§3-22. ジェットソング



 2日目はステージ発表日ということで、各クラスが考えてきたパフォーマンスを見せ合う日になっている。この内容は明日の一般公開日で視聴覚教室などを使って放映され、生徒たち以外の人気投票も加味された評価が行われるという算段だ。


 俺はクラスでの仕事も裏方ならば、実行委員としての仕事も裏方だ。ステージ脇の委員席から離れることがないというのは、楽と言えば楽だった。


 1年生の発表時間において具体的にここで何をするかと言えば、生徒の潤滑な誘導。極めて単純。それぞれのクラスを順番通りに待機させて、順番通りにステージへ送り出せば良いだけの話。その途中で入ってくる自分のクラスの発表の時にはこっそり混ざって発表をして、終わればまたこっそり戻ってくればいい。そんな流れだ。


あさくらくんは裏方オンリーなのねー……」


 定位置まよこを陣取ったは、プログラムを見ながら何となくつまらなさそうに言った。何を期待していたんだ、コイツは。


「実行委員特権として、働く代わりに裏方に注力させてくれって言った」


「そういうことに実行委員の名前を使ってほしくはなかったわねえ」


「痛いところを突くな」


 正直言って、今にして思えばもうちょっとクラスの方に加担しても良かったかもしれない。とはいえあのタイミングではどれくらい委員会の仕事を突っ込まれるのかとか、諸々の兼ね合いが解っていなかったので仕方ないとも言える。


 要領を覚えた来年以降なら大丈夫だろうけど、高1の俺には無理だろうな。


 ――俺には。


「そういう立待月は?」


 ちょっと悔しいので俺もプログラムを取り出して見る。


「私? 私は……まぁ、ね。別にイイじゃん」


「何でだよ」


 下級生から順番に発表が進んでいくが、学年内での発表順はくじ引きで既に決められている。ウチは全体7番目。立待月のクラスは3番目のようだ。


 プログラムの内容は結構細かく書かれていて、メインキャストのようなモノがある発表をする場合は明記しても良いことになっている。そのクラスの『売り』に出来そうな名前は盛大に使ってもよいと捉えることも出来るが。


「……ガッツリ、主役級じゃねえか」


 さすがである。当然とも言える。本人が余程強く拒否しない限りは、立待月を裏方で使うようなもったいないことはしないだろう。


 立待月の場合は、絶対に乗り気だろうから心配は要らないだろうけど。


「ダンスできるんだな、って言おうとしたけど、そりゃ出来るわな」


「あら。照れるわね」


「そんなにこざっぱりと照れるヤツが居るかよ」


 全身から自信を迸らせているようなヤツが照れるはずもないし。


 そもそも立待月は運動神経が良い。ニンゲンの規格から外れているという(俺たち以外知り得ない)事実もあるが、それが無くても立待月は何でも熟せてしまうタイプだろう。


 まずは1クラス目が終わる。持ち時間は発表時間に10分で、搬入と撤収を併せて5分。トータルで15分という構成。長いような短いような、何とも言えない時間配分。ちなみに1秒でも撤収時間を延長してしまった場合は減点となって、最終日の順位発表にも影響が出るという仕掛け。わりと厳しいルールになっていた。


 立待月が自分のクラスメイトたちを呼んでくる。俺も混ざって誘導完了。立待月はその中に入るかと思えば、また実行委員席というか俺の隣に戻ってきた。視線が冷たい。俺のことをある程度知っているヤツらではないので仕方ないのだが、刺さってくる視線を痛いほど感じる。体育館はステージにだけ灯りが点いているのだが、やたらとギラついた視線が見える気がするくらいだった。


 あっという間に3番目、立待月の出番がやってきた。小さく円陣を作って一瞬だけ意志の統一。クラス名と演目名が呼ばれるまでは黙ってなければいけないし、呼ばれた瞬間からタイム計測は始まっている。無駄なことはできないのだが、これもまた大切。


 素早く準備に向かう――かと思いきや、立待月は俺にガッツポーズなんかしてみせる。何だよお前、マジで。早く行ってこい。あきれ顔で同じ様なポーズを返したら満足したらしくステージへと(当然体育館内を走っても減点なので)競歩で進んでいった。


 立待月のクラスの題目は、いわゆるミュージカル映画再現。定番と言えば定番の発表内容ではあるが、練度次第で化けたりコケたりするのでなかなか面白いのだ――と言う話は会長からの請け売りだ。選んだ題材は『ウエスト・サイド・ストーリー』ということで、これまたド定番中のド定番を持って来た恰好だ。


 シーンの選択も、まさに「『ウエスト・サイド・ストーリー』と言えばココ」と言われそうな、『ジェット・ソング』が流れるオープニング部分。あまりにも定番な場所なだけに評価が別れそうな部分――かもしれない。


 てっきり主人公・トニーとヒロイン・マリアの絡みのシーンでもやるのかと思っていたが、さすがにそれは回避していたらしい。理由は知らないが、大方男子たちで誰がトニーをるかで揉めないようにしたとかその辺だろう。


 そんなことを思っている間に舞台セットも完了したらしく、演目スタート。


 昨今の情勢に配慮したとかそういうことではないのだろう。先頭で出てきた立待月は主人公の配置で最後まで華麗にステップを踏み続ける。


 有効活用と言えば間違いなく有効活用だ。配役準拠で似た感じの男子を置くよりも圧倒的に華があるし、何よりもダンスが巧くて綺麗だから困る。


 わりとアクロバティックにダンスする部分があるのだが、その部分も軽やか。巧いダンスに対する表現として『重力を感じさせないダンス』とか言われたりするのを聞いたことがあるが、立待月はまさにそれだ。あの辺だけちょっと月の重力場だったりするんじゃないかとか、そんな戯言が頭を過る。


 ――というか、アイツそもそも、ちょっと浮いてないか?


 そんな心配すら脳裏を通過していく。


 実際、アイツは飛べるわけで。


 いやいや、まさかそんな大それたことはしてないと思いたいわけで。


 あくまでもそう思いたいのは俺だけであって、立待月本人はそんなこと露とも思ってないかもしれないわけで。


 ひとりでおかしな方向にハラハラしていたのだが、本人は結局最後まで無事センターを勤め上げ、クラスメイトたちもしっかりとそれに追従するように踊りきり、立待月のクラスの発表は終了した。


「ふぅっ!」


 立待月はステージから掃けたと思う間もなく自クラスから別れると、真っ直ぐにこちらへやってきて、俺の隣。清々しさしかない横顔。


「見てた?」


 楽しそうなことで。「そりゃあ見るだろ」といつも通りに言いたい気持ちは、無い。


「まぁ、それなりにな」


「何それ」


「敵情観察の一環として、しっかりとな」


 照れ隠しも兼ねてs極力笑顔で言ってやれば、立待月は案の定怪訝な顔になる。し

かしすぐに何かを察したらしい。


「あ、まさかこの後、何かしらの減点対象を告げ口でもする気?」


 ただ、そんなにカラダを寄せられるとは思ってない!


 ずいっと近寄られて、思わず元の距離になるように離れてしまう。


「……それは俺の仕事じゃないからなぁ」


 気を取り直してから言う。


 小走りになっていた生徒がいたとか舞台に上げたアイテムの撤収のときにゴミを残したとか、そういう部分での減点項目確認は生徒会と教員の担当だ。判定基準も解っているわけではないので、俺がとやかく言う気はない。


「……ふぅん。あー、そーですか」


「怒るなよ」


「怒ってはいません」


 微妙な丁寧語。明らかに不服そうだった。


「ただ、もう少し楽しんでほしかったんだけどなぁ、って思っただけです」


「楽しんだよ」


「本当に?」


「そりゃもう」


 俺が適当に言っていると疑っていない立待月は、俺の顔をガッツリと見つめてくる。顔の何処かが動けばウソを言っている――とかそんなことを言ってきそうなくらいに見つめてくる。


「良かったよ、すごく。……立待月が楽しそうだったし」


「…………ぅぁ、っす」


 あっす?


「す、それは、……良かったわ」


 ――コトバに成りきっていないモノを口からこぼした立待月は、どうにかそれをまとめきって力尽きるように黙った。

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