょに居たりしているので、そういうことにされているような気もしていたが、ついに確証を得られたみたいな話だ。


「……あれ? ってことは、あま会長? もしかして、生徒会じゃない生徒にあの棚作ってもらったってこと?」


「そうだけど?」


「ちょっ」


 そうだよね、そうだよね。ふつうそういう状態になったら絶句するよね。


 実際にやらされたコッチも、開いた口が塞がってなかったよ。


「だってー。棚作るよって言ったタイミングで、キミたちほとんど『用事が~』って言って来なかったでしょ?」


「うっ……」


 そうだよね、そうだよね。ふつうそういう風に言われたら絶句するよね。


 実際にやらされたコッチは、開いた口が塞がってなかったよ。


「その、ごめんね? ええっと……何くんだっけ」


あさくらです」


「朝倉くん、ごめんね」


「いえ、まぁ。棚を安心して使っていただけているようなら別に」


 ここは無難に優等生を装っておく。そりゃあまぁ『あなたたちがサボらなければ』などと言いたい気持ちはまだちょっとだけ残っているけれども、そこまで禍根を残しておかなければいけないような問題でもない。謝ってもらったので精算完了だ。後はどうこう言う理由がない。


「何だぁ、そうなのかぁ……。せっかく強力な新メンバーが加入? って思ってたのに来ないことの方が多いから変だなぁって思ってたけど、そういうことだったのね」


 学校祭準備委員として呼び出された時くらいしか生徒会室方面には来ないようにしているので、役員だと思われていたならそんな感想になるのも納得はする。


 勝手に思われていた側としては困るんだけども。


「ははは……ん?」


 何て返したら良いか、あまりイイ言葉が思い付かなかったので苦笑いだけを黙っていたが、どうにも気になるモノを見つけてしまって思わず声が漏れた。


 ――絶対に我慢するべきだったのに。


「お。朝倉くん、気付いちゃった?」


 喜色満面な雨夜会長である。


 明らかに、反応してしまったのは凡ミスだった。


「あれ、何です?」


 今更見ていない振りもできない。大人しく訊いてみる。


 正直言って、訊かなくても解る。見た瞬間に解る。何せ、俺が思わずリアクションしてしまったくらいだ。


「ハハハ」


 会長も『言わなくてもわかるだろ』感を隠さない。俺に答えろという意図を全く隠さない。


「……楽器ですよねえ」


「そうだねえ。楽器だねえ」


 エレキギター、アコースティックギター、ベースにドラムも。シンセサイザーもある。どう見ても『バンドを組みます』と宣言されている楽器たちがそこにあった。音楽室あたりには常備されていそうなモノだが、生徒会室に転がっているのが異質すぎるのだ。


「他の生徒にはまだヒミツなんだけど、学校祭の最後に生徒会バンドをやろうという話があってね。それで用意してあるんだよね」


「……それ、俺に言ったらサプライズ感消滅しません?」


 結構な機密情報だと思うのだが。


「うん、朝倉くんだし。口は堅いと信じてるから」


「はぁ……」


 何も言うまい。


 実際そんな楽しそうなイベントをわざわざ触れ回る理由も無い。彼らには本番の舞台でしっかりと盛大なサプライズをカマしてもらおう。


「ところで、朝倉くん」


「何ですか?」


「朝倉くんって、楽器弾ける?」


「は」


 ん?


 いやいや、ちょっと待て会長。


「ギターとか弾けそうな雰囲気あるけど、やったことある?」


「無いです、無いです、全然無いです」


 生憎然程バンド演奏に興味を持たずにここまで生きてきたタイプだ。そもそもギター弾けそうな雰囲気って何だ。そんなのを醸し出したことなんて無いはずだ。


「バドミントンしかやってきてないので。アレです、学校でやらされるリコーダーとか鍵盤ハーモニカが精一杯です」


「なぁんだ、残念だなぁ……」


 がっくり肩を落とす会長だが、俺はこっそりと胸をなで下ろす。


 危ないぞ、これは。またしても会長このひと完全部外者おれを巻き込もうとしていやがった。


 あと、よく見ると他の生徒会役員も、ちょっとだけガッカリしているような気配。あなた方は一般生徒にいったい何を期待しているのか。


「ちなみに朝倉くん、歌唱力の程は」


「お察しください、ムリです」


「なぁんだぁ……」


 楽器がダメならボーカルってか。そうは問屋が卸さない。


 そもそもバンドやりたいって言っておきながら、人選とか決まっていないのか。だとしたら時期的にマズすぎると思うのだが。


 大丈夫か、生徒会バンド。


「……じゃあ、ちょっとコレ持ってみて。ハイ」


「はい。……いや、ちょっと待ってくださいってば」


 危ない。マジで危ない。


 この人、あまりにも自然な流れで俺にベースを渡そうとしてきたぞ!


 っていうか、しっかり持たされちまったぞ!


「何が『じゃあ』ですか。どこにそんな流れを生み出す要素がありましたか」


「いやぁ、イケるかなぁって思って」


「イケるわけないじゃないですか」


 油断も隙も無い。生徒会バンドって言っておいて、どうして非役員の俺が入らないといけないのか。


 というか、役員さんたち。もう少しこの人を制御するとか何とかしてくださいよ。


 どうしてこの人の面倒を俺がひとりで見ないといけないの。


「こんにちはー……あれ?」


 そんなタイミングだった。


 もうひとり、貧乏くじを引きやすい――否、面倒見の良い奴が現れてくれた。


 は生徒会室に入るなり、俺と会長の寸劇紛いのやりとりを見た。それはもう、まじまじと見ている。俺と会長と、俺が持たされているベースの間を、彼女の視線が行き来する。


 立待月の視線だけが動くという時間を数秒経て。


「え、朝倉くんってベース弾ける人?」


 思わずズルッとコケるネタをりそうになる。


「違う違う、そうじゃない。もう少し状況をよく見てくれ」


 俺のツッコミに大人しくしたがった立待月は、しっかりと状況をよく見た上で――。


「……弾けるの?」


「察しが悪い!」


 何も理解してくれなかった。いつもの察しの良さはどこへ言ったのやら。いや、言う程か? まぁ、いい。そんなことはどうでもいい。


「会長、朝倉くんがベース担当になるんですね?」


 なおも立待月がたたみかけるが、その台詞は疑問形のように思わせておいてただの確認。


 マズい、マズいぞこれは!


「違う! 断じて違うぞ」


「そこまで否定されると哀しいなぁ……」


 会長が泣き真似をしてみせるが、そんなのはどうでもいい。


「解ってるわよ。第一、朝倉くんは生徒会役員じゃないし」


 ああ、良かった。理解者が現れてくれるということはこんなに有りがたいことなのか。立待月でそれを痛感するとは思っていなかったが、有りがたいことには違いない。地獄に仏、生徒会室で立待月瑠璃花である。


「というか、会長。その話を役員じゃない生徒にしないでください」


「えー、イイじゃん。せっかくだし。朝倉くんも絶対口外しないって言ってくれたし」


 それはまぁ、そうだけど。


「それならまぁ、イイですけどね。……あ、そうだ」


 会長の言い訳に渋々納得したような立待月は何かを思い出したらしいのだが、そのままの勢いで俺の右腕を勢いよく掴んできた。


 ――え、何すか。


「ちょっと朝倉くん借りたいんですけど、大丈夫です?」


「どーぞー」


 会長があっさりと許可を下す。その決定権はどこにも無かったと思うけど。


「……ということだから。ちょっと来て」


「お? ……おう」


 今さっきまでの雰囲気は何処へやら。明らかに立待月が纏う色が変わった。


 完全に気圧された俺は力なく頷いて立待月に従うだけだ。


 生徒会室と会長のウザ絡みにも似た扱いから離脱できるのならマシとも思えるので拒否をする理由も無いのだが、それにしても何だろう。この変化は。


 立待月は俺の腕を引きながらずんずんと廊下を突き進んでいく。そのまま曲がり角のところまで辿り着くと、生徒会室から影になるようなところに俺を引き込む。


「あなた、何で来たの?」


 立待月は、真剣な顔をしてそう言った。


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