§1-4. 窮地は続くよどこまでも
「ちょ、ちょっと待て。それは違う。それだけは違うと弁解させてくれ」
残念ながら現実的な問題として、そういう話をされるだろうとは思っていた。間違っても愛の告白とかそういう青春めいたモノではないことくらい、『逃げても無駄だ』というようなニュアンスを存分に込めた手紙の文面から解っていた。
そりゃそうだ。
ただ、少なくとも俺自身は、『覗き』や『ストーカー』などという言葉で詰られるところまでは行ってないと思う。――行ってないよな、大丈夫だよな。若干自信無くなってきてるけど。
そりゃまぁたしかに、プール前での出来事のときも、放課後の近道での出来事のときも、
これだけは声を大にして言える。
――断じて、俺には、そういう意図は、無い!
「たしかに即座に謝れなかったのは本当に申し訳ないと思ってるけどさ。それでも、絶対にそんなことはしてないし、しようとも思ってない。それは信じて欲しい。もちろん、不快な思いをしたという話なら、それについては謝るけど……」
「本当かしら……?」
俺自身結構必死に言っているつもりなのだが、それがむしろ彼女には『死刑囚が断頭台を前にして無様に命乞いをする様』くらいに見えているのだろうか。向けられている視線が、俺には完全に疑いの眼差しにしか見えなかった。
「何なら
「いや、別に今日はいいわ。その話はまた今度、……もう少し落ち着いてて涼しいところとかにいるときに聴かせてもらうわ。……その
「あ、……うん」
ありがとう――と言いかけて思いとどまった。
彼女がハッキリ『言い訳』と言う時点で、やっぱりまだきっちりと俺のことを疑っている。俺がかけられた疑惑は全く晴れてはいないようだが、何らかの尋問を受けられる機会は得られたらしい。でも、ありがたくはない。
「ちょっと調べさせてもらったのだけど。……それに、手紙にも書いたのだけれど。貴方って、学校祭の実行委員だったのね?」
いきなりヤバイ雰囲気の切り出し方をされて、一瞬身体が強張った。何をどう調べたんだと言いたくなるような言い方なんだもの。怖い、マジで怖い。高校生離れした見た目と雰囲気なのも相まって、相当に怖い。もうちょっと穏やかに行こうよ、頼むから。
「まぁ、一応は」
学級委員をやらされた成り行きでやっているだけだが。それはともかく。
「いや、待ってくれ。そうは言っても君は生徒会役員だろ。だったら一応知ってるんじゃないのか」
実行委員を束ねるのは生徒会だし、何なら最初の顔合わせ会議のときにも居たはずだが。
「だって、知らなかったから」
「知らなかったのか」
「だって、興味無かったもの」
「……ああ、そう」
脱力感。
そんなモンなのかよ――と一瞬ゲンナリするが、自分に当てはめてみたら案外納得してしまった。自分のクラスなら致し方なく名前などをインプットすることはあろうとも、わざわざ他のクラスの関わり合いが無さそうな異性の生徒の情報を事細かにインプットするかと言われれば、たぶんしない。俺はしない。
やらされている仕事ではあるが、俺はいわゆるテンプレな『学級委員長タイプ』ではない。過度な干渉はしたくないので、関わり合いを持たなくて済むのならそれでイイと思っている。もちろん過度な執着もしない。
「もしも貴方が良からぬニンゲンだったらば、どういう風に吊し上げにして差し上げましょうかということに思っていたのだけれど、貴方にそこまで
「……良かった。そう思ってもらえるとありがたい」
とはいえ、意外にも立待月には伝わったらしい。脳内で
「勘違いをした私も悪かったわ、……うん。それは、認めます。
ん?
――一応とな?
やっぱり雲行きが怪しい。
急に風が強く吹き、小さな俺は静かに凍り付いてどこかへ消えた。
「でもね。……紛らわしい態度を取った貴方も悪いのよ?」
「えぇ……」
「何か?」
「いえ、何も」
どうも微妙に意思疎通が取れていないらしい。ボタン1つ分の掛け違えよりは、もう少しズレているような感じ。口ではそういうが、その目を見ればわかる。というか、この高圧的な態度を見れば一撃でわかるという話。この女は、自分が悪かったなんてこれっぽっちも思っていない。どうにかして俺を丸め込もうとしか考えていないらしい。
――ただ。
それにしても、紛らわしい態度とは何だろう。具体的にどのあたりの態度を見て、彼女はそう思ったのだろうか。どちらのときも、状況的には疑われる余地があるのかもしれないが、少なくとも一応は謝罪の意を示したはずだ。一応は。
「今度からはハッキリとした態度で臨むことにするよ」
「……」
無言を返された。どうやらそういうことじゃないらしい。――難しいな。
息を吐こうとしたタイミングで、一陣の風。しかしやたらと熱波のような風で、額から汗が噴き出してきた。持っていた小さなタオルハンカチで額を拭う。
「しかし、どうしてわざわざ屋上になんか呼び出したんだ?」
生徒会役員の権限があればそのくらいのことができるのだろうけど、この暑い最中にこんな場所を選ぶ理由はあまりないと思った。
ところが天使はそんなことを意に介することもなく、言葉を紡ぐ。
「それはもちろん、しっかりと話をしたかったからに決まってるじゃない」
「話すなら涼しいところで的なことを、さっきキミが言ったばかりだと思うんだが」
「それとこれとは話が別よ。……貴方、コレを見てもそれを言えるの?」
彼女が取り出したのは鍵の束。
そして、その鍵のひとつを使って、これ見よがしに階下へとつながる扉を施錠。
ああ、
「要するに、『逃げてくれるなよ』ってことか?」
「当然でしょ。『逃げられるモノならどうぞ』って話」
俺の言ったニュアンスとはわりと違う
そうか、そう来たか。
たしかにこんなところから逃げられるのは、パラグライダーでも背負っているか、あるいは
――え?
いや。いやいや、まさかそんな。
脳裏を過ったおかしな発想は、アタマを振ることで払い除ける。
「さて、私はまだ貴方に訊かなきゃいけないことがあるのよ。むしろここからが本題」
「あれ?」
許されたと思っていたのはやはり俺の勘違いだったか。
「だって、何か謝らなければいけないことが貴方にはあるのよね? さっき確かに貴方はそう言ったわよ? 私が不快な思いをしていたのなら、それについては謝る準備はある……みたいなことは言ったわよね?」
にっこりと笑む彼女には、その可憐な見た目とは裏腹に大きめの犬歯が覗く。八重歯のようにも見えなくは無いが、歯並びはとてもキレイなのでそういうモノではなさそうだ。チャームポイントだと言う人もいるだろうが、今の俺には吸血鬼の牙にすら見えた。
「それは、体育終わりの話……という認識でいいのか?」
「そうよ」
そうだろうとは思っていたので確認のために訊いたのだが、ほぼ間を空けずに立待月は肯く。
――そして、そのまま言葉を繋げた。
「貴方は……、私の
ズバリと言い切った彼女の視線を真っ直ぐに受けた俺は、その覇気にも似たオーラに圧されないようにするので精一杯だった。
「……言っていいのか?」
「もちろんよ。言いなさいよ」
胸前で腕を組んだまま、顎でしゃくるような素振りまで添えられる。
高飛車。居丈高。そんな言葉が適切だ。とてもじゃないが、天使ではない。
――強調された部分に一瞬だけ目が行きそうになるが、それどころじゃないので自分の中の強靱な精神力とやらを呼び付けてどうにか抑え付けた。
口の渇きを覚える。
無い唾を飲み込もうとする。
そして、どうにか言葉を選んだ。
「どうせ信じてもらえないだろうけど……、翼、みたいなのが見えた」
「……翼?」
「翼。真っ赤な翼。それくらいだよ」
完全に俺のことを疑ってかかっている人に対して、こんな非現実的な話をするべきではないと思う。とはいえ、まさか『水着姿をハッキリと見ました』なんてことを言うべきでないとも思うわけで。要するに八方塞がりだった故のセリフ選びだった。
――さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。
「え」
「……ん?」
聞こえてきたのは予想外に短い返事。
そして同時に見えたのは、呆気に取られたような彼女の顔だった。
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