§3-4. 命令、不満、そして不安
「何で、って。……え?」
思わず俺は
「
そんな俺に対して、立待月はもう一度詰め寄るように訊いてくる。そしてきっちりと「
それにしても。
整った顔立ちであるところに眉間に皺を深く寄せられると、さすがに迫力が違う。
圧があるというか、要するにちょっと怖い。
「答えて」
「……会長に連れて来られたからです」
正直に言う。それ以上でもそれ以下でも無いし、ここを隠す理由も無い。
「どうして?」
「さっきまで体育館ステージの機材の説明会みたいなヤツがあって、そこに出てたんだよ。あれの説明役が会長で」
その後の顛末を適当に説明していくと立待月もある程度は納得してくれたらしく、彼女の表情は少しだけ緩くなる。眉間の皺はまだ少し残っているけれど。
「……なるほどね」
「ご納得いただけましたか」
「理解はしたわ」
つまり、納得はしてないということらしい。
とはいえ、言ってしまえば『たかがそれくらいのこと』である。いったい何処に立待月が目くじらを立てる余地があったというのか。俺には皆目見当が付かない。
「
「ハイ」
「……今後あなたが生徒会室に来るときは、絶対に、私が居るときにして」
その声色も、表情も、どちらも真剣そのもの。
「……ん?」
だからこそすぐに理解出来なかった。
要望としては『生徒会室に行くときは、立待月と同伴かもしくは立待月が在室の場合のみ』ということだと思う。たぶん。
「それ以外はダメ」
「どうしても行かないといけない場合は? ……いや、出来たら行きたくないけど」
「事情がどうしてもある場合は私が迎えに行くから」
何を企んでいるんだ――いや、違うか。何が裏にあるんだ?
「絶対?」
「絶対」
「命令なの?」
「命令です」
「……何で?」
立待月は黙った。
「それこそマジで『何で?』なんだ。お前、散々俺を使いっ走りにするために生徒会室に呼んで……」
――ああ、そうだ。
よくよく考えれば、俺が今まで何回か生徒会室に行ったときには必ずそこには立待月がいた。既に部屋に居たときもあれば、一緒に向かったこともあった。
ただ今回は違うのだ。同伴したのは生徒会長の雨夜蓮であり、生徒会室には今まで直接話したことのない生徒会役員たちが居るという状況だった。
「……後で話すから。ごめん。今はちょっとだけ我慢してもらえると」
「立待月ってさ……」
そこまで言った俺は、視線を逸らした立待月を見て思わず声に詰まる。
似た様なシチュエーションは前にも見たことがある気がする。
「え?」
「いや、何でもない。俺の気のせいだから気にするな」
何となくの事情は察せたような気分だ。
以前の羽根の話もそう。飛んできたタイヤのときもそう。
何らかその周辺に関わる話題が出てこなくてはいけないような場面になったとき、立待月はすぐには話さない。でもそれをずっと秘匿しておくこともない。自分の中でしっかりと整理できるような状態になったら、必ず俺にそれを伝えてくれるヤツだ。
それに本人はそういう風な関係になることを望んでいないのだが、そうは言われてもこちらとしては危うく命を盗られるところだったのを助けてもらった義理もある。
だったら俺は、機が熟すのを待つだけだ。
一旦、深呼吸。
空気が重い。
ここは少し、声のトーンを明るめにして。
「……さて」
話題を変えるべきなのだ。
「で、だ。俺をここに引っ張ってきてくれたのは良いんだが、実際に何か用事はあるのか?」
「……え?」
その話題の変え方は想定していなかったらしい。今度は立待月がマヌケ顔になる番だった。
「何か用事ある感醸し出してただろ。何かあったんじゃねーの?」
「え? あ、ああ。そうそう。用事ね。用事は、あるわよ」
「うんうん」
立待月の脳が再起動を果たして、ようやくいつも通りな雰囲気に戻った。
「ウチのクラスで買い出しがあるって言う話で、それを請け負ってきたわ」
「へえ……ぇあ?」
思っていたのと全然違う話が来た。
え、何かふつう。
「それは、まぁ。行ってらっしゃい?」
とりあえず、立待月の安全を祈願させていただく――。
「話はまだ終わってないけど」
「ああ、そっすか。どーぞ」
続きなんてモノがあるような話題には思えないのだが。
「それで、頼まれて教室を出たところで、貴方のクラスでも何か欲しがってたみたいなのよね」
「うん」
前も似た様な話があったな。あの時は男子がエロ目使って立待月を見ようとしていたから内心ハラハラしまくりだったな。厭な事まで無駄に思い出してしまった。
「ということで……」
言いながら立待月はスマホを取り出して、スリープ解除済みの画面を俺に見せてきた。
「それも請け負ってきました」
「……ん? 立待月が?」
「貴方の代わりに」
「は?」
この人何言ってんだろ。
「たぶん部活とかに行ってるかなーとは思ってたけど、いつも通りにお呼び出しさせてもらえばイイかななんて思ってたんだけどね。……私としてはだいぶ想定外だったけど、結果オーライ的な?」
何がやねん、マジで。
っていうか、結局俺はどう足掻いても生徒会室に来る
「なので、コレがそっちのクラスのリストね。ハイ、貴方もスマホ出して。確認して」
「いやいやいやいや」
俺の理解が置いてけぼりな件について、立待月も本気出して考えてみて欲しい。
「え、ちょっと待って。君、何をしてくれてるの?」
「え?」
清々しいまでのキョトン顔である。思った以上に幼い顔つきになるからそれに対してギャップ萌え的にドキッと出来ればラブコメ的なのだが、俺には生憎そんなモノに堕ちている余裕はない。
「何で、ウチのクラスの買い出しを請け負った挙げ句、それを俺に丸投げしてくれちゃってるの?」
どうせ暖簾に腕押しなのは解りきっている。こんな文句を言いながらも、俺はしっかりと自分のスマホを取り出してしまっている。
「貴方は自分のクラスメイトが困っているのを無視するの?」
「そういう言葉を交渉の場に持ち出すのは卑怯だろ……」
「どうしてよ」
ダメだ、もう。
大きなため息がせめてもの反論だ。
「……はぁ。つまり、そのお遣いは、俺が行かないとイケないヤツってことね?」
「ええ」
断言である。
「何でよ」
「何。私ひとりに2クラス分の買い物に行かせる気なの?」
お前なら出来るだろ――と内心思うが当然言わない。火種は撒かないに限る。
「そもそも、他のクラスの買い出しは出来ない規則だしね」
そう。要するに、立待月が請け負ってしまった時点で、俺の詰みなのだ。
俺には何の咎も罪も無いはずなのに。
――ああ、いや。立待月の素肌を見てしまったのは罪か?
「……しゃあない。行くかいね」
「最初からそうすればいいのよ」
「何か腹立つなぁ」
改めてリストを確認する。
「これは前と同じで、あそこのホームセンターで片付けるパターンで良いか」
「そう、なの?」
「何で疑問?」
「いや、だって、……ホラ。コレとかは?」
立待月が示したのは画材などの美術系用品。恐らく装飾パーツ作りで必要になったのだろう。
「前回は行ってなかったけど、結構デカめの文房具系の売り場があるんだ。そこなら大抵の画材とかクラフト用のパーツが揃うはず」
「さすがね」
「照れるぜ」
「少ない長所だものね」
「何をぅ」
テンポ良く人を詰るのは止めなさい。
「ウソよ。今回も案内頼まれてくれると嬉しい」
「任された。とりあえずチャリ持ってくるから玄関あたりで待ってて――」
「良いわよ別に。駐輪場まで行くわよ」
たしかにそこまでの距離でもないが、わざわざ来てもらう必要もない。そう思って言ったつもりだったのだが。立待月がそう言うのならそれをわざわざ拒む理由もない。
何か、ありそうな雰囲気だしな。
冗談半分でそんなことを思いながら校門を出て間もなく。
――その予想は、的中したかもしれなかった。
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