俺にしか見えない戀緋色の翼 ~学園の天使の背中には正真正銘の羽根がある~

御子柴 流歌

第1章: 邂逅、邂逅、そして邂逅

§1-1. 窮地1: プール裏と水着と翼



 にわかには信じられない話。



 まるで非現実的ファンタジック



 だけどこれは紛れもない現実リアル



 何がきっかけだったのだろうかと自分の記憶を辿ってみれば、それは間違いなく夏の初め――炎天下の放課後に翻る深紅の翼を見たことだろう。





     〇





 きょうの放課後、時間はとれますか。

 名前などは調べさせてもらいましたので

 最悪、逃げたとしても意味はありません。

 言いたいことはいくつかあるので、特別教室棟の屋上で待っています。


 ――立待月瑠璃花






     〇




 いつもならば短いはずの夏なのだが、今年は早々に訪れた。


 まだ6月も半ばの6月14日。来月中旬、つまり夏休みの直前に控える学校祭準備も本格的に始まりつつある時期。そして、3年生にとっては最後となる部活動の公式戦などもぱらぱらと開催され始めた時期。俺たち1年生にとって見れば、高校生活はじめての定期テストである前期中間試験を終えた、その翌週のことだ。


 ウチのクラス――1年8組の時間割では、金曜日の最終コマは体育が割り当たっている。体育の授業は通常隣のクラス――つまり1年7組との合同で、かつ男女別。この時期に行われるのは男子はサッカーか水泳、女子はバスケットボールか水泳になっていて、この日は男子がサッカーで女子が水泳だった。いくらプール授業が解禁になるとはいえ本来ならば6月の水温はまだまだ低いのだが、ここ最近の真夏並の暑さと陽射しのおかげで幾分か快適だった。


「っしゃあ! 行くぜおらぁ!!」


「来いやぁ!!」


 俺たちはそんな炎天下でのサッカーをしているだが、とんでもなく元気な声がグラウンド一面に響いている。なんなら『興じている』とかいう表現でも良いかもしれなかった。


 何せ金曜日の最後の授業ということは、これが終われば放課後であり週末だ。自ずとテンションも最高潮になるに決まっている。その直前の現代文の授業もしっかりと居眠りしていた生徒でさえ、当然だがきっちり覚醒してボールを追いかけ回していた。


「朝倉、今の良いクロスだったぞ!」


「マジ? さんきゅー」


 サッカー部員から思いがけないお墨付きをもらった俺――あさくらとうも当然ハイテンション組のひとりだ。


 ――ああ、いや、授業はしっかりと起きてはいたぞ。本当だぞ。信じてくれ、頼む。体育後の授業でうとうとすることはあっても、体育前の授業では一度たりとも寝たことはないんだ。


 実技テスト課題のシュート練習やフリーキック風練習をこなして、後は試合形式。そんなこんなで65分間の授業も残り数分。後は片付けをするだけだ。俺は何人かといっしょにビブスを掻き集めて授業用の用具庫へと向かおうとしていた。


「あぁっ!」


「……あ~あ、何やってんだよぉ」


「仕方ねえなぁ。取りに行かなきゃいけねえなぁ……っと」


 そんなタイミングで響いた声と、それに重なるボールがいくつか蹴り出される音。声の主っぽい方向に視線をやれば、そこからさらに奥の方へサッカーボールが数個転がっていくところが見える。ビブスの片付けをしていた奴らも数名ほど、ボール組の後を追っていった。


 ボールの行く先にあるのは、プール。


 男子こちらの体育が終わるならば、女子あちらの体育だって終わるタイミング。


 そしてプールにいるのは女子。


 ――『なるほどな』と察する。


 そして同時に『知らねえぞ』とも思う。


 要するに浅はかなのだ。


「お前ら!!」


 後を追った奴らは案の定、体育教師に大層な声で足を止められた。片付けをサボった現行犯扱いなので当然である。


 しばらくして既に向こうに行っていた奴らも戻ってきた。真夏のような空の下で『この世の春』を満喫してきたかと思いきや、その表情は揃って真冬の地吹雪にでも当たったようなツラだった。何でも女子の授業を持っていた体育教師にあっさりと見つかったようで、放課後そのまま体育教官室送り――要するに説教タイム――が確定したらしい。当然である。


 しかし、気になる点。


「なあ」


「……ん?」


 教官室送りになったクラスメイトのひとりに訊く。


 その手には、何もない。


「ボールは?」


「……」


 無言。


 そのまま追い返されて、持ってこられなかったらしい。


 ふざけんな、コノヤロウ。


 文句のひとつでも付けてやろうかと思ったところで、体育教師と目が合ってしまった。


(朝倉。お前、学級委員だったろ。行ってこい)


 わかる、わかるぞ。その視線は『お前が代わりに取ってこい』と言っている。


 仕方ない。先生の許可があるのだから、俺はプールに接近してもお咎めを受ける理由はないはずだ。これは仕方ない。


 どう考えても便利屋扱いだが、信用をされているんだという都合の良い解釈をしてココは我慢しておくことにした。少々良からぬ妄想はしてしまうが、それくらいも仕方ないと思ってほしい。


 淡々とプール脇を捜索。しばらくしてくだんのボールは見つかった。全部で3つ。やたらと派手に蹴り飛ばしたなと思ったが、そのせいでプールの更衣室近くまで転がっていた。近くには窓ガラスも多い。1枚も傷が入らなかったのは不幸中の幸いだろう。


 ――よくもまぁ、に蹴飛ばしたモンで。


 ため息を吐きながらボールを拾っていく。せっかく楽しくサッカーの授業を終えて、さぁ放課後だとテンションを上げていくところで、まったくとんだ冷や水だった。


「ん……?」


 最後のボールを拾い上げたところで、ガチャリと音がした。ドアノブの回る音だろうか。


 ――ドアノブ?


「え?」


 この近くにあるドアノブと言えば校舎のモノとプールのモノ。合わせてふたつ。


 そのどちらであるかを確認する前に、俺はどちらからも陰になる場所を探して身を隠した。


 ――いや、何でだよ。別に隠れる必要もないようなモノなのに。


 でも仕方ない。身体が動いてしまった。やましいことがあるとヒトは身を隠したがるというが、身に覚えの無い疚しさが心の何処かにあったのだろうか。


 そんな自問自答を余所にドアノブが完全に回り、そのドア――プールの更衣室側のドアが開けられた。


 出てきたのは、ひとりの女子生徒だった。




 ウチのクラスの子ではないが、彼女にはしっかりと見覚えがある――というかむしろ、見覚えのないヤツはいないのではないだろうか。


――『学園の天使』、立待月かのう


 容姿端麗。才色兼備。端的に言えばそんな四字熟語がぴったり来るタイプ。それに加えてつややかな金髪を風に泳がせるようにしている可憐さが、彼女にそんな二つ名を1年生にして付けさせたらしい。


 それにしたってベタな称号がついたモノだとも思うが、実際にその姿を見れば誰もが納得するはずだ。何せ、ウチの学校の男子で子の名前を聞いたことがないヤツなんていない。どんな交友関係を築いていたとしても、どこからか彼女の名前とその二つ名を耳にしているのだ。


 ただ、その二つ名は飽くまでも「彼女とタイマンで会話をしたことのない男子が言っているだけ」という説も、同時に実しやかに話されている。


 いろいろと想像は付く。


 何せあれだけの容姿だ。彼女に愛の告白をした結果ものの見事ごうちんした輩が彼女をおとしめるために流したウワサか。あるいは神にいくつものギフトをもらったことをひがんだ輩が彼女を貶めるために流したウワサか――そのあたりが相場だろう。


 正直、どうでもいい。


 隣のクラスだし、女子だし。しかも(あまりこういう言い方はしたくないのだが)学園カースト上位層だし。同じクラスの女子ともそこまで会話するわけでもない俺にとっては、関わり合いにはなりそうもないタイプの女子だし、何らかのきっかけが無ければお近づきにもならないタイプの女子でもあった。要するに、勝手に騒いでいてくれ――なんてことを思っていた。


 プールは静かだ。まだ残っているのは彼女だけなのだろうか。先生の姿は見えないが、油断はできない。さっきクラスの男子が何人かしょっ引かれたばかりだ。


 なにはともあれ、あちらからは気付かれていないらしい。


 小さく深呼吸――をしたところで、ふと気付く。


 ――なぜ彼女はまだ姿なんだ。


 不意に心臓が高鳴る。


 いや、何考えてんだ俺。そういう場合じゃないだろ俺。


 しかし、今ここから動くのもマズい。何せここは砂利が敷き詰められていて、少しでも動けば音が立つ。息を潜めていることしかできない。


 校舎の陰、ちょうど陽射しが入ってくるところに彼女はいる。まるでスポットライトを浴びた歌劇団のスターのようにも見える。風に泳がせているロングヘアーは金髪にも近い明るい色合いで、殊更につややかだった。


 そして、白磁の肌に赤い水着もまたよく似合う――――。




 ――ん?


 上から下への視線を止める。


 冷静になる。


 もう一度見てみる。


 彼女が着ているワンピース型の水着は、紺色ベースだった。


 何度が見直すが、間違いなく水着は紺色だった。


 じゃあ、あのは何だ。


 彼女の上半身を――というか胸元を覆い隠しているように見える、アレは何だ。


 目を凝らす――。




 彼女はを手入れするように優しく撫でている。


 ときおりをロングヘアーと同じくやや暑い風になびかせる。


 は彼女の背中から前の方に伸びてきているように見える。




 ――たとえて言うならば、それはまさしく、翼。




 そうだ、翼だ。羽根だ。


 深紅の大きな翼を愛おしくケアしている姿。


 それがいちばん適切な喩えだろう。




 ――え。いやいや、ちょっと待て。どういうことだ?


 天使とかいう話って、実はガチのマジだったって話?




 でも、天使の羽根ってふつうは純白だろう。


 深紅ってことはないだろう。




 いやいや、待て待て。冷静になれ。


 そんなバカな、って話だ。


 そんな非現実的な話なんて、有るわけ無い。


 あれはきっと陽の入り方の関係で、たまたまそういう風に見えただけで――。




「あっ」




 失礼な視線を向けながら余計なことばかりを考えていた罰なのか。


 単純に腕の力が抜けたせいなのか。


 そもそも無理な持ち方をしていたのが原因か。


 ――抱えていたボールが、ひとつ逃げていった。


 思わず、一歩踏み出す。


 足下の砂利が鳴る。


 ボールを追っていた視線が彼女に向く。


 ――目が合う。


「(やばっ)」


 もうダメだ。どうしようもない。


 即座にダッシュして転がったボールを拾い上げる。


「ゴメンッ!!」


 出来る限り、最大の声で謝罪。


 駆け出した勢いそのまま、体育倉庫の方へと走った。




     〇




 そんなこんなで窮地を脱して、放課後を迎える。


 教室の掃除当番に当たっていた俺は、じゃんけんに負けて集めたゴミを集積所に持って行く役目を任されてしまった。


 そうして俺は、本日2度目の窮地に立たされることになった。



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