§2-2. 見張り付きの作業


 学校祭準備委員会は今日の資料の一部を朗々と読み上げていらっしゃる委員の方にされつつ、粛々と進行していく。


 ほんの十数秒の遅刻を原因として危うく座席がなくひとりぽつねんと立たされるような雰囲気にさせられるところだった俺。

 麗しきその御手から急遽差し出された(ように見える)俺の座席の配置だけが役員たちに背を向けるようなカタチになっているが、さすがにケツを向けて話を聴くのは失礼なので椅子を180度回転させる。

 もちろん、あわよくば俺に突き刺さって致命傷にでもなれとでも言わんばかりに飛んでくる鋭い視線を顔で受けたくなかったというのも心境としてはあった。


「(しかしなぁ……)」


 そうすると今度は、誰よりも近いところで生徒会役員たちの視線を浴びるということになる。

 もちろん職務は粛々とこなしたい。

 こそこそと隠れてスマホをイジろうとかいう腹づもりではないので基本的には問題無し。余計に目立っておかしな印象づけをする必要はないのだ。


 懸念があるとすれば、それはたったひとつだけ。


「……?」


 視線が交差するたびに、物凄く素敵な笑顔をこちらに向けてくださる女子生徒の名前は


 あの『学園の天使』だけが懸念材料だった。


 決して意味ありげな感じは出していない。ただただニッコリと笑顔を向けてくるから末恐ろしさしか感じないという事実。

 もちろんそれがニセモノの笑顔であることくらい、俺でも察する。

 まさしく真綿で首をぐいぐいと締め付けてくるような、そんな感じだ。


 そしてその間もしっかりと、彼女は男子諸君の視線を集めているようだし、その笑顔の矛先が俺に向いているだろうことに気付くとすぐに嫉妬を込めた視線に切り替えて俺を見ているのだろう。


 マジでいっそのことひと思いに処してくれ――と、夏場だというのに俺の背筋は凍りつきつつあったが、今後の説明は順調に過ぎていった。


 今日の作業は校内各所の掲示板のチェックがメイン。

 日常的な点検とセットで行うということらしく、曲がりや破れの有無の確認などもするとのこと。


 そのため今回の見回り作業は生徒会役員に準備委員が数名付くという配分になるという話を、俺は今さっき受けたはずだった。


 俺の記憶が正しければそのはずだったのだ。

 ――いや、メモはしっかり取っているから、間違っていないはずなんだ。


「じゃあ、あさくらくん。よろしく、……ね?」


「……ッス」


 何で俺は、生徒会役員――しかも、事も有ろうに立待月瑠璃花と、マンツーマンで組まされているんだ?


 っていうか、語尾に付け加えられた『ね?』の圧が怖いっス。





     〇





 ふたりでやってきたのは4階東側の廊下。

 各教室ではそれぞれの準備作業をしているので、刺すような視線は然程やってこないので助かる。


 があるまでは立待月瑠璃花と言えば廊下で時々見かける校内の有名人という認識だったので、彼女は常日頃から視線を受けているという印象があった――というか俺がチラチラと見かけていたのもその視線のひとつではあるんだけれども。


 とにかく、そんな人の横に居たらさっきのように俺にも視線が来るのだろうかと思っていたので、その意味では助かるという話だった。


 しかし、実際には――。


「……なぁ」


「何?」


「イヤ、べつに」


 その有名人からの視線こそが突き刺さりまくって痛すぎるという、全く想定外の現実が待っていたのだが。


「話しかけておいて別にってことはないでしょう」


「ああ、いや、その……」


「煮え切らないわね」


 話を振りづらいんだよ、その感じだと。


 たしかにそりゃあ、何か良からぬところというか、恐らくは見られたくないところや見られたくないモノを見てしまったという部分では俺に責任があるとは思う。


 少し思うんだけども。

 それは不可抗力だったということくらい考慮してはくれないか。

 とくに校舎裏の告白シーンなんて。アレはマジで邪魔する気なんて更々無かったし、むしろ飛んできたボールを防御するというお手柄を立てているんだから。


 しかしウジウジしていても仕方ない。そこまで言うのならば期待に応えてしまった方がいいだろう。これ見よがしな咳払いをひとつ挟んで、喉と心の準備をする。


 リトライ。

 今度は折れない。

 絶対。


「……なぁ」


「何よ? 言うこと決まったの?」


 折れないぞ。……たぶん。


「今のこのマンツーマン状態は、何か意図があったのか?」


「そうだけど?」


「ぉ、おう」


 応えたら、あっさり答えられた。拍子抜けしてしまう。


 ――というか、立待月の話し方がさっきまでの全然違うのは何なんだろう。ある意味力が抜けているというか、気を遣わない相手と話しているような雰囲気も感じる。心を許してくれているという状況とは対極に在るようにしか思えないのだが。


「貴方には見張り役が付いているべきだと判断した。ただそれだけのことよ」


「ああ、そう……」


 鳴き声のような返答をするしかなかった。


 あまりにもストレートに言われたら、そう答えるしかないでしょう。


 ――うん。全っ然、これっぽっちも信用されてねえな。


 仕方ないけどね。理解はするけどね。逆の立場だったらたぶん俺もそうするよね。


 しかし、その見張り役とやらを自ら買って出てくれるのは、何と言ったらいいのか。迷惑ではないのだが、少なくともありがたくはないわけで――?


 いやいや、待てよ、と少し考えてみる。


 立待月はどうして自ら俺の監視役に打って出たのか。


 嫌悪感を持っているような相手を監視するのなら、それこそ男子の生徒会役員と組ませた上で、自分とは全く違うところに左遷するのが妥当なのでは。


 言ってて哀しくなってきたけど。


「ほら。ぼさっとしてないで、早くやっちゃいましょ」


「……ああ」


 ここは余計な口答えをせずに粛々と彼女に従うべきだろう。


 ぼんやりと歩いてきていたので気が付かなかったが、いつの間にか俺たちは最初の目的地である掲示板のところにやってきていたらしい。


 ――ハイ、確かにぼさっとしすぎですね。すみませんでした。


「……この辺か?」


「そうね。スペース的にも空いているのならそこで充分」


 ポスターのサンプルとなる無地の紙をあてがってみたがぴったりと収まったので、この位置に画鋲で仮止めをして完了だ。本来はココに学校祭用のポスターが貼られるのだが、美術部の協力の下で仕上がってくる正式なデザインは未完成。例年では1週間ちょっと前に上がってくるという話だった。


「あとは、……ん?」


 次の作業は生徒会管轄の部分。既に終わった行事などのお知らせを剥がしたり、無許可の掲示がないかの確認をする行程になるのだが。


「なぁ。これは……?」


「あ、これはダメなヤツね」


 判断を立待月に仰ぐと一発。訊くって大事。


「ちなみにどこで見分けるんだ?」


「押印。……ほら、こっちのだったら右下にあるでしょ?」


「……たしかに」


 デザインの邪魔をしないようにという配慮のためか物凄く小さいし色も薄いが、確かに『こうざか高校生徒会』の印が捺されている。

 立待月が言う『ダメなヤツ』にはそれが無かった。


 なるほど、これが『違法ポスター』ってことか。


「……選挙管理委員会みたいだな。公認ポスターしか貼っちゃダメっていう」


「あなた、そういうのも経験済みなの?」


「一応。小学校と中学校、どっちもやってるな」


「学祭の実行委員になってるくらいだし、そうかなとは思っていたけれど。……うん、だったらそういう仕事は慣れてそうね」


「おかげさまでな」


 お、好感触か?


 これで少しは俺のイメージの改善が図れれば良いのだが。そしてあわよくばこの直轄監視体制からもおさらばしたいところなのだが。


「この手の話とかやり方とかをどこかで経験していて、ある程度分かってくれる人は多ければ多いほどいいわ。あなたみたいな人が居てくれるのは助かるの」


「そう言ってもらえるとこちらこそありがたいな」


 そう、とてもありがたい。


 このままウマいことポイントを稼いでいかないと、俺の胃壁が危ういからな。


「ちなみに、その選管って自薦? 他薦?」


「自薦なわけないだろ」


「やっぱり」


 即返された。どういうことだ。


「朝倉くんって貧乏くじ引かされやすそうだもの」


 失敬な!

 ――と言いたいところだったが、だいたい合ってるから余計に悔しかった。





     〇





 サクサクと作業が進み、所定の掲示板はすべて回り終わった。


 俺としては、作業も手早くて助かるわという言質をもらったのが好材料。これで少しは俺の印象も悪くないモノになってくれればいい。


「それにしても朝倉くん、ポスターの押印を見つけるの早くなりすぎじゃないかしら?」


「そ、そうか?」


 案外慣れれば簡単というか。基本的には四隅に捺されがちなのはパターン的に学習できたので、あとはぼんやりとその四隅をチェックすればいい――的なオリジナル手法でどうにかなった。視野を極力広くして判断速度を上げるというのは日常的にしていることなので、それを応用したようなモノだ。


「いざとなったら助っ人に呼んでくれても問題無いぞ」


「あはは。手が足りなくなったときにでもお願いしようかしら?」


「どうぞ何なりとお申し付けくださいませ」


「何よ、その言い回し?」


 何だ。案外話しやすいじゃないか。あの時の猛るような雰囲気は完全に形を潜めているし、一言一言への反応の良さのおかげで会話のリズムも心地よい。


「あ、立待月さん!」


 ちょっとだけ安心感のようなモノを覚えてきたところで、急に彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。



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