第2章: 勧誘、勧誘、そして勧誘

1. 見張りと、買い出しと……

§2-1. 胃痛は続くよどこまでも


 元々俺は学校に行くことに対して、そこまでの情熱を持っている方ではない。

 徒歩通学が厳守だった中学時代には『自転車チャリで行かせろよ』と思ったことは数知れず。

 テスト前になれば当然行きたくないなぁと思うこともあった。

 要するに人並みだ。


 それでも、完全にイヤだと思ったことは今まではなかったのだ。


 ――そんな俺は今、生まれて初めて明確に、『学校に行きたくない』と思っていた。


 称号とも思えるような二つ名・『学園の天使』とまで称される美少女であるに、俺は目を付けられてしまったわけだ。

 しかも彼女はただ美少女なだけではなく、生徒会役員という立場も持っている。平々凡々とした平民な俺とは格が違う。


 学校に着いたら昨日の今日で早速そのウワサが広まっていて、そうなれば今日からの生活にどんな針のむしろが敷かれることになるだろうか――って考えたら胃が痛くなるだろう。何なら穴が開き始めているんじゃないかと思うくらいだろう。


 実際俺は昨日の夕食後と今日の出がけに胃薬を飲んできているくらいだ。

 それでもまだ効果が出てきてくれていないのか、めっちゃ胃が痛い。

 しかも今日になって腸のあたりも痛いような気がして、整腸剤まで突っ込んできている。


 内臓系まんしんそう過ぎる。あと、メンタル弱すぎる。


 いっそのこと休んでしまえば良かったとか何とか思いながら自転車を漕ぐ。

 何事もなく今日が終わって欲しいと切に願いながら通学路を走るのは生まれて初めてだった。





     〇





 胃の痛みはどうにか治ってきた。昼にも念のため胃薬は服用した意味はあったらしい。その代わりとして昼休み弁当をつつく友人らから妙にイジられたものの、実害はその程度で済んだので良しとしておこう。


 今後お前らが胃もたれか何かを起こしたときには、俺は指差して盛大に笑ってやるから覚悟しておけ、チクショーめ。


「……はぁ」


 とはいえ、ため息は尽きない。何ならこそが今日最大の山場と行っても差し支えない。


 理由は学校祭準備期間の毎週火曜日と木曜日は、準備委員の活動日になっているからだ。

 活動内容としては、生徒会からの諸連絡をたまわるとか、運営の補助をするとか、祭りの当日が近付けば校内の装飾など生徒会管轄で行う作業の補佐などを行うとか、そういう感じになっている。有り体に言ってしまえば、ようへい部隊や便利屋部隊ということだ。


 最もそれだけなら、ただちょっとだけ面倒くさいことに過ぎない。


 問題になるのはこの準備委員会が生徒会直属の管轄にあるということだった。


「何だよ、ため息吐いて」


「ぁあ?」


「うわ、機嫌悪ぅ……」


「そういうんじゃなくてさ」


 ホウキを持ちながら話しかけてきたのはむらようすけ。今週の教室掃除当番に割り当たっているコイツは、さっきの昼休みで然程胃痛を笑ってこなかった方のヤツだ。ちなみに部活も同じ、バドミントン部の所属だ。


「腹痛ぇのは治ったん?」


「んー、……微妙だな」


 授業中までは何とかなっていた気がするが、委員会の時間が明確に近付いてきて徐々にぶり返してきた感じはした。

 やはりメンタルが肝要らしい。


 誰かメンタルに即効性のあるクスリは知らないか。できたら合法なヤツにとどめておいてくれると助かる。――いや、冗談だぞ。


「せっかくなら代わってやりたいんだけどなぁ……」


「へー」


 コトバに気持ちが入っていないのは丸わかり。そんなニヤニヤ笑いで言われても。


 だからこそ俺も適当に返事をするが、陽輔のヤツも解っていてそのまま言い残していた台詞せりふを続けてきた。


「……でもさぁ、マジな話、準備委員って生徒会とだろ?」


「そうだけど?」


「イイよなぁ……」


「どこがだよ」


 ――どこがだよ。マジでそれのどこがイイんだよ。


「だって、立待月さんも居るだろ」


「……」


 げんなりした。


 やっぱりそういうことかよ。


 何も良いことなんてないんだよ。俺の今日の腹痛の原因の9割5分くらいはその立待月さんとやらの霊圧的なアレなんだよ絶対。


 もちろんコイツを含めて誰にも絶対に言わないけど。それを言えば『どうしてそういうことになったのか』その顛末――彼女の水着姿を見たことも含めて洗いざらい吐かされるのだ。言うわけがない。


 まぁ、見た目が良いことは認めるよ。さすがにそこを否定できるほどのツラはしてない。


「あんなカワイイ娘といっしょにシゴトしてえわぁ……」


「だったら準備委員に立候補すりゃ良かっただろーが」


「……ま、それとこれとは別だわな」


 ――何だコイツ。


「……ふんっ」


 軽く一撃。


「ぅぐぇっ。おまっ……! い、いきなり腹パンすること無くね……?」


「活動に参加しないならせめて俺のはらいたの3割くらいは受け取ってくれ」


「……胃痛ってそういう風にせるモンじゃないだろ」


 残りの7割くらいは八つ当たりだから大丈夫だ。


「とりあえずお前は掃除がんばってくれ」


「あぁ、そうだ。お前、今日の部活は? 出られるか?」


「……わからんから、とりあえず欠席ベース」


「りょ。伝えとく」


「サンキュー」


 この辺りの配慮が出来る分、ありがたい存在ではあった。





     〇





 生徒会室の隣にある大会議室が学校祭準備委員会の議場である。


 大袈裟に言ってみたものの、中身はただちょっと他の教室とかよりは広くて、特段変わったモノも珍しいモノも置かれていない。ただ長机と椅子が参加者分設置されているだけの部屋だ。


「(あ、やべ)」


 既に扉は閉められていた。教室を出た直後運悪く担任に捕まって頼まれ事を片付けていたせいで集合時刻からはやや遅くなっていた。1分も遅れていないのでその辺りは大丈夫だろうと思っていたのだが、どうやら少し甘かったらしい。


 そりゃあイイよなぁ、隣に根城がある人らはさぁ――とかいう恨み言を痛む腹に押し込みながら扉を開ければ、それぞれの椅子には誰かしらが座っていて、その前には資料が置かれている状態。だいたいのメンバーが揃い終わっていたようだ。


 窓側に3年生、廊下側に1年生、そしてその間の島に2年生が座るような配置になっているので、俺は廊下側で空いている場所を探す――のだが。


 ――無い。


 スペースが無い。

 無いのである。


 全く以て、空いている椅子が無いのである!


 いや、待て。何でだ?

 おかしくないか?


あさくらくん」


 見当たらない空き座席を見つけようとキョロキョロしていた俺に、嫌みったらしいほどに透き通った声が飛んできた。


 準備委員連中の視線が、一度その声の主を見て、その直後勢いよく俺の方を向いてくる。


 何だ、この居心地の悪さは。


「こちらが空いています」


 俺が感じているモノなど、その声の主が感じているわけもない。容赦なく台詞を重ね、その重圧感で俺は潰されそうだ。


「……どうも、すみません、少し遅れまして」


 礼と謝罪を兼ねる『すみません』は便利なもんだ。全く嫌気が差す。


 ぺこぺこと適当にアタマを下げつつ、そそっと壁際を通り抜ける。


 目的地は、透き通った声の主――つまり、立待月瑠璃花がその手で追加した椅子。


 議長席側に陣取る立待月の視線をガッツリと背中に受けるその場所に置かれた椅子。


 たしかに、ありがたいのだけども。


 でも、そもそも論、どうして椅子が足りていないんだ。


 おかしいだろ。


 各クラスから決まった人数が出されているのだから予め人数は把握出来ているし、そもそもこの委員会は今回が初回ではない。


 明らかに何か意図されたモノを感じる。


 つまりは、わざと予めひとり分の椅子を取り除いていたような――。


「椅子にガタ付きなどありましたか?」


「……いえ、ナニも。大丈夫です」


 ウソだけど。全然大丈夫じゃないけど。


 たしかに椅子には何もなかったけれど。


 ――これで画鋲とかが座面に仕掛けられていた日にゃ、俺は大泣きするぜ。


 俺が一瞬だけいぶかしむような視線を向けたら、全く情けも容赦もない完全無欠にマーベラスな笑顔を向けてきた。全く、例の件が無かったらコロッと逝ってしまうところだったかもしれない。実際、何人かはその笑顔を太陽よりも明るいモノとして捉えたらしく、何やらコソコソと話し声が聞こえてきた。


 プロジェクタのファンやらエアコンの音やらで正確には聴き取れなかったが、その内容は何となくわかる。大方、「立待月がカワイイ」とか「付き合いたい」とか、「立待月さんマジ天使」とか、「何だあの朝倉とかいうヤツは」とか、「何でアイツは遅刻してきた分際で名前を呼ばれて椅子まで用意されたんだ」とか、そんな感じだろう。


 主に上級生男子から飛んでくる視線が刺々しいことこの上ない。オトコの嫉妬とは見苦しいぞ――とでも言いたくはなるが、生憎そこまで嫉妬されるに相応しいとは思わない。マジで。


「それでは本日の学校祭準備委員会を始めます」


 何とも重苦しい空気は、準備委員長を務める生徒会副会長の号令で少しだけ飛んでいった。


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