2. 接近してくる生徒会
§2-10. もはや下僕――否、生徒会役員状態
イジられたのは朝の一瞬だけ。後は極めて平和ないつも通りの日常が待っていてくれていた。
俺は嬉しいよ。うん。
嬉しすぎて涙が出るとまでは言わないけど、少なくとも冷や汗をかくような場面にならなくて助かった。
放課後は直ぐさま学校祭作業に切り替わる。今日は仕方ない。部活については明日から本気出す。
ただ、念のため顔は出しておきつつ、軽く各種ショット――とくにネット際のプレイの練習はしておくことにした。大会もわりと近くに迫ってきているし、カラダはある程度動かし続けておかないといけない。
無事に軽く汗を流すくらいのことはできたので、教室へ帰還。戻ってきたタイミングで丁度良いとばかりに買い出しを押しつけ――もとい、頼まれる。
「あ、あとついでに何か飲み物的なのを買ってきてもらえると助かる」
「……その予算は切られないぞ」
「大丈夫だ、これを渡しておく」
そんなこんなで手渡される500円硬貨。
そこまでするなら自分で行った方が早くないだろうか。そんなことはちょっとだけ思う。
とはいえ、ちょっと面倒くさそうな作業をしているのも事実。彼の代わりにその作業を請け負うことはできない。役割分担は大事だ。
「まぁいいや。了解。とりあえず詳細はメモを……」
――メモを取ってもらって、それを携帯するしたかったのだが。その予定だったのだが。
『生徒会より業務連絡、生徒会より業務連絡』
前触れもなく校内のスピーカーから声が聞こえてきた。その主は、正直解らない。
だから俺はそのまま買い出しに向かおうとしていたのだ。
『学校祭準備委員の
――俺ぇ!?
『学校祭準備委員、1年8組の朝倉橙也くん』
クラスまで言わなくてええねん。そこまで個人情報を校内全域に響かせなくてええねん。
『至急、生徒会室の隣、小会議室まで来てください』
場所についての通達はたった1度だけ。
そしてブツリと打ち切られる放送マイク。
こんな雑な連絡ってアリなんです?
俺がそんなことを思っていると、案の定というか何というか、容赦なくクラス中から注がれる視線に嫌でも気付かされる。
「……ええっと」
「わかった。行ってこい」
「助かる」
さすがに生徒会直々のお呼び出しとあっては、その優先度は緊急レベル。そう判断したクラスメイトは俺から依頼を取り下げる。話の理解が早い連中でありがたかった。
「おい、500円返せ」
「バレたか」
「当たり前だ」
「ネタだよ」
「知ってるわ」
〇
至急と付け加えられてしまえば、さすがにのんびりとはしていられない。ちらつくのはアイツのちょっと攻撃的な態度と表情だ。何を言われるかわかったものではないので小走りで向かうことにした。
1回限りの雑な説明に従って生徒会室横の小会議室を目指す。
普段の準備委員会で使っているのが大会議室。生徒会室を挟むようにしてその反対側にあるのが小会議室だった。
当然ながら俺が生徒会に用事なんてことはここ最近まであり得ないことだったので、小会議室に入るのも当然初めてだ。廊下側から見る限り、一般教室の半分かそれ以下くらいのサイズ。狭そう。5人とかそれくらいの少人数での会議には向いているだろう。生徒会のさらに数名で行う企画のようなモノを話し合うのにでも使ったりするのだろうか。
まぁいい。そんなことを想像している暇もないはずだ。
――なにはともあれ、ノックから。
「失礼します、朝倉です」
「どーぞ」
「……ん?」
何か、今後の展開が予想できる感じ。
予めひとつ大きくため息を吐いてから、ドアを開ける。
「お前かい」
「その言い方」
待っていたのはひとりだけ――
「他の人は?」
「居ないわよ?」
「え? じゃあさっきの声は?」
「あれは放送部の人。貴方を呼ぼうとしたときにたまたますれ違って、この後放送室に行くって言うしせっかくだから呼び出してもらった方が早いかなぁ、って。で、私は無事に先乗り」
「職権濫用かよ」
そして立待月は優雅に紅茶なんて楽しんでいる。――紙パックだけど。
ストローでちうちう吸ってるけど。何だかとてもミスマッチ。まぁ仕方が無い。ここは喫茶店ではなく、高校の味気ない会議室だ。
「あら、失礼ね。機材チェックも兼ねた有意義な時間よ?」
「ダメだこいつ」
普段のあの感じは何なんだ、全く。
隙も無さそうな学園の天使が聞いて呆れる。
「で? 至急って何だ? 何か書類不備でもあったか?」
「不備は無いけど、書類絡みでー……ぃよいしょ、っと!」
ドスンとたっぷりずっしり感のある音が、大して広くない会議室に響く。
はい、予想通りです。本当にありがとうございました。
――もう帰ってイイですか。
「ダメよ、帰らないで」
「……え、今読心術使った?」
「そんな能力はさすがに持ってないわよ」
他の何かしらの能力はあるのだろうか。
まぁ、翼を隠し持っているくらいだし、何かはありそうなものだが。
「……ちょっと、本当に帰るつもりだったの?」
「そぉんなそんな、滅相もない」
やべえ、ガチでバレた。口が滑ったとはまさにこのこと。
「……また書類チェック?」
「その通りよ。押印を頼まれてほしいんだけど」
「よくそんなに判捺すモノがあるな……」
さすがに電子化も何もないか、とは思うが。
「運悪く丁度みんな居なくてー」
「……ああ、そうだな。たしかに、
「何か言った?」
「いえいえ」
朝のようにまたゴソゴソと棚を物色しているのでこっそり言えば聞こえないだろうと思っていたのだが、しっかり甘い考えだったらしい。まさしく運が悪かった――俺の運が。
「じゃあ、今度はこれを」
「へいへい、っと……?」
ここまで来れば仕方が無い。潔く腹をくくって――。
「ちょい待ち」
「何?」
確認は大事。
「これは、良いのか」
「良いけど?」
「ホントか?」
「何でそんなに……、あ、まさか帰りたいとか」
「違う違う」
さすがにがっちりハンコを持たされて、出入り口に近い側を立待月に潰されてしまえば、俺だって帰りたい欲は失せる。たとえここから帰れたとしても今度はどうせ買い出しに行かされるパターンだってあり得る。どちらでも大差は無い。
「明らか生徒会の資料だけど」
「適任者がいないのよ。悪いけど、やってほしい」
懇願されりゃ、仕方ない――のか? 本当か?
疑問は尽きないが、もう諦めてやる。心を無にして、ひたすらに捺す。
「ハンコ
「ウチにそんな部活あったかしら?」
「無いな」
「そうね」
不毛な会話だった。競技プログラミングをメインにしている部活はあるが、物理的なモノまでは扱っていないはずだった。
「貴方は作れないの? DIYできるとか言ってなかった?」
「専門は木工なんだよなぁ……」
木材加工と言っても大まかに切るとか留めるとかはするけれど、そこまで細かいところを根気よくするようなタイプの工作ではない。
「いっそのこと木製ロボなんて面白いんじゃない?」
「……電子工作とかも、興味がないこともないんだけどなぁ」
「今ならささっと調べられるでしょ。やってみたら?」
「善処する」
「それ、しない人の台詞でしょ」
呆れられ――てはいないらしい。笑う立待月はちょっと楽しそうだった。
「まぁ、暇が出来たらふらっと見に行ってみるかな」
売り場の位置だけは知っている。
「っていうか、そんな話俺したことあったっけ?」
「この前の買い出しのときに言ってたわよ?」
「あ? ……ああ、たしかにしたわ」
全然覚えていなかった。たしかに言ってはいたが、あの直後に起きた『事件』――『事故』とも言えるが――の印象が強すぎて自分の言動をイマイチ覚えていなかった。
「……よく覚えてるな、そんなこと」
「私の学年順位をご存じない?」
「うわぁ、鼻にかけよった。鼻につくわぁ……」
「鼻にかけました? そんなにウマくないけどね」
「うわぁ、めんど」
「ほら、口より手を動かして」
「……うっす」
完全に俺、下僕状態では?
いやまぁ、そりゃあたしかに、最初に話を振ったのは俺だけどもさ。
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