§2-11. 見えない中身と見えない結末


 押しつけられたミッションは程なくして終了させることができた。

 そんなに時間がかからなかったのは良い側面もしっかりとあるが、少し中途半端な時間になってしまっているのも否定できない。

 そしてこれは良くない。

 何しろ部活にも学校祭活動にもどっちにも顔を出しづらい時間になってしまっているのが大問題だった。


 どうしたものか――と思っていると、真横からしっかりと視線を感じる。

 その主は。彼女と俺以外、この会議室には居ないので当たり前だった。


あさくらくん」


「ん」


 立待月に答える。


「この後の予定は?」


「それなんだよなぁ……」


 時々彼女は『解っててやってるんじゃないか』と思うときがある。背中の翼で飛ぶところを見せられているので他に何か能力を隠して持たれていたとしても今更驚くとは思わないが、知らないままでいたときに明らかに俺の不利益になりそうなモノは困る。

 とくに、読心術なんてあった日にゃ。立待月本人からは1度否定されてはいるが、そこまで信じ切れていないというのは確かだった。


 とりあえず、今は次の予定のことを考えたい。しかし何も思い付かない。


「買い出しは……ああ、もう他のヤツらが行っちゃったみたいだな」


 作業中は立待月に何を言われるか解ったモノじゃないのでスマホは机にも置いておかなかった。今更ながら通知を調べてみると買い出し役は不要との連絡を発見。いよいよ何もすることがなくなってしまった。


「だったら丁度良いわ」


「何が」


 敢えて訊く。ただし、何となくの予想はできる。


「安心して」


「何が」


「今度は実行委員らしいシゴトだから」


「……ホントだろうな」


 っていうか、『今度は』って言うな。やっぱり今の作業は生徒会のヤツなんだろ。せめてもう少し巧く隠し通そうとしてくれ。いくら俺が作業中に確信していたとしても。


「で? 内容は?」


「買い出し」


「またかよ」


「今度は大丈夫よ。私も自転車あるから」


「え、マジ」


「借り物だけどね。他の生徒会役員の子から」


 なるほどね。


「自転車が必要ってことは、少し遠いところとか?」


「そうね。……とはいえ、歩いて数十分とかそういう距離じゃないわ。安心して」


「足があるのに越したことは無いだろ」


 近場でも余程ランニングのトレーニングを兼ねたいとかじゃない限り俺も自転車を使いたい派なので、わざわざそこに差し込むような文句は無い。


「すぐ行くか」


「ええ」


 善は急げである。俺の気が変わらないうちに行こう。


「……事故とか起きないように祈っておかないとな」


「たしかにそうね。それは間違いないわ。……もうあんな面倒くさいことはゴメンよ」


「俺だってそうだ」


 苦笑いを返すしかなかった。





     〇





 立待月の後ろについて自転車を漕ぎながら、そういえば、と思う。


 そういう買い出しに、立待月の『瞬間移動術』を使うというアイディアは無いのか――という内容だった。使えるのならわざわざ俺がいっしょに出向く必要もないと思うのだが、どうなのだろうか。


 もちろん、敢えて使わない理由とか、使いづらい理由みたいなモノは想像できないこともない。


 たとえば、大荷物なら重すぎて無理とか。あるいは、何度も往復する必要がある場合は物凄く頻繁に店員などと顔を合わせることになるから、相手に違和感を持たれかねないのでダメとか。

 他にも、実は一瞬の数メートルとかは大丈夫だけど、長距離の移動には使えないとか。


 直接訊くのはナシ寄りのアリだとは思うが、今の立待月はその買い出しの目的地への道案内を兼ねていて自転車で俺の前を行く。運が良いのか悪いのか、信号もずっと青のままだ。


 わざわざ自転車を停めて訊くようなことでもないと思ったので、そのまま俺は彼女の後を追う。


 ――安心しろ。立ち漕ぎなんてしてないので、見えないモノは見えないぞ。





     〇





「なぁ」


「何?」


 自転車を漕ぐこと10分ちょっと。たしかに歩きだと絶妙にかったるい距離感。眺望も悪くないところにある閑静な住宅街の外れあたり。


「目的地って?」


「ここだけど?」


 立待月にあっさり返されてしまって、俺は反撃の糸口を取りこぼした。その代わりと言うと少し変だが、一応その店舗の面構えだけは確認しておく。


 いわゆるヨーロピアンスタイルのエクステリア。

 住宅街にひっそり構える、知る人ぞ知るカフェのような――っていうか、カフェそのもの。コーヒーカップを模した看板もある。メニューもある。

 美味しそう。っていうか、意外に値段もリーズナブルだな。


 いやいや、違う。違う。そういうことじゃない。


「改めて訊くぞ」


「ええ」


「ここは?」


「目的地である『ルビィ』」


 たしかに書いてるな。そういう店名らしいな。


「カフェで良いのか」


「どっちかと言えば喫茶店かしらね」


「……そうだろうなぁ」


 さながら純喫茶とかいうタイプの雰囲気もある。


「で、何しに来たんだっけ、俺ら。買い出しじゃなかったっけ?」


「そうよ?」


「ちょっとしか休憩にしては、体力的にもまだチャリ漕げるけど」


「ココがゴールよ?」


 そう言ったけどなぁ。


 でも、俺はどうしてそこまで立待月に『コイツ、マジで何言ってるの?』的な視線をぶつけられる道理も筋合いも無い気がする。実行委員系の買い出しが喫茶店なんてことがあってたまるか。こっちこそ『お前、マジで何言ってるんだ?』と問いただしたいくらいだ。


「時間ももったいないから入るわよ」


「あ、ちょっ」


 聞く耳は持ってくれないらしい。やわらかなドアベルの音が立待月を迎える。


「どもー」


「……ああ、いらっしゃい」


 軽い調子のご挨拶。マスターと思われる男性は、その声の主が立待月であると見て、3段階くらいは表情を緩めた気がする。ただの顔見知りというわけでもないらしい。


「おや、お連れさん?」


「ええ、今回は」


「……どうもです」


「いらっしゃいませ」


 俺の存在にも間もなくして気付いたマスターは、恭しく礼をした。


「いつものだね」


「です。それとプラスして、今回はコレの依頼ということで」


「……そうか、言われてみればたしかにそんな時期だね」


 立待月は制服のポケットからメモ書き1枚を手渡した。向こうも向こうで何が来るかは解っているらしい。


「了解。じゃあ、準備するのでちょっと待っててもらえるかな」


「あ、それとは別で、今日は休憩も兼ねて」


「あはは、ありがとう。じゃあ……そうだね、空いてるところならどこでもいいから、好きなところにかけておいてください」


「じゃあ、カウンター席にさせてもらいます」


 にこりと人好きのしそうな笑みをマスターに向ける立待月。何やら奥の方へと向かっていったマスターを見送ると、くるりとこちらに向き直った彼女はいつも通りの雰囲気に戻っていた。


「……ほら、あなたも早く来なさいよ」


「ぇ?」


「何そのアホ面」


「そこまでストレートに言うこと無くない……?」


 その自覚はあるけどね。如何にもマヌケな声で返事したしね。


 でも言い方ってあるっしょ。


 いや、今はそういうことじゃない。


 1列すっかり空いていたカウンター席。最奥1席を残してひとつ手前に陣取った立待月は俺の目をがっちりと見つめながら座席をぽんぽんと叩いて示す。


 ――自分の左隣である、最奥1席を。


 幸いにして客の数は少ないが、玄関先に突っ立っているのもそれはそれで問題。大人しく従いつつ、立待月よりもひとつ手前側の席に座ろうと――


「いや、何でよ」


「あ、やっぱり?」


「解ってるならそういう面倒なことはしないで」


 許されなかった。絶対に自分の前を通らないと店から出られないという配置にしようという、明確な目的を感じずには居られない。


 財布をカウンターの上に置いて、大人しく席に着く。


 立待月は満足そうにこちらを向いて頷き、何も言わずにメニューを自分と俺の間に置いた。何か頼みなさい、と。そういうことだろう。


 でも、壁際にもメニュー表あるんですけど。




 何でしょうか、このシチュエーションは。





 拝啓、我が友人諸君。


 ――俺は今、もしかしたら学園の天使とかいう小悪魔と、『喫茶店デート』とかいうモノをしようとしているのかもしれない。

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